お知らせ

「聴覚」を操る犯人の逃走経路

2023.06.16

 学長補佐に就いた頃、「音を知覚する犯人捜し」(2021.03.08)のタイトルでリレーコラムを書かせていただいた。
 あれから2年半。いつの間にか慣れない補佐の仕事を数多く抱えることになり、「聴覚メカニズム」の犯人探しが暗礁に乗り上げた。どこかにヒントはないか、何かを見落としているのではないかと、自問自答を繰り返す日々を続けている。

 聞くところによると、歯と耳鳴に何らかの関係あると考える歯科医が多いという。しかし、聴覚研究の現場では、難聴で聴こえが低下すると、脳が過剰に興奮して、脳内で耳鳴音を作り出すと考えられている。聴神経を切断しても耳鳴が止まらないのだから、その判断は正しいのであろう。

 しかし、私の身に限って言えば、奥歯を強く噛みしめると明らかに耳鳴音が大きくなる。これが本当に脳の仕業かと悩んでいると、運よく下の奥歯が疼き出し、かかりつけの歯医者に飛び込んだ。レントゲンを撮り、ダイヤモンドバーで痛みの原因を取り除いてもらったが、処置中、ドリル音があまりにもうるさく、先生の許可を得て、耳を手で覆ってドリル音の聴こえを確かめた。ダイヤモンドバーを使用すると、ドリル刃の回転による「高音雑音」と、ドリル刃を歯上で上下左右に滑らすことにより起こる「低音雑音」が発生する。「低音雑音」は体内音と同様に耳を手で覆わないと聴こえないが、「高音雑音」に至っては何をしようが常に煩く聴こえてくる。

 なぜ「高音雑音」だけが煩く聴こえるのか?
 レントゲン写真を見ると歯は下顎骨に直接刺さっており、下顎骨の先端は側頭骨の蝸牛付近に潜り込んでいる。そのため「高音雑音」は硬い下顎骨を選んで伝わり、蝸牛をダイレクトに振動させているようである。

 実は、この仕組み、イルカの聴覚原理とまったく同じである。
 イルカは下顎で音を集め、その付け根にある蝸牛に音を導いている。私はこんなことがあり得るのかとこの説を疑問視してきたが、歯の治療を通じてイルカの聴覚を体験した身となっては、これまでの考えを改めざるを得ない。疑ってきたことを詫びつつも、聴覚を操る「犯人」の逃走経路を一つ発見できたことに喜びを感じる今日この頃である。

 学長補佐 堀井 康史