関西大学 KANSAI UNIVERSITY

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医療を止めない。教育を止めない。100年の計。不変の志で、社会的使命を果たす

/テルモ株式会社 代表取締役会長・三村 孝仁(1977年社会学部卒業)×学校法人関西大学 理事長・芝井 敬司

  1921年、体温計の製造販売から始まったテルモ。その翌年、大学へと昇格した関西大学。共に100年の間、片や医療を支える企業、片や高等教育機関として、社会での自らの存在意義を認識し、時代の求めるところに応え、発展の歴史を刻んできた。現在、160以上の国と地域で事業を展開するテルモグループを束ねるのは、関西大学卒業生の三村孝仁会長。芝井敬司理事長が三村会長を訪ね、学生時代の思い出から、コロナ禍での取り組み、グローバル展開の心得まで語り合った。

アメリカ放浪。劇的発展の医療機器業界へ

芝井
  関西大学の社会学部在学中は、どのような学生生活を過ごされていたのでしょうか。
三村
  2年次までの教養課程を終えた頃、専門課程に移る前に、このまま平凡に大学生活を終えていいのかと疑問を持ち、1年間の休学を決意し、アルバイトで資金を貯め、アメリカ西海岸に渡りました。留学など特別な目的があったわけではありません。放浪というのでしょうか、世界を見てみたいという気持ちでした。初めて目にする産業、その数や規模の違いに圧倒された思い出があります。
  正直、在学中は勉強熱心な学生ではなかったかもしれません。私の場合、マーケティングも経営学も財務会計も、実学は社会人になってから学んだ部分が大きい。時代の変化とその時々の立場に合わせ、必要なことを見極める力、自分で学び直すことが大切だと感じています。
芝井
  テルモに入社された決め手は、何だったのでしょうか。
三村
  当時はオイルショック直後で超就職氷河期。業界や業種を選り好みできるような時代ではありませんでした。ただ、その中でも、テルモには他の企業とは違う社会性と、また、医療機器という産業には将来性も感じました。本社が東京のため、親元から自立できるということも大きかったですね。
  私が入社した1977年当時のテルモは、まだガラス製の体温計が売上の30%を占めており、これからディスポーザブル医療機器を日本に普及させていこうという時代でした。
芝井
  今では考えられないことですが、私たちの子供の頃は集団予防接種などで注射針、注射器を使い回しすることは当たり前の時代。その後、B型肝炎など感染症の問題が取り沙汰され、一回使い切りの注射器が一般的になりましたね。
三村
  医療機器の使い回しによる血液感染の危険性を啓発するのが、当時の私の重要な仕事でした。初めて注射器を全てディスポーザブルに変えていただいた病院は、今でも忘れられません。コストがかかる、といった院内の反対を、感染症担当の医師や看護師が説得して、全面的に導入してくれました。当然こちらはお礼を申し上げましたが、病院側からも感謝の言葉をいただきました。製品を買っていただいた方から感謝されるという仕事は決して多くはないと思います。その時の経験から、医療機器業界はひときわ社会性の高い産業だと実感し、この仕事を続けていく決意も固まりました。
芝井
  今や、注射器の中にあらかじめ薬が充填された製品も広く使われていますね。これも御社が大きな役割を果たされたとお聞きしています。
三村
  私はまさに薬剤充填済みの注射器、プレフィルドシリンジを事業化する責任者でした。当時一部の国で導入が進み始めていた欧州での視察、市場調査を経て、将来の日本社会に必要な医療機器だと確信しましたが、社内では反対の声もありました。
  当時の日本では、ディスポーザブルシリンジが毎年売上を伸ばし、弊社製品のシェアが非常に高かった。プレフィルドシリンジを事業化すれば、必然とディスポーザブルシリンジのシェアが減る。自社の売上を相殺してしまうような製品に、あえて巨額の投資をする意味があるのか。それでも私は、ディスポーザブル医療機器の成長カーブがピークに達する時がじきに来る、競合他社も市場に参入し、このままの競争力は維持できないだろう。会社が成長し続けるためには、未来を見据え、より安全で便利な製品へとシフトし、付加価値を高めていくべきだと当時の経営陣に粘り強く説明し、何とか納得してもらえました。

