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南海キャンディーズ・山ちゃん流努力法。天才たちの中で "凡人"を成立させる!

圧倒的な努力で言葉の引き出しを増やす
/お笑い芸人 山里 亮太さん(文学部教育学科2001年卒業)

 トレードマークの赤い眼鏡でにこやかに現われたのは、お笑いコンビ「南海キャンディーズ」の"山ちゃん"こと山里亮太さん。鋭いツッコミと独創的な言葉選びを武器に、テレビを中心にラジオ、ナレーター、イベントなど幅広い分野で活躍し、今やその声を聞かない日はないほどだ。「関西大学に入学してなかったら今の僕はない」と母校愛の溢れる山里さんに、オリジナリティ満載の努力法などについて語っていただいた。

最高に楽しかった大学生活

─山里さんは千葉県のご出身ですね。芸人を志して関西の大学を受験されたそうですが、関西の印象はいかがでしたか?


 大阪に到着した時、周りは大阪弁でまくし立ててしゃべる人ばかりで、「やっぱりここに来たのは間違いだったかな」って思いました(笑)。これからお笑いの聖地で戦うんだと思うと怖かったのですが、阪急電車を降りて関西大学の正門に着いて、キャンパスを見た瞬間、「これが夢見てた大学だ!」と、不安が一気に消えました。学生寮に入ることを希望していたので、その面接を受けるため、正門を通って、図書館前を歩いて、きれいな芝生のグラウンド横を通って、面接会場に着くまでずっとワクワクしっぱなしでした。


─関西大学での4年間は有意義でしたか?


 最高でしたね、本当に。めちゃくちゃ楽しかった。関大に入って北斗寮(現ドミトリー月が丘)で生活していなかったら、今の「お笑い芸人の山里」、「南海キャンディーズの山里」という存在はなかったと思います。正しい言い方なのか分かりませんが、人生のすべてをそこで遊びましたから(笑)。人生における最高の夏休みだった。それでいて、文学部の勉強も楽しかったし、ベタですけど良い仲間にも会えました。関大には多種多様な人が集まっていて、普通に生活していたら増えないであろう引き出しがめちゃくちゃ増えましたよ。

 当時、北斗寮って男子寮でしたからね。僕、人見知りなんですけど、入学式より先に寮のオリエンテーションがあって、そこで同期との友情が芽生えました。先輩たちのバンカラな歓迎が怖くて追い込まれてね(笑)。その経験もあるから、大学で友達をたくさん作りたいなら、入学後すぐが頑張るポイント。そのタイミングでパワーを注げば、後の4年間を楽しく過ごせますから。

 僕なんか大学生活が楽しすぎちゃって「お笑いを目指すの、もういっか」という時期もあったんですよ。関大の事務職員の方ともすごく仲良かったから、もう関大の職員になろうかなと。でも、寮の先輩が勝手にNSCの願書を持ってきて、「おまえ、みんな応援してるんだから、今すぐ書け!」って(笑)。お笑い芸人を目指す人をリスペクトしてくれる人が多かったんですよ。ゼミの山下栄一先生も僕が芸人になることを応援してくれました。心理学を学んでいるのに、課題のレポートも「山里君の好きなお笑いを絡めて書いていいよ」と。夢に理解があって、優しく寛容でした。

 だから、関大にはすごく恩を感じています。それで、いつ学園祭に呼んでくれるのかなと、スタンバってるんですけど(笑)。

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大学の男子寮・北斗寮の玄関前で仲間の寮生たちと
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北斗寮・室内での記念撮影

緊張できる場があるのはラッキーなこと

─本当は人見知りとのことですが、出番前など、緊張されることは今もあるのでしょうか?


 します! めちゃくちゃしますよ! でも、緊張なんて標準装備だし、するのが当たり前。タモリさんがよくおっしゃっていることの中に、僕のすごく好きな言葉があるんです。「緊張できる場というのは、最前線で自分の好きなことに挑んでいる人にしか用意されないんだよ」って。タモリさんは「緊張する人が羨ましい。準備し続けた上で緊張してその場に立てるのはめちゃくちゃラッキーな事だ」って。年を重ねるとだんだん許されるようになって、緊張する場面が減りますからね。

 緊張するのは、自分がその場やその人を大切に思っているからこそ。緊張すればするほど「こんなにここが好きなんだ、この人と仕事がしたいんだ、この人に良いところを見せたいんだ」ということだと思います。その緊張が心地良く思える状態まで至るには、尋常じゃない準備と努力をするしかない。......という僕もなかなかできないですけどね。さっきなんばグランド花月(NGK)の出番で、ガチガチに緊張してすべっちゃったし(笑)


─ちょうど今、トークライブ「山里亮太の140」の10周年記念で全国を巡ってらっしゃいますね。日々違う土地の舞台に立つことはいかがでしょうか?


