社会学部NEWS

2018.08.21

三つのチャレンジ

今年は猛暑で夏が長い。太陽のまぶしさや木々の緑の輝きが、人を新しいチャレンジへと誘う。そう思ったことがはないだろうか。
最近の私の、新しい三つのメディアに関わるチャレンジについて語りたい。
講義や講演会はもちろん、多様な媒体(メディア)で、今、この瞬間の私でなければ語れないことを語り書く、その機会の貴重さと自分のもちうる力を伸ばす必要とを、あらためて感じている。三つのメディアとは、テレビ、文庫、ポスターの三メディアである。
まずはテレビ。毎日放送さんの平日、夕方18時15分から19時までの報道番組『VOICE』に、時おり、コメンテータとして出場させていただいた。「先生、見た、見た」と現役の学生から古いOB、OGさんが喜んで連絡をしてくださるのが想定外の喜びであったが、本人は緊張しっぱなしのお仕事である。
VOICEは、関西の地域ニュースを中心に丁寧に取材をなさっておられ、生放送であり、硬派のおちついた報道番組である。バラエティ風のお笑いではなく、落ち着いた雰囲気でコンパクトに地域に密着したニュースが見られる、というのが私の視聴者としての感想だった。しかし、番組を見ているだけの立場と、番組を作っておられる側とはかくも違うものかを、出演私的、実感した。当然ながら、出していただく側になると番組の見方も変わる。作り手の細かな意図や、絶妙なタイミングやプロフェッショナル意識を、画面に見るようになる。マスメディアからの情報発信は、ライブの瞬間はもちろん、二次利用や三次利用まで含めると、数百万、千万人単位、いやそれ以上への情報拡散が可能な舞台であり、権力である。
スタジオの現場は、大変に和やかながら緊張感と流れるようなリズムがあり、プロフェッショナルな集団がきびきびとした素晴らしいチームワークで仕事をこなしておられる。私個人としては、どこからいつアップになって映るかわからない、視聴者のかたがたに、瞬時、一秒単位でキラーメッセージを伝える司会とアナウンサー、お天気アナウンサーの分担と相互のかけあい、頭の切れに舌をまいた。講義、講演とも異なるプロの力量が問われるのだ。なお、社会システムデザイン専攻はもちろん、私のゼミからもテレビ局やメディア関係の企業に就職した者もおり、マスメディアや広告との我々の専攻の相性は意外と良い。さて、おそらくまたVOICEに登場することもあろう。講義や会議の時とは、異なる私がそこにはいるはずである。ご覧いただければ幸いである。
次は文庫本。6月に人生で初めて文庫本をだした。『ルフィの仲間力』(アスコム,2011)の増補版であり、大幅に書き足して内容を強化したものだ。実は書籍は20冊近く出版しているが、文庫本は初めてである。書き下ろしに文章を追加していたら、勢いがまして当初の予定よりも大幅に増えてしまった。
新しく書き足した主要なテーマは、仲間とともに、挫折や失敗を乗り越え、そしてまた立ち上がる、その方法である。人生につきものの、失敗と挫折、そして大事な人の喪失。そういった人生の辛い局面では、どう生きるか、そして喪失や失敗に悲しむ仲間にはどう接していったらよいのか。これは以前の私であれば書けなかった大事なテーマである。
学生さんをはじめとした若い人たちに、大事な人を失っても、どんなに挫折をしようとも、どんなに失敗しようとも、また、顔をあげて立ち直って欲しい。人生はそれに値する。そのためにはどうしたらよいのか、そんなことを考えて新たに書き下ろしを加えた。
もともと、国民的な人気漫画『ONE PIECE』を題材として、仲間の大切さや人間のネットワークの面白さをネットワーク研究者として描いた本は、おかげさまで17万部売れ、日本・韓国・台湾で出版、翻訳していただいた本である。が、この傑作漫画は綿々と連載をつづけており、元の本を書いたときには60巻までが素材だったが、今回は87巻までが素材となった。したがって大幅に原稿を書き足すことになった。主人公の挫折と成長と、喪失を乗り越えて挑む姿について、8年前の私には語りきれなかったことを書いた。
また、昨今のセクハラ騒動などに巻き込まれない、異性も同姓も味方にする対策にも触れている。これは脱線だが、最近のセクハラ報道などに接していると、何よりもまず、「年齢や性別に関わらず、二人きりでいようが何人でいようが、問題なく当たり前に仕事ができる」人間を育てる教育が必要だとしみじみ思う。
1対数万へのメッセージ伝達が可能なのが文庫本である。文庫本という翼をもって、私の言葉が、あらためて日本中、はるか遠方までメッセージとして伝えられる幸せを感じている。一生懸命書いたので、お読みいただければ幸いです。
三番目は学会でのポスター発表である。これは人生初の経験であり、新たなチャレンジでもあった。学会報告をはじめて30年近くなるがずっと口頭報告専門で、ポスターセッション、すなわち事前に大きなポスターを作成し、現場でそれを貼る。そして担当時間中はその前でお客様を待ち、関心をもってくださるかたがいらしたら説明をするということをしたことがなかったのだ。だが、この二時間があっという間のような長いような不思議な時間であった。日本選挙学会という、私には完全にアウェーの学会での話である。 
2時間の担当時間をいただき、ポスターをはってその前に立つ。レジュメをつくっておき、関心をもってくださる研究者さんに自分の研究の解説をするのだが、一人あたり5分として20人以上に同じ話をして異なるコメントやご意見をいただくことになる。またこれも当意即妙の対応が必要であり、法学者、政治学者、社会学者、心理学者、報道関係者、官庁や、出版社のかたなど、様々な人々のまったく異なる関心に対応するという技術が必要なのだ。ポスターセッションの魅力は、さまざまな分野のかたと丁寧な質疑応答や細かい議論、ご示唆をいただける点であるが、1対1対応が基本の難しさがある。
テレビ、文庫本、ポスター。多様なメディアからの情報発信としう、新しいチャレンジは続く。どのような媒体からも一番良いかたちで学術的な、あるいは社会的なメッセージを当意即妙に届けられるようにならねばと実感している。学生さんと一緒にこれからも研究していきたい、話し方、伝え方、そして心からのメッセージを相手に届ける技法は、永遠の課題である。一緒に勉強したい学生さん、2019年度は私はサバティカルですが、そのあとに、いやそれまでにも、一緒に勉強していきましょう。

(安田 雪 教授)