時代を超え、引き継がれるテルモのDNA

芝井
  コロナ禍においては、世界の医療を支える企業として、どのように対応されてきたのでしょう。政府や関係省庁、医療現場から難しい要請もあったのではないでしょうか。
三村
  中国・武漢で流行の兆しがあった時、すぐに医療機器の寄贈などにより中国を支援し、現地社員を中心に対応にあたりました。そして横浜に停泊中だったダイヤモンド・プリンセス号への支援、ワクチンを無駄なく投与できる注射器や体外式膜型人工肺「ECMO」の増産など、「医療を止めない」を合言葉に、全世界のアソシエイト(社員)が一丸となり、高い志と倫理観を持って対応してきました。
  テルモには、設立に深く関与した北里柴三郎博士をはじめ創業者たちの志を引き継ぎ、感染対策に尽力してきた長い歴史があります。外務省はじめ世界中の政府機関から要請がありました。このコロナ危機では、医療は重要な国家安全保障の一つだと再認識されたこと、そして最前線で立ち向かう医療現場での課題解決に取り組み続けることで、改めてテルモの社会的使命、存在意義を実感する機会となりました。
  例えば国内では、マスクが不足している医療機関に、弊社工場で確保していた工業用の防塵マスクを寄付したこともありましたが、これはトップダウンでの指示ではなく、社員が迅速に判断して実行したものです。今、この瞬間、患者さんが苦しんでいる、医療の現場が困っていると知れば、アソシエイトが自発的に考え動く。それはやはり長年培ってきた、テルモのDNAなのだと思います。
芝井
  コロナ対応に関しては、関西大学はコロナウイルスの流行を早々に危機事象と位置付け、2020年1月28日に危機対策本部を設置しました。おそらく全国の大学で第1号だったと思います。当時、私は学長職でしたが、その時の理事長に、「空振りになるかもしれませんが、対策本部を置きましょう」と相談し、すぐさま立ち上げました。「さすがにパンデミックにはならないだろう」。当時は多くの人がその程度の認識だったと思います。それでも最悪の事態に備え、最低限の準備はしなければと考えていましたが、現実は想定をはるかに超えたものになってしまいました。
  対策本部会議では、法人・教学の長が協力し状況の変化に逐次対応しながら、社会安全学部の教員を務める感染症の専門家を交え、感染予防対策をはじめ正課授業・課外活動の取扱い等、迅速に決定を重ねてきました。学生たちの学びを止めない、教育研究環境を維持するため、心休まることのない2年間でした。
2021年「第5回日本医療研究開発大賞内閣総理大臣賞」を受賞した体外式膜型人工肺「ECMO」

大学昇格100年。「学の実化」を掲げ1世紀

芝井
  昨年、テルモは創立100年をお迎えになったそうですね。関西大学も今年で、大学に昇格して100年を迎えます。1886年、大阪西区京町堀に関西法律学校として開校し、大学令公布を受けて旧制の大学へと昇格したのが1922年。日本の私立大学では14番目で、同じ時期に昇格した大学に、立命館大学や立教大学があります。
  千里山キャンパスは、その際に購入されたもので、郊外だった吹田千里山の土地に広大な用地を確保し、法学部と商学部の2学部で申請しました。大学昇格にあたっては、当時で60万円の基本財産を作り、国庫に寄託をしなければなりませんでしたが、大阪財界から多数の寄付をいただきました。そして、大阪商業会議所の会頭を務めた山岡順太郎が、総理事兼学長に就任して新生関西大学をリードしていきます。山岡は、大学で教えることは空理空論になってはだめだ、学術的な理論研究と、現実の世界との間をうまく橋渡しをして、学理と実際との調和をはかっていかなければいけないということを盛んに説き、それを「学の実化(がくのじつげ)」という言葉で表現しました。爾来、「学の実化」は関西大学の学是として現在まで受け継がれています。
  一昔前の高等教育は、大学の中だけで教育研究が完結していましたが、現在では企業をはじめ社会と連携しながら、教育活動や研究活動をすることが、大学の教育研究活動の望ましい在り方になっています。御社とも、素材開発分野などで共同研究をさせていただいています。民間の知を大学が取り入れ、大学の知を社会に還元できるよう、これからも社会と大学とのつながりを深め、学の実化を進めていきたいと思っています。
三村
  たしかに学問や研究は、社会実装できるかどうかが大切ですね。企業視点からすれば、社会実装につながらない研究は、ただの自己満足になってしまいます。社会課題そのものを見つけ、事業化する力は、企業でも大学でも必要でしょう。ましてや目の前の課題へのソリューションはすでに飽和状態ですので、未来を見据えたイノベーションを期待しています。

実は充実。関西大学の医療関連研究

芝井
  関西大学には、関大メディカルポリマー「KUMP」という医療用高分子材料と医療機器の研究開発プロジェクトがあります。これは、2016年度の文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」に採択された取り組みで、5年間の助成期間終了後、昨年度からは「関大メディカルポリマー研究センター」として活動を継続しています。
  この研究プロジェクトは、長年にわたる大阪医科薬科大学との共同研究を踏まえた実践的研究に基づいて、最終的な社会実装を目標にして長期スパンで考えています。関大のブランディングにつながる有望な研究プロジェクトと位置付けています。
三村
  それは非常に興味がありますね。弊社の製品は高分子材料を使ったものが本当に多いですから。
芝井
  関西大学には医療系学部はありませんが、工学を中心とした研究と医療現場は実は近く、チタン合金を生体材料として設計し、骨粗鬆症の治療に応用するという研究もしてきました。最近では薬剤デリバリーシステム、人工血液など、工学的な視点から医療分野への貢献を探求する研究者の層がかなり分厚くなっています。特に医療用高分子材料の研究では、本学も他大学に負けていないと思っています。