 日本全国どこへ行っても楽しいですが、初めての土地は緊張しますね。自分の地元のこと知ってくれたり、好きって言ってくれたりするとうれしいじゃないですか。明日、初めて宮崎に行くので、事前にどんな土地柄なのか調べたり、宮崎出身の芸人に情報をもらったり......これはあんまり役に立たなかったな(笑)。僕、古舘伊知郎さんにあこがれていて、以前「トーキングブルース」というライブを高知まで観に行ったんです。古舘さんがマイクを持って、高知のあるある話やご当地グルメ、名所、名産などを実況しながらステージに上がって行くんですよ。それがどっかんどっかんウケてて、本当に格好いいなぁと。明日、自分も実践してみようと思っていますけど......この後、一生懸命考えなきゃ(笑)


─まさに緊張を取り払うための準備と努力ですね。ご自宅には資料も大量にあると伺いました。


 大学ノートですね。2000年から毎日、20年以上書き続けているから、恐らく300冊くらいあります。内容は自分の好きな言葉やその日の出来事、妄想なんかも......。例えばタレント名鑑をバーッと開いて出てきた人とどんなデートをするか。この前ノートを見返したら、僕、ガッキーと天保山でデートしてた(笑)。ガッキーがジンベイザメ恐れちゃってね。「大丈夫だよ、コイツ優しいんだよ」って。だから、ガッキーが結婚した時は勝手に失恋した気分になりました(笑)。そんなことを書いていたら、なんと「その妄想、本にしませんか?」とお話をいただいて。ドラマ化もされましたからね。

 このノートが、意外とお守りみたいになっているんですよ。明石家さんまさんの番組に呼ばれた時なんて、震えるくらい緊張したけど、「でも僕、これだけやってきているし、これだけエピソード持ってるし、さんまさんと目が合っても5回までなら大丈夫な弾、持ってるし!」って。

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2011年に始まったトークライブ「山里亮太の140」。10周年を記念し全国47都道府県で開催されている(写真提供:吉本興業)
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『山里亮太短編妄想小説集「あのコの夢を見たんです。」』(東京ニュース通信社 2019年) 16人の女優・アイドルをモデルに綴った初の短編小説集。帯の推薦文は大学の同級生で、交流のある作家・西加奈子氏によるもの

「めちゃくちゃ凡人」の自分を成立させるために

─山里さんの自虐を交えたトークは、場の雰囲気を温かくする感じがします。いつもどんな思いを持っていらっしゃるのでしょう?


 関わってくれる人に対するリスペクトでしょうか。僕らの職業は、観てくれるお客さんの笑い声がないと成立しない。笑ってもらってご機嫌になってご飯が食べられる。そんな夢のような仕事をしていて、その恩があるのに、人を不快な気分にさせたら、恩を仇で返すことになるじゃないですか。「僕を登場させてくれてありがとうございます。その代わり、あなたが僕に関わった事を良かったと思ってくれるよう努力します」という感謝の気持ちがありますね。ただ傷つけてしまっただけで終わった場合は大いに反省します。それだとお笑い芸人ではないと思っているので。

 それに、僕は運が良いから芸能界で生きていると、心の底から思っているんですよ。それなのに人に厳しく当たるって「おまえ、超ラッキーなくせに、運も独り占めすんの?」って。振り返ると、当時は僕が耳を傾けなかっただけで「一人じゃ何もできない」とか、大事なことは全部、関大時代に先輩たちから教わっていたんですよね。年を重ねて、やっとそれが分かってきた気がします。


─言葉選びのセンスやトークの瞬発力にも驚かされます。どのように技術を磨かれたのですか?


 芸人の世界って、とんでもない化け物ばっかりなんですよ。そんな中に入って、気付くことができて良かったのが、「めちゃくちゃ凡人だな」ってこと。天才たちの中にいる「ものすごく凡人の自分」を成立させるためにはどうしたらいいんだろう? それにはやっぱり、納得するくらいの努力をするしかない。少しでも追いつくために努力の仕方も考えて、普段、人と話す時や本を読む時、映画を観る時も、天才たちは普通に観るだろうけど、僕はそこから何か一つでも言葉を持って帰ろう、行動につなげようとしました。そんな風にすべての事象を「仕事のために生きているんだ」と強制的に錯覚させる─ということをこの世界に入ってからずっとやってきました。あとは毎日、必ずノートに好きな副詞を何十個と書いて、副詞と形容詞の組み合わせを何十パターンも作ってから寝るとか。それが役に立ったかどうかは分かりませんが、これを続けることで、この特別な世界で化け物たちと一緒に立つことへの勇気を奮い起こしていました。繰り返してやっていたら、自然と言葉の数が増え、助けてくれる人も増え、僕の頑張りを表現しやすい場所を作ってくれる人も出てきて。それでなん とか今までやってくることができています。

 今でもひたすら本を読んだり、好きな言葉の並びなどを書いたりしています。人が話している時に「ここにこれ持ってくるんだ」とか、「この人の例えの組み合わせ方、面白いな」とか、感動したらすぐメモする。僕は弾として言葉を持っておこうと思っていて。何が素敵って、言葉の引き出しを開ける作業は努力でできるんですよ。天才ならナチュラルにできるんだけどね。

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舞台に立つ山里さん。向かって右は「南海キャンディーズ」で相方をつとめる"しずちゃん"こと山崎静代さん(写真提供:吉本興業)

苦手な人は、持っていない引き出しを教えてくれる人

─苦手意識なども努力して克服されるのですか?


