/筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター長 落合 陽一 さん
/関西大学 学長 高橋 智幸
デジタル技術の進化が社会のあらゆる側面に影響を及ぼす現代において、教育、研究、大学は今後どのように変わっていくのだろうか。2025年度に関西大学の客員教授に就任した筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター長の落合陽一さんと高橋智幸学長が、AI とデジタルネイチャーがもたらす未来について自由に語り合った。
研究者、アーティストの作業とAIツール
- 高橋
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落合さんがプロデュースされた万博のパビリオン「null²(ヌルヌル)」※1が人気を博していますね。私も今のところ予約が取れていませんが、Mirrored Body®が興味深いです。
※1 大阪・関西万博で展示されているシグネチャーパビリオンの一つ。落合陽一さんがプロデュース。テーマは「いのちを磨く」。名称はプログラミング用語で何もない状態を示すNullから来ている。
- 落合
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おかげさまで多くの方々にお越しいただいています。 Mirrored Body®のような、デジタルデータによる人間のコピーが AIで話す技術は、多くの人が違和感なく受け入れて使えるようになってきました。「null²」は、この技術を何十万人レベルで実験するという、世界で初めての試みです。
「null²」内覧会の様子(写真提供:共同通信社)
- 高橋
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「null²」のシステム構築には、かなり時間も費用もかけられているかと思いますが、落合さんはコード生成やプログラミングの際に
「ClaudeCode」※2のようなAIツールも使われるのでしょうか?
※2 Anthropic社が開発した大規模言語モデルをベースにした、コード生成とプログラミングに特化したAIツール。
- 落合
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システム構築の費用に関しては、コードはほとんど私が書いているのでそれほどではありません。もちろんAIツールを使用しながら作っています。本当に便利ですよね。
- 高橋
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初めて「ClaudeCode」を使った時は衝撃を受けました。特に自分で作ったコードを分析させるのが面白くて、どうやっても見つけられなかったバグを探してくれたりします。私は災害にかかわるシミュレーションが専門分野で、その際も自分でコードを書きますが、最近はアルゴリズムを考えるところまで行って、その先は専門のプログラマーにお願いすることも多いです。しかし、これからはすべてをAIに任せられるようになるかもしれません。
- 落合
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おそらくプログラミングを外注しなくなるでしょうね。「null²」ではGPU最適化を徹底的に行いましたが、AIのおかげで非常に速くコードを書くことができました。AIがなかったら完成しなかったと思います。
デジタルツインからデジタルネイチャーへ
- 落合
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学長は防災の研究者でいらっしゃいますが、先日、内閣府防災科学技術研究所主催の「スマート防災ネットワークシンポジウム2025」で、デジタルネイチャー(計算機自然)※3について話す機会がありました。防災の分野で進められてきたデジタルツイン※4の活用は、そのままデジタルネイチャーにつながる話ですが、シミュレーションする物理側が変化し、それをシミュレーションに戻し、さらに物理側に反映するというループを、リアルタイムに実現できるかどうかが肝だという話になりました。
※3 物理的な世界(自然)と計算機(デジタル情報環境)が相互に浸透・融合した結果、従来の「自然」と「人工」という二元的境界が消失した状態、またはそのような新しい自然観・世界観を指す、落合陽一さんが提唱する学術的・思想的概念。
※4 現実の世界から収集したデータをもとに、まるで双子のように、現実の物体や現象をデジタル空間に再現する技術。デジタル空間でシミュレーションやモニタリングを行うことで、防災、建設、製造などに役立てる。
- 高橋
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デジタルツインは災害シミュレーションの分野で取り組んできたことですが、デジタルツインからデジタルネイチャーに発展するというのは、具体的にどういうことでしょうか?
