能登半島地震から20カ月後の被災地(能登町・輪島市・珠洲市)を訪問して (その3)

能登半島地震から20カ月後の被災地(能登町・輪島市・珠洲市)を訪問して (その3)

5.「能登若衆の会」の活動拠点で――輪島市町野町「もとやスーパー」

石川県輪島市町野町は、2024年の能登半島地震で地域全体が大きな被害を受けましたが、町内に一軒しかない「本谷(もとや)スーパー」は、幸い大きな被害が無く、翌日から営業再開できました。しかし、2024年9月の能登豪雨で、スーパーは2メートルの浸水と1.5メートルの泥に埋まり、営業継続が難しい状態に陥りました。「能登若衆の会」のメンバーで、実家が「もとやスーパー」の本谷さんは、地震前は県外にいたそうですが、この豪雨を機に町へ戻ったそうです。

1ヶ月に約2,000人のボランティアが「もとやスーパー」で泥かき等を行い、約2ヶ月後に仮オープンを実現。そこからは、テントでの仮営業や支援物資の配給、炊き出しなどを通じて地域の生活を支え続けたそうです。利用客が減ったため店舗規模は従来の3分の1に縮小し、空いたスペースをボランティアや来訪者が泊まれる無償の宿泊場所として開放。地域を知ってもらう新たな場として活用されているそうです。

2026年1月からは本格的な建て替え工事を予定しており、新店舗にはスーパーに加えて宿泊スペースも整備する予定だそうです。本谷さんは「地震で人口が減った町に外から人が訪れる場所をつくり、町の内と外のつながりが生まれてほしい」と願っていました。

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(写真5)もとやスーパーの宿泊スペースで本谷さんにお話を伺う(2025年9月13日に訪問・撮影)

6.「能登若衆の会」の活動拠点で――能登町「能登高校魅力化プロジェクト」

「能登高校魅力化プロジェクト」は、過疎化や少子化によって高校の存続が危ぶまれる能登町において、高校を地域とともに支え、教育をより充実させていくことを目的に、「進路に繋がる学び」「人生に繋がる学び」「地域に繋がる学び」の三つの柱を掲げ、ICT・AIの活用、国際交流、地域フィールドワークなど多様な学びの機会を提供しています。

「能登若衆の会」の杉林さんは、大学を休学して「地域おこし協力隊員」として能登町に入り、このプロジェクトに関わっています。杉林さんの職場の一つである「まちなか鳳雛塾」でお話しを伺いました。

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(写真6-1)「まちなか鳳雛塾」の入口にて(2025年9月14日に訪問・撮影)

「まちなか鳳雛塾」は、能登高校魅力化プロジェクトの一環として運営されている学外の学習・交流拠点で、図書やカードゲーム、筋トレ器具、iPad等のICT機器が備えられ、学習の場であると同時に、生徒が交流できる「サードプレイス」の役割も果たしています。学校や家庭とは異なる環境で学び・活動できる点は大きな魅力である一方、保護者との繋がりや、学習と娯楽のバランスをいかに取るか、人材不足や運営体制の脆弱さといった課題も指摘されています。しかし、地震後の不安や人口流出の中で、若者が学び、語り、地域とつながる場として、また、教育を通じた復興という視点から、地域と学校が連携して若者の成長を支え、地域の未来を共に描く取り組みは、被災地における新たな教育モデルとして大きな可能性を持つと考えられます。

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(写真6-2)「まちなか鳳雛塾」にて杉林さんのお話を聞く(2025年9月14日訪問・撮影)

「能登若衆の会」のメンバーが関わっている幾つかの活動拠点を訪問して感じたことは、地震が、地域拠点の役割を「サービス提供」から「つながりの再生・創出」へと転換させていることです。物理的な復旧だけでは地域社会は元に戻りません。人が集い、関わり、未来を共につくる拠点こそ、能登のような過疎地・被災地において最も重要な資源になるのではないかと思いました。今後は、それぞれの拠点が互いに補完し合いながら、地域全体の文化・生活・教育を支えるネットワークとして機能していくことを期待します。