 僕は、苦手な人とは一生会わないでおこうと思うタイプなんです。苦手意識を克服するか、一生会わないでおくための努力をするかの二択でしょう? 立派な人は克服するだろうけど、僕は後者。でも、苦手なのは価値観が違うからで、苦手な人=僕が持ってない引き出しを教えてくれる人、自分の引き出しを増やすチャンスだと、最近やっと気付いてきて。今44歳にして、意識をスイッチしようと努力しているところなんです。

 この世界には「価値観の違う人が近くにいてラッキー!」と考える人たちがいるんですよ。以前ヒロミさんが、奥さんと価値観が全然違うとおっしゃっていて、「朝起きたら信じられないミスがそこかしこにある」と(笑)。それに対して、「おもしろ! こんなところ開けっ放しにする?」「おもしろ! こんな失敗どうやったらできる?」って毎日めちゃくちゃ楽しいんだって。「僕にはできるのに、どうしてできないんだ」ではなく、「すごいね!」ってとらえると、価値観の違う人は毎日ワクワクをくれる最高の人になるんですね。所ジョージさんも同じ事をおっしゃってたし、東野幸治さんも人の事、絶対に嫌いって言わないの。「いや~、面白い!」って。器の大きい人って、瞬時に人のいろんな側面を見る能力が備わっているんでしょうね。

 でも、ありがたいことに、「嫌い」を肯定する脳みそに切り替えることは、才能がなくてもできるんですよ。「この人嫌い」と感じることがあったら、「なぜ嫌いか」と「好きになるにはどうしたらいいか」を家に帰ってノートに書く。僕、器、極小だから(笑)。そうしたら、解決策の選択肢が出てくるんですよ。あと、その人に自分が長年考えていることを話してみたりもする。すると、僕の考えは別の角度から見たらそんな風に面白かったんだって気付くことができたり、その人の別な面が見えてきたり、すべてを突っぱねるよりもはるかに自分が潤います。

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夢を続けるかどうかは自分で決めること

─今の時代、自らの心をオープンにすることに躊躇する若者が多いと感じます。殻を破るにはどうしたら良いでしょうか?


 殻って破らなきゃいけないですか? 殻があっても、その中で自分が楽しめればいいし、その殻は素晴らしいものかもしれないじゃないですか。昔からある正解っぽい言葉に縛られている気がするんですよね。無理して「誰にでもオープンになれる人」になる必要は全くなく、それよりも自分が今やりたいことに時間を割いた方がいいと僕は思います。ただし、いろんな人に会ってみた方がいいですね。


─最後に、これから社会へ出る学生に向けて、メッセージをお願いします。

 

 サラリーマンはしたくないとか、変わったことをしたいと思うかもしれないけど、大切なのは、目指す先を決めることより、その先で自分のやりたいことをどんな風に実現するかだと思います。僕の大好きな寮の先輩は、大学時代ずっと音楽をしていて「音楽で食っていきたい」と話していたけど、就職せざるを得なくなり、なぜか葬儀会社の採用試験ばかり受けていた。理由を聞いたら「俺、音楽葬をやりたいんだよ」と。葬儀会社で音楽を使ったお葬式ができれば、大好きな音楽で食べていけると話していて、今、本当に大手葬儀会社で音楽葬を担当して、充実した日々を過ごしている。だから、夢を続けるかどうかは自分で決めることなんです。

 それに、皆さんは4年間を関大で過ごして、勉強してきたというだけでも相当すごい経歴を手にしているんですよ。もし生きづらいと感じたら、「いやいや、思ってる以上に自分ってすごいんだ」と母校を思い浮かべてほしいです。僕は、同じ大学出身で人生を楽しく過ごさせてもらっている一員として、あなたが関大を自慢できるよう、大学への恩返しのためにも必死で頑張ります。そして、いつか皆さんと「いや~、僕たち最高だな~」って言いながら集まれる日を楽しみにしています。お互い頑張りましょう。


出典:関西大学ニューズレター『Reed』68号(3月25日発行)
山里 亮太─やまさと りょうた
1977年千葉県生まれ。千葉経済大学附属高等学校、関西大学文学部教育学科卒業。3年次生から吉本総合芸能学院(NSC)に通い、2003年に"しずちゃん"こと山崎静代さんとお笑いコンビ「南海キャンディーズ」を結成。04年の「ABCお笑いグランプリ」優秀新人賞をはじめ、多くの賞を獲得。18年にコンビ初の単独ライブ「他力本願」を開催。タレント、司会者、声優、ナレーター等としてテレビ、ラジオをはじめ、多数のレギュラー番組を抱える。著書に『山里亮太短編妄想小説集「あのコの夢を見たんです。」』(東京ニュース通信社)、『天才はあきらめた』(朝日新聞出版)他。