- 落合
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デジタルツインは、物理側の状態をデジタルで再現しますが、デジタル側を変えても、物理側は変わりません。これを変えられるようにしたい。物理側も変化し、その変化を再びデジタル側で変える。このループ構造がデジタルネイチャーです。気象や地震のシミュレーションは建物などが変形するため、このループに非常に時間がかかります。そこをどう高速化するかが一番の課題です。
落合 陽一 さん
- 高橋
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なるほど、それは興味深いです。事前にシミュレーションしても実際に反映されなければ意味がないので、リアルまで広げというわけですね。
- 落合
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実験とシミュレーションをループさせるのは、例えば、音響学など音楽の分野では早くから実現されています。このデジタルツインが「3Dプリンターで物を作り、そのデータをデジタルに戻して、再び作った物は形が修正されて出てくる」というように、時間がかかる分野にも拡張してきています。将来的には「地震波が伝わる前に橋の形を変える」といった重厚長大なものにも応用されるでしょう。
- 高橋
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そこまでいけば、防災にも活用できそうですね。
- 落合
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私のパビリオンでは、外壁形状がロボットアームで変化するシステムを導入しています。こういった技術が進歩して、例えば風が吹いてきたら形を変えるといった、変形機構を取り入れた建築が、今後増えてくるのではないでしょうか。
加速する技術の進歩が人類を追い越していく
- 落合
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デジタルネイチャーという考え方は、「デジタルと物理が混濁した大きな世界」という視点から始まりました。つまり、質量がある物体と、デジタルのように質量のないものが混ざり合った状態をどう作るかを考えてきたのです。筑波大学で研究室を始めて10年が経ちますが、最近ではそうした状態を「自然なもの」と感じる人が増えてきたように思います。
- 高橋
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お話を聞いて、デジタルネイチャーのイメージがつかめてきました。思っている以上に世の中の動きは速いですね。
- 落合
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まさにそのとおりで、人類の技術の発展はずいぶん速くなっています。昔は数万年に一度だった画期的な発明が、今では年に一度くらいのペースで起こるようになりました。やがては数日おきに革新的な技術が生まれる時代が来て、人間の処理能力では追い切れなくなるかもしれません。
- 高橋
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自分の人生を振り返っても、これほど急激に社会が変化する時代はなかったと感じます。これまでの科学技術は人類がコントロールできていましたが、もしシンギュラリティ(技術的特異点)※5が起きて、AIが自分より優れたAIを生み出すようになれば、技術の発展は人類の手に負えなくなるかもしれません。予測不可能な、大きな変革が訪れるでしょうね。
※5 自律的なAIが自己フィードバックによる改良を繰り返すことによって、人間を上回る知性が誕生する時点。
─落合さんは、シンギュラリティはいつだとお考えですか?
- 落合
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シンギュラリティの定義にもよりますが、私が意見交換した研究者や開発者の間では、大体2027年から2030年ぐらいの間という意見で一致しています。ですから、これからの5年間は、AGI(汎用人工知能)が登場する可能性も視野に入れながら、様々なことを考えていく必要があると思っています。
─そのような大きな変革が起ころうとしている時代に学長という立場を任されて、どのように感じていますか?
- 高橋
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シンギュラリティが早期に起こったとしても、大きな変革が起こるのはもう少し先。おそらく次の世代の学長が舵を取る時代に訪れるはずです。その時、関西大学が教育研究機関として確固たる存在感を発揮できるよう、私たちの世代が今、土台を築いておかなければなりません。そのためには、変化の兆しを敏感に捉え、多面的な視点で未来を構想し、確かな戦略を描いていく必要があります。私たちはそうした準備を今まさに積み重ねている最中です。
高橋 智幸 学長
教育現場で始まる変化。成績評価や論文査読はどうなる?
- 高橋
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ChatGPTでレポートを書けるといっても、積極的に活用している学生は意外とそこまで多くありません。うまく使いこなさなければアドバンテージにはなりませんし、使い方についても学んでいく必要があります。また私たち教員はAIを活用する学生の成績も評価しなければなりませんが、それが本当に大変です。私も落合さんも、これまでたくさんの学生のレポートや論文を読んできたと思いますが、もはや私たちだけで成績評価するのは難しくなってきたのかもしれません。評価される学生側も、評価する教員側も、AIをうまく活用する時代になってきていると言えるでしょう。
- 落合
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現在、最も多くの論文を読んでいるのは、もしかするとAIかもしれません。そう考えると、論文の査読も人間ではなく、AIが担った方が良いのではないかと思うことがあります。ただ一方で、人間の文化を人間が評価することと、AIがバイアスなく新しい知識を探し出すこと、どちらが本質的に望ましいのか─これは最近よく考えるテーマです。
本当に重要な価値は、世間で「ウケる」ものではなく、これまで見過ごされてきた領域にこそ潜んでいるのではないでしょうか。そして、そうした価値を見つけ出す人間の力は、今まさに衰えてきているようにも感じます。AIは物事を先入観なく見ることができるという強みがあるため、新しい知識やアイデアを見つけ出すのが得意です。
例えば、英語以外で書かれた文献は、英語の論文に比べて読まれる機会が少ないですが、AIであればインターネットを通じて英語以外の情報にもリアルタイムでアクセスできます。本来、とがった新しいアイデアというのは言語の壁を越えて届くはずです。しかし私たちは、英語で論文を書き、英語で論文を読むことが中心になっているため、他の言語で書かれた優れた論文に気付けないことがあります。AIを活用すれば、こうした状況を少しずつ変えていけるかもしれません。
- 高橋
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言語の問題という観点では、関西大学にも多くの留学生が来ていますが、彼らの目的は、単に日本語や英語を学ぶことではなく、私たちが持っている専門知を学ぶことにあります。そのために、まず語学を身に付ける必要があるというのが現状ですが、今やデジタルデバイスが即時に翻訳してくれる時代です。将来的には母国語だけで学びに来ることも可能になるかもしれません。
もちろん外国語を学ぶことは異文化理解においては重要ですが、知識やコンテンツそのものにアクセスすることが目的であれば、言語習得という準備段階は、今後は省略できる場面も増えていくのではないかと思います。
- 落合
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私のラボにも中国をはじめとした非英語圏出身の学生が多く在籍しています。つい英語で会話してしまうのですが、最近の同時翻訳技術の性能は非常に高く、翻訳機を介して日本語と中国語でやり取りした方が、かえって理解が深まると感じることも増えました。
- 高橋
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これから言語の壁はますます低くなっていくでしょう。そうした変化を前提に、教育の在り方も考え直していく必要がありますね。
AI時代の大学モデル、研究活動を通じた教育・学習
─教員の役割は今後どうなっていくのでしょうか?