グローバル展開で大切にすべきマインドセット

芝井
  今や御社の売上は7割が海外事業ですね。海外でビジネスを展開するには、大変なご苦労があったのではないでしょうか。
三村
  急激にグローバル化が進展しているとはいえ、ほんの20年前くらいまでは、テルモはまだドメスティックな会社でした。2000年前後から積極的に海外M&Aを仕掛け、この20年での変貌は凄まじいものです。グループが世界中で事業拡大を続ける現在のような形態になりますと、日本発で考えるのではなく、最初からグローバルに発想するマインドセットを基本にすることが大切です。
芝井
  三村会長は長く中国に赴任され、現地でのテルモのビジネスを大きく拡大されました。中国では価値観の違いなどを感じられませんでしたか。
三村
  中国には2009年から2016年まで駐在しました。この間、関西大学校友会の海外支部「北京関大会」も立ち上げました。
  中国人は、見た目は日本人と似ていても、価値観や考え方はむしろアメリカ人に近いと思います。日本企業は、自社の技術や製品が優れていれば受け入れられると考えがちですが、海外展開で重要なのは「その国の人たちにとってベネフィットがあるかどうか」の思考が第一。現地の立場に立って考えなければ、絶対に成功できません。中国の人たちと話し、中国を理解し、中国を好きになること。私はまず徹底してそこから始めました。世界中どの国で仕事をする際であっても共通ではないでしょうか。異文化におけるビジネスでも、人とのつながりは大切なものです。
テルモ中国の年度総会での集合写真
写真左:テルモとのJV(合弁事業)で腹膜透析事業を進める中国最大の医療機器メーカーの一つ「威高集団」の陳学利会長(右)と。この提携は三村会長が中心となって始められた
写真右:視察旅行で訪れた敦煌・莫高窟
中国赴任中に立ち上げた関西大学校友会の海外支部「北京関大会」

未来像を共有し、バックキャストで実行

芝井
  御社の次の100年の成長を語る上で、三村会長が「ありたい未来像からのバックキャストで考えること」を強調されているのを拝見し、「なるほど」と大変共感しました。
三村
  振り返ってみると、過去に成功した事業は、間違いなくこの思考で取り組んでいました。未来像を鮮明に描き、そこに至るため、5年後、3年後、そして今何をすべきか徹底的に構想し、逸れた場合は修正を加える。今を起点に積み上げる「フォーキャスト」ではなく、「バックキャスト」の思考で、何事にも意図を持って取り組まなければ、複雑性を増す時代、ありたい未来像を実現することは難しいと感じています。
芝井
  その際、全世界のアソシエイトといかに理念、ビジョンを共有するかが重要だと思われますが、どのような工夫をされているのでしょうか。
三村
  テルモグループのグローバル化に伴って、買収によって異なる企業文化を持つ海外企業がグループに加わったり、新しく入ってくるアソシエイトの多様化も進みました。そこで、世界中のアソシエイトをつなぐ共通のものが必要だと考え、グループ共通の価値観である「コアバリューズ」を2019年に策定しました。世界各地のグループ会社と対話の上で、最初から英語で作成、それから日本語も含めた各言語に展開し、テルモグループ全体で大切に掲げているものです。また、私が経営者としてメッセージを発信する際は、26,000人の心に刺さっているかという意識を常に持つようにしています。会社がいかに世界に広がって、規模が大きくなっても、テルモが大切にする価値観に共感する集団であり続けられるよう努めています。

大学には個性を。学生には自ら課題を見つける力を

芝井
  卒業生として関西大学に期待すること、学生たちへのメッセージをぜひお聞かせください。
三村
  日本の教育は今後ますます変化していくと思いますが、総合大学でありながら、関西大学にしかないカラー、尖ったブランドアイデンティティを持つ大学であり続けてほしいですね。
  誰かに問題を与えられ、正解を考えるという時代ではもはやありません。学生たちは、何事にでも好奇心を持ち、自分で課題を見つける発想力、そして解決までのストーリーを作る力をぜひ養ってください。学びは永遠に続きます。大学入学はゴールではなくスタートです。存分に学び、楽しみ、そして個性を大切に、伸び伸びと社会で活躍してほしいと思います。
テルモ株式会社
東京都渋谷区幡ヶ谷に本社を置く、大手医療機器メーカー。1921年創業。第一次世界大戦により輸入が途絶えた体温計の国産製造を目指して設立。「医療を通じて社会に貢献する」という理念のもと、2022年3月現在、心臓血管、ホスピタル、血液・細胞テクノロジーの各事業において幅広い製品・サービスを世界160カ国以上で提供。