大学執行部リレーコラム

「情報学シリーズ第2回　人文科学研究支援システムについて（その1）」　（上島　紳一）

2010.04.27

１．木簡研究の支援
　木簡は、正史・外史などの史書と並んで史実を明らかにする一等資料である。随分前になるが、大学と企業からなる研究コンソーシアムに参画し、国産初のオブジェクト指向データベース (OODB) の開発を目標としたプロジェクトの中で、木簡研究支援データベースを試作した。つまり、木簡研究支援のために、既存のデータベース・ソフトウエアを用いるのではなく、木簡研究におけるデータの扱い方をモチーフに、まったく新しい仕組みを持つデータモデルを原理と共に設計し、システムを設計・構築するのである。
　最初に、対象とした木簡と特徴について説明したい。この分野の門外漢である私に対してご指導下さった先生は、中国の秦漢代の法制史研究の泰斗で、敦煌・居延などから発掘された木簡を研究対象の中心としておられた。日本で発掘されている木簡に比べて、中国の木簡はかなり小さくて15センチくらいの大きさだろうか、先生は木簡の形を箸箱の蓋と形容された。
　往時の文官は、木簡に文字を書いて記録・通信手段として用いた。長い文書には、複数の木簡を紐で繋いで、「冊書」と呼ばれる形にして用いていた。この冊書を中央から地方への通信文書として送付し、受け取った文官が、別の木簡に書き写し取って保存していたとのことである。これら木簡も、現代に発掘される時には、割れて断片となり離散して、表面の文字も途中で千切れている。断片が散逸しているものさえ多数ある（図1-1、図1-2）。
　木簡研究者は、「釈読」と言って、試行錯誤しながら各木簡や断片に見える文字を丹念に読み取り、内容を解釈して文字を推定しながら、書かれている文字の意味を読み取る作業を行う。更に、内容や形状を考え合わせながら、バラバラになった状態の木簡群を冊書の原状に戻すよう試みる。この一連の作業は、「冊書復原」と呼ばれるそうで、ジグソーパズルのような作業である。文学部の情報処理担当をしていた私は、この雄大な話に感銘を受けて、コンピュータとして少しでも支援しようというのがシステム開発の発端となった。

２．木簡データの特徴
　「データの取り扱い」の角度から見た時の木簡データの特徴は次のようである。
　（�顱法�[多重視点]　木簡に見える文字自体が研究対象であり、研究者によって釈読は異なり、必ずしも各木簡に対して一義的な解釈が得られる訳ではない。このため、１つの木簡に対しても、多重の解釈をデータとして格納する必要がある。つまり、釈読ための基礎データとして、画像データな共通の解釈などを格納し、更に、異なる複数の視点を設定して、視点に応じてデータを解釈するプロセスを格納し、解釈データを格納したい（図2）。
　（�髻法�[手書き文字画像]　木簡の文字は手書き文字であり、利用形態から考えて、書いた人の種類分の文字がある。実際、木簡研究の分野では、文字をトレース紙などに写し取って集約した木簡字典が編纂されている。コンピュータに文字を登録して利用するとしても、コンピュータの文字種は１つの文字に対して１つのコードを割り当てるので、手書き文字としてのそれぞれの特性は、一旦解釈すれば失われる。このため、文字画像として蓄積して、大量の文字を画像データベースとして構築する試みは有効である。更に、木簡の手書き文字の共通の特徴を探せるような画像検索技術を組み入れたい。
　（�鵝法�[ワークベンチ] 解釈したデータをもとに、冊書の形を復原できるよう、パズルを並べるようなワークベンチの開発が望ましい。つまり、机上に木簡を並べるように、木簡画像データを並べたり、組み合わせたり、離したり、という試行錯誤的な作業をビジュアルに、支援する必要がある。木簡は数万単位で存在するので、画像データや基本データなどのレポジトリとしての検索機能などは必要である。
　（�顱法◆放髻法◆放鵝法，�データモデルの選択や、システムの構築における中心的な要件として捉えることができる。

図1-1　木簡の冊書
図1-1　木簡の冊書 		図1-2　手書き文
図1-2　手書き文 		図2　多重の視点から見た木簡
図2　多重の視点から見た木簡
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