- 落合
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AIの進展によって、自動的な実験や研究が広がると、理工系の分野であっても研究は「カルチャー研究」的な側面を持つようになるだろうと思っています。そうなると、研究をしながら次の世代のカルチャーを育てるという、研究教育のような状態になります。現状の、知識の伝達を重視した講義、論文査読システム、博士号取得の要件などは、極端に言えばなくてもよくなるかもしれません。私が想像するこれからの大学像は、純粋にアカデミックなことに専念できる場所です。
- 高橋
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AIが教師のような役割を果たす場面は増えるでしょうが、それはあくまで「教師の多様性」の一つであり、AIの教師もいれば人間の教師もいる。それぞれの役割があると思います。AIからすぐに知識が得られるとしても、その知識を理解して使いこなすには人間のサポートが必要です。当面は、教師という存在が不要になることはないし、むしろ人間が教えることの価値は残り続けるでしょう。必要とされるかたちに合わせて、私たちも変化していけばいいのです。
将棋の世界では、今や人間よりAIの方が強くなっていますが、それでも人間同士の対局を見るのは面白い。そこには「人間らしさ」という魅力があり、強さだけではない価値が存在しています。
- 落合
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研究や教育の活動も、棋士の対局のように人間の営みとして捉えると、それを担う場所が大学なのだと思います。
- 高橋
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まさにそういうことですね。
- 落合
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アカデミックとは本来そういうものです。もはやカルチャー研究以外の何ものでもないとも言えます。最近、私の中で流行っているのが、「○文学」というジャンル名をいろいろ置き換えて考えることなんです。例えば、水文学、天文学、人文学といった分野がありますが、もし「馬文学」があったとしたら、そこにはコンピュータシミュレーションの馬、医学的な馬、スポーツとしての馬など、さまざまな視点が共存するはずです。そうした複合的なジャンルがたくさん生まれていくならば、それはもう文化の探究となるので、AIがいくら発達しても研究は残り続けるというのが私の考え方です。
学生の多様性を育む、関西の歴史と国際性
─最後に関西大学に期待することなどお聞かせください。
- 落合
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私は関西圏をとても重要な地域だと考えていますし、大阪にもっと力があってほしいと思っています。関西大学には、そうした関西らしい文化をさらに深めていってほしい。古代から続く歴史の流れの中で、大阪という都市にしっかりとした「背骨」が通るような、そんな存在に大阪がなってくれるとうれしいですね。
- 高橋
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私は東北出身ですが、関西にはさまざまな文化が集まっていても、互いを尊重し合いながら共存している、という印象を持っています。東北の人が東京に行くと、東京に馴染もうとしがちですが、関西では東北出身の人は東北のまま、九州の人も九州のまま、自分の文化を保ちながら自然にコミュニティが形成されていきます。これは関西ならではの良さだと思いますし、ある意味でこれこそ本当の国際性だと感じています。
- 落合
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本当にそう思います。
- 高橋
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そうした関西の魅力をこれからも大切にしていくべきだと考えています。関西は多くの地域の学生にとって、学び、生活する場所として非常に恵まれた環境です。関西大学にも、北海道から沖縄まで全国各地から学生が集まってきています。そうした背景の異なる学生たちが出会い、互いに刺激し合うことで多様性が育まれ、それが新しい価値や未来を切り拓く力になっていくのではないでしょうか。
出典:関西大学ニューズレター『Reed』82号(9月25日発行)
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落合 陽一 ─ おちあい よういち
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筑波大学図書館情報メディア系准教授。筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター長。メディアアーティスト。ピクシーダストテクノロジーズ株式会社代表取締役会長CEO。1987年東京都生まれ。2015年東京大学学際情報学府博士課程修了。2025年大阪・関西万博ではシグネチャーパビリオン「null²」をプロデュース。著書に『デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂』(2018年・PLANETS)など。 2025年度に関西大学客員教授に就任。
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高橋 智幸 ─ たかはし ともゆき
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関西大学第44代学長。1967年山形県生まれ。1991年東北大学工学部卒業。1993年東北大学大学院工学研究科博士課程後期中途退学。博士(工学)。2010年関西大学社会安全学部教授。2018年社会安全学部長。同年学校法人関西大学理事。2020年関西大学副学長。2024年10月より現職。学外での主な役職に、文部科学省地震調査研究推進本部専門委員、原子力規制委員会原子炉安全専門審査会及び核燃料安全専門審査会臨時委員、高槻市都市計画審議会委員、特定非営利活動法人大学コンソーシアム大阪理事長、一般社団法人日本私立大学連盟常務理事、公益財団法人大学基準協会理事など。
- 関連リンク
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関西大学ニューズレター『Reed』82号(PDF版)
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落合陽一 公式ページ