社会学部NEWS

2019.03.11

事故の哲学の紹介

 技術論の本を書いた。
 工学は、設計、製造、メンテナンスに3分されるが、生産量に焦点を当てることは多いが、本書では、残りの二つに焦点を当てた。人工物に着目し、人工物を使うユーザが大きな意味を持つ時代、サービス化の時代の技術論を考えてみた。
 科学技術は社会システムによって補完される(自動車事故が多いと交通規則が整えられる)ということは当然だろう。その上で、補完している社会制度の意味を考えた。
 そうすると、人工物を使ってくために必要となる安全規制は、実は自己決定を尊ぶ近代的な価値観を掘り崩すものとなってきているということが分かる(パターナリズム)。
 そして、人工物(例えば自動車)を使っていくためには、意図的行為よりも、過失とかミスといったものが重視されることになる。いわば、確固たる意志ではなく、より偶然が大きな位置を占める人間関係、社会が現代である。これは、人間しか行為者がいない世界(市民社会)と比べて、人工物とともに暮らす社会の少し奇妙な倫理的帰結を提示することにもなる。
 また、科学技術の発達した社会を、優れた人工物と共に暮らす社会と考えると、合理的で冷たい数学的社会になるというよりは、多数で多様な設計意図に基づいて作られた人工物と共に暮らす社会になる。そして、意図を「含んだ」人工物の偏在は、ある種のアニミズムの世界を帰結することになる。

(斉藤 了文 教授)