ゲームの世界観に導く音楽プロデューサー
歴史と記憶に残るゲーム音楽を制作
関大人
関大人

/株式会社カプコン ミュージックチーム長 コンポーザー 岡田 信弥 さん(文学部 1999年 卒業)
日本が世界に誇るコンピュータゲームにおいて、音楽の役割はとてつもなく大きい。ゲームの世界観を完成させ、そのサウンド は一生の記憶に残る。岡田さんは、日本を代表するゲームメーカー・カプコンのコンポーザー(作曲家)として、『ロックマン』や『モンスターハンター』シリーズなど、数多くのヒット作品の楽曲 制作を担当。今では23人のコンポーザーチームを束ねる重責も担う。大学時代に打ち込んだ軽音楽部での活動から始まった音楽の道だが、活躍の場は大阪から世界に広がっている。
岡田さんは幼い頃から音楽の英才教育を受けたわけではない。関西大学第一中学校2年生の時に友人とバンドを始め、独学でキー ボードを練習したというから驚きだ。現在の仕事につながる作曲 活動は、関西大学軽音楽部の伝説バンドの一つ「宇宙◯画」で始めた。「小室サウンドやソウル・ファンクに影響を受けたダンスミュージック系のバンドでしたが、観客を笑わせるために曲を作り始めました」と振り返る。後にプロデビューしたアーティスト とも活動を共にし、バンド活動にのめり込んでいった。
文学部教育学科では心理学を学んでいたが、当時では目新しい「音楽心理学」をテーマに卒業論文を執筆。しかし卒業後は、2000年問題でシステムエンジニアの需要が高く、IT企業に就職。並行してミュージシャン活動は続けていたが、音楽で生きていくことをあきらめきれずに退職し、1年間作曲活動に打ち込んだ。そんな時に、カプコンの「コンポーザー」という職種の求人を目にし、「好きな音楽や作曲を仕事にできるなんて最高」と入社。しかし、「安直な考えだったと入社して分かりました」と振り返る。

ゲーム業界におけるコンポーザーとは、ゲーム内の楽曲を作曲、演出、収録ディレクション、実装、チェックまで、楽曲全体のプロデュースを行う仕事。カプコンでは、ゲームタイトル(作品)ごとに、コンパクトなタイトルは一人で、大規模なタイトルは複数のコンポーザーがチームで作曲を分担する。「メインで担当する作品があっても、他の作品を掛け持ちすることもあります」。しかも近年は1作品で少なくて100曲、大きな作品なら300曲近くの楽曲が必要で、規模によっては完成まで1年から5年のプロジェクトになる、決して甘くない仕事だ。「プロデューサーやディレクターが求める作品の世界観やストーリーを包み込むように彩りを与え、プレイヤーの心を動かすようキャラクターやシーンに音楽で色付けしながら表現しなければなりません」。ゲームのシーンごとに音楽をどのタイミングで再生するか、時にはコンマ何秒の単位で実装しなければならない。また、ゲーム展開やプレイヤーの行動に応じて、楽曲の演出を変えるなど実に精緻な作業が求められる。「これまで経験したことがなかった、実に新鮮な作曲体験でした」。
ゲーム音楽で一番大事なことは何だろうか。岡田さんは「音楽によってプレイヤーがゲームプレイや世界観に没入できるよう寄り添うこと」と話す。「ゲームではよく同じフィールドやシーンの中で行動し、長時間音楽を聴くことになりますが、体験に寄り添ったりストーリーや心情を誘導するような楽曲演出をしたりすることで、何回聴いても楽しめるのがゲーム音楽の魅力の一つです」。だからこそ小さな子どもたちでも音楽を覚え、そこにゲームの成功体験が重なると一生忘れられない音楽になる。
岡田さんはこれまでメインの作曲担当で10作品を担当し、作曲以外のサウンドディレクションやマネジメント担当の制作も含めると30作品に近いゲームに携わってきた。今でも印象に残っている作品は2つある。まず、最初にメインを任された『ロックマンX コマンドミッション』は、その世界観を理解するために過去のシリーズを何度もプレイした思い入れのある作品だ。「シリーズのロックな世界観を継承しつつ、クラブミュージックのクロスオーバーをチャレンジしました。過去作品よりアップグレードして、さらに面白くするというのがゲーム制作のポリシーです」。もう一つは『モンスターハンター2(ドス)』。ケルト音楽がベースで、それまでなじみのなかった音楽を一から勉強した。「さまざまなジャンルの音楽に出会えるのもゲーム音楽作りの魅力ですね」。
バンドやDTMer出身者もいれば、音楽大学で作曲を学んだ者もいる個性の強いコンポーザー集団を束ねるミュージックチーム長を7年前から務めている。カプコンの音楽を統括するのはもちろんだが、比較的新しい職種であるゲームコンポーザーの働く環境や行く末を考える立場でもある。「一人一人のスキルも上げ、業界全体で協力してゲームコンポーザーが新たなステージに向かえる未来を作りたい」と話す。

海外との協業が飛躍的に進むゲーム業界では、今や日本のゲームのユーザーの8割が海外。アメリカ・ハリウッドやヨーロッパの音楽家たちと一緒に仕事をすることも増え、お互いに刺激し合う。大阪が本社のカプコンのスローガン「大阪から世界へ」が現実になっている。岡田さんは、世界を相手にするゲームコンポーザーの醍醐味について「ゲーム開発ならではの楽曲を最大化する体験ができること」と話す。ユーザーのプレイに呼応するインタラクティブな楽曲制作はゲームならではであったり、イギリス・ロンドンのアビー・ロード・タジオなど歴史ある海外スタジオでレコーディングしたり、世界的に著名な音楽家やミュージシャンと一緒に仕事ができたり、自分が制作した楽曲がフルオーケストラで演奏されることもある。
一方、趣味としてもバンド活動を続けてきた岡田さん。長年の夢だったカプコンの社内公式バンド「カプチューン(CAP-JAMS)」を2020年に結成。ゲーム音楽をバンドアレンジして、子どもたちも楽しめる「ロックマンライブ」を東京、大阪で開催した。アーティストとコラボレーションしたストリートファイター楽曲のアレンジ『昇龍拳が出ない feat.カプチューン』のMVは100万再生を達成。活動の場は国内にとどまらず、対戦型格闘ゲーム『ストリートファイター6』も採用されている世界最大規模のeスポーツ大会「EVO」に招待され、ラスベガスの会場で1万人の観客を前に演奏し、熱狂的な喝采を受けた。
岡田さんのこれからの夢は、「僕たちが子どもの頃に聴いたゲーム音楽と同じく、またそれを超えるような、長く親しまれるゲームと音楽をたくさん生み出すこと」。今の活動の原点は、たくさんの人とかかわりながら音楽の楽しさを味わった軽音楽部と話す。関西大学の後輩たちには「チャンスがあったら、ためらうことなく挑戦することが大切。実力は後からついてくるので、まず入口を見つけて、新しい自分と仲間にどんどん出会ってください」とエールを送ってくれた。