芝井の目

学部卒業生のみなさんへ(学長式辞・理事長祝辞を掲出いたします)

2020.03.19



以下、学長 式辞(上部動画と同じ内容となります)を掲出いたします。

         「信頼する仲間たちと力を合わせて」

 今から6年半ほど前、2013年9月7日に、アルゼンチンのブエノスアイレスで一人のパラリンピアンが、スピーチをしました。東京オリンピック・パラリンピックの招致のために、大勢のIOC委員を前に、スピーチを始めた佐藤真海(さとうまみ)さん。彼女は2002年、19歳のときに、突然の癌で片足を失い絶望的な気持ちになったこと、でも右足を失って大学に戻った彼女を救ってくれたのは、パラスポーツとの出会いだったことを、こう話します。

 I developed new confidence. I learnt that what was important was what I had, not what I had lost.(新しい自信が私の中に生まれてきました。私は学びました。大事なことそれは、「私が何を持っているのか」ということであって、「私が何を失ったのか」ではない、ということです。)
 その後、佐藤さんは、アテネと北京のパラリンピック大会に、走り幅跳びの選手として参加し、北京ではみごと6位入賞を果たしました。さらに2012年のパラリンピック・ロンドン大会に向けてさらに練習に励んでいたときに、東日本大震災が起こります。

 Then came the 11th of March 2011. The tsunami hit my hometown. For six days I did not know if my family were still alive. And, when I did find them, my personal happiness was nothing compared to the sadness of the nation. (そんなときに、2011年3月11日がやってきました。津波が私の故郷の町を襲いました。6日間、私は自分の家族が生きているのかどうか、わかりませんでした。ようやく家族を見つけたときに感じた私個人の幸せ。でもそれは、この国の人びとの悲しみの深さと比べれば、無きに等しいものでした。)
震災の後、佐藤さんはスポーツの仲間からメッセージを集め、故郷の宮城県気仙沼市に持ち帰り、被災された方がたに励ましの言葉を伝えました。故郷の人びとが自信を回復するために、仲間といっしょになって、被災した子どもたちとスポーツ活動を通じた交流を続けました。そして彼女は、はっきりとわかったのです。

 Only then did I see the true power of sport. To create new dreams and smiles. To give hope. To bring people together. (まさにそのとき私は、スポーツの本当の力を理解したのです。それは、新たな夢と笑顔を作り出す力,希望をもたらす力、人びとを結びつける力なのです。)
その後、結婚されて谷真海さんになった彼女は、今も東京パラリンピックのトライアスロンに向けて、練習を続けています。谷さんはこう言います。「陸上もトライアスロンも個人スポーツですが、一人で戦っているわけではありません。練習仲間、職場の皆さん、応援してくれる方がた、そして何よりも家族がいてこそ。みんなと歩んできたからこそ、価値があるのだと思います。」
なかなか先が見えない時代、まことに変化の激しい世界、私たちの前に広がる未来は、けっして皆さんにとって優しいものではありません。であるからこそ、いま社会に巣立つ卒業生の皆さんは、挑戦する勇気を忘れず、大学4年間のかけがえのない時間をしっかりと胸に刻み込んで、飛び出して行ってください。

 ところで、スポーツといえば、2019年の9月から11月にかけて日本各地で開催されたラグビーのワールドカップのことが想い起こされます。日本代表がアイルランドを破りスコットランドをしりぞけ、予選プールを4連勝で勝ちあがって、史上初めてワールドカップ決勝に進みベスト8入りを果たした快挙は、One Teamというキーワードとともに、今もなお皆さんの記憶に新しいことでしょう。ノンフィクションライターの山川徹さんは、「国境を越えたスクラム」と題する記事のなかで、数年前からラグビーで活躍する海外出身選手を取材するうちに、「ラグビー日本代表を、日本人と外国人とが共生する理想像として考えるようになった」と述べています。
 そもそもラグビーでは、出身国や国籍に関係なく国家代表としてプレーできるというルールがありました。今回の日本代表チームでも、代表メンバー31人のうち16人の海外出身選手が選ばれていました。ニュージーランド、トンガ、南アフリカ、オーストラリア、サモア、韓国に日本を加えた7カ国の選手が、多国籍の日本代表チームを組んでいました。ワールドカップ前には、こうした選抜チームにたいして、否定的な意見もあったといいます。「勝つためなら、全員ガイジン引っ張ってこいよ。どうせ勝てないんだから全員日本人でやればいい」とか「半分も外国人なのに日本代表って違和感ありすぎ」といった反応です。
 でも、勝利がすべてを変えてしまいました。いや、たんに勝利だけではないのかもしれません。ラグビーにたいする情熱、闘争心のなかに保持される品位、プレーを支配する規律、チームにたいする献身、戦う仲間への信頼、集団としての結束、そして相手チームにたいする尊重。試合ごとに発揮されるこうしたかけがいのないプレーとその価値こそが、多数の観客をとりこにし、数多くのにわかファンを生んだのでしょう。
 山川徹さんは、記事を次のように結んでいます。「信頼する仲間たちと力を合わせて、強大な相手にひるまず向かっていく。ラグビー日本代表から発せられたメッセージは、一つのスポーツという枠を超えていた。だからこそ、見る者すべての心をつかんだのだ」と。
 
