関西大学 文学部

文学部の概要

学部長からのメッセージ

文学部長 友谷知己

しなやかな知性 楽しい知識 

17世紀フランスの思想家パスカルに、次のような言葉があります。「人間とは一本の葦にすぎない。自然の中で最も弱い存在だ。しかしそれは考える葦である」(『パンセ』)

人間とは、まことに弱い生き物です。途方もない困難や乗り越えがたい障害が世界には無数にあり、われわれはしばしば挫折し、絶望し、へこたれます。しかし同時に人間は、そうした悲惨な自己の限界を自覚し、人生に思い悩む尊い知性を持っています。弱き葦はたわみながら、しなやかに強風に耐えています。弱き人間は苦しみつつ、知性の光によって気高く生きているのです。パスカルはこうも言っています。「われわれの尊厳のすべては思考のうちにある。[中略]だからわれわれは良く考えるように努めよう」

関西大学の校章は、葦の葉をモチーフとしています。私は、葦のしるしのもとに集うわれわれ関大人とは、不確実で不安定で不気味な現代社会という難問にも、しなやかな知性を働かすことのできる、たぐいのない集団だと思うのです。荒れ狂う風に、考える葦はポッキリと折れたりはしません。ゆらぎつつ、やわらかく、思考を巡らせ続けるのです。

そしてこの、たぐいなき学園、関西大学の中でも文学部は、人文学の拠点として着実に歩みを刻んでいます。19の多様な専修は、これまでの人類の営為について、これからの人間の条件について、この世界の真偽・善悪・美醜について、「良く考える」ことをつねに目指しています。哲学・史学・文学・言語学・美学・地理学・宗教学・教育学・心理学・異文化理解・表象文化・サブカルチャーといった様々な領域を研究対象とする文学部の世界は、広大にして深淵です。ですが文学部の人間は、自ら進んで、目を輝かせて、この厄介な勉強に取り組んでいます。何故なら人文学(Humanities)には、人間のことを、つまり「自分のこと」を、より良く解明し、より深く知る楽しみがあるからです。古代ローマの劇作家テレンティウスは言いました。「私は人間だ。だから人間に関わる一切が私にとって無縁ではないのだ」

ある日私は学生から、文学部につけられているというあだ名を教わりました。「遊(あそ)文学部」。最初は笑い、次にけしからんと眉をひそめ、最後に、まんざら悪くない呼び名だと思い直しました。何しろ文学部の人々は法文坂の上、戯れながら真剣に、本を読み、文を書き、楽しい知識を日々積み重ねている、好奇心の塊なのですから。

文学部長 友谷 知己