 「一人で戦っているわけではありません。練習仲間、職場の皆さん、応援してくれる方がた、そして何よりも家族がいてこそ。みんなと歩んできたからこそ、価値がある」と、佐藤真海さんは言いました。山川徹さんは、「信頼する仲間たちと力を合わせて、強大な相手にひるまず向かっていく。ラグビー日本代表から発せられたメッセージは、一つのスポーツという枠を超えていた」と言いました。
 これから始まるあなたの長い人生、心を許しあえる仲間とともに、情熱、品位、規律、献身、信頼、結束、尊重といった、私たち人間がいつの時代も、「こうありたい」と追い求めてきた普遍的な価値を、どうぞあなたも、これから同じように大切にしながら、充実した幸せな人生を送ってください。

 さて、昨年末から中国で始まった新型コロナウイルスの感染拡大は、現代世界のグローバル化を象徴するように、世界各地に急速に拡がり、私たちが住む日本社会をも、混乱と危機に叩き込んでしまいました。そのため、関西大学の卒業式もまた、残念ながら例年通りの開催ができなくなり、卒業生の皆さんに向けた私からのメッセージも、動画配信で視聴していただくことになりました。そしてこうした状況は、今後、感染防止のためにとられてきたさまざまな方策が、一定の効果をあげたとしても、新型コロナウイルスの感染拡大が、ただちに抑えられるわけではないと、感染症の専門家は予測しています。
 このような状況の中で、私たちは、文字通り「正しく恐れること」を求められているのです。1914年11月9日に、ロンドンのギルドホールにおいて、イギリスの政治家ウィンストン・チャーチルは、第1次世界大戦でドイツとの戦争に直面するロンドン市民にたいして、Business as usual(いつも通りに仕事をしましょう、いつものようにしっかりやりましょう)という後世に残る有名な言葉を述べました。その後、四半世紀を経て、ナチス・ドイツとの第2次世界大戦においても、イギリスの首相として戦争指導に当たったチャーチルは、再びBusiness as usual(いつも通りしっかりやりましょう)といって、ドイツ軍の上陸・侵攻を恐れる国民を落ち着かせ、励ましたといわれています。
 皆さんもまた、新型コロナウイルスの感染拡大に必要以上におびえないように。「正しく恐れること」を自分自身に課してください。そしてこれから、信頼する仲間たちと力を合わせながら、みなさん一人ひとりが、しっかりと生き、しっかりと働き、そしてどうか幸せになってください。人生の大海に漕ぎ出すあなたの前途が、平安に包まれますように、楽しく明るく充実したものとなりますように、心よりお祈り申し上げます。
改めて、皆さん本当に、卒業おめでとう。みなさんの健闘を祈ります。  Business as usual.

2020年3月19日
                       関西大学学長   芝井 敬司


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学校法人関西大学 理事長 祝辞を以下の通り掲出いたします。


          「未来を問い、そして挑戦する」

 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
 人生で最良といわれる時代を過ごした、この関西大学のキャンパスを去るにあたり、万感の思いが胸に去来していることでありましょう。これまで皆さんを温かく見守りながら支援してくださった方々への感謝の気持ちを胸に、新しい世界への確かな一歩を踏み出してください。
 さて、皆さんも認識されているとおり、我が国は少子高齢化が急速に進展しています。近未来において、「人口減少社会」が到来し、その社会をいかにデザインしていくかが大きな課題であると考えます。そして、この新しい社会のデザインを切り盛りしていくのは、未来を担う若者、つまり皆さんに頼らざるを得ないのです。皆さんには、「機敏に変化に対応する力」、「自ら考え、行動する力」で、この難関を突破する気概を持ち、着実に前進してほしいと思います。
保護者の皆様にも、心からお祝いと御礼を申し上げます。皆様の教育へのご理解と熱意に、心から敬意を表しますとともに、本学へのご支援に、厚く御礼申し上げる次第でございます。
 今年は新型コロナウィルスの影響拡大により、残念ながら卒業式を通常どおり執り行うことができません。しかしこれまでも、古くは戦時下において、そして阪神淡路大震災(この年は、卒業式の当日に地下鉄サリン事件が発生しました)や東日本大震災の年など、様々な思いで卒業式に臨んできた先輩方がおられます。たとえ、式の様式や装いは違ったとしても、変わらないのは、節目においてこれまでを振り返り、新たな生活への希望と意欲につなげるという意義でありましょう。
 卒業生の皆さんの門出を心から祝福しますとともに、希望と可能性に満ちた若き前途に幸多かれとお祈り申し上げます。

2020年3月19日        
                  学校法人関西大学 理事長  池内 啓三