宮城フィールドワーク3日目

執筆者:岡本優奈

近藤ゼミ4回生の
岡本 優奈(ゆうな)です!

私たち近藤ゼミは、
5/27-5/29の3日間、
東日本大震災の被災地、
宮城県へフィールドワークに行きました。
私は、3日目の出来事について書こうと思います!

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まず、朝イチに、
「ラヂオ気仙沼」代表取締役の昆野龍紀さんに
お話をうかがいました。

手書きのメモを貼った掲示板でしか
情報共有ができず困ったこと、
被災地の様子から見えてきた臨時災害FM局の役割、
デマの横行など、当時の被災地の様子や、
昆野さん自身の被災体験、FM局の成り立ちや苦労について
詳しくお話ししていただきました。

発災から時間が経つことで、
必要となる情報は変わっていきます。
講演の中で昆野さんは、
全国報道では伝えられない、
市町村単位の災害時の情報共有において、
地元の身近なメディアが大きな役割を果たすことを
実感した経験から、他の市町村でも、
コミュニティFM局のような地元メディアを整備し、
日常的に防災・減災に関する情報を発信していくことを勧めていました。
「ラヂオ気仙沼」も、普段から住民に親しんでもらえるように、
楽しいラヂオを行っていきたいとおっしゃっていました。

写真1

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次に、野蒜(のびる)駅の旧駅舎に行きました。
被災した駅は震災復興伝承館となり、
震災についての映像上映や資料展示、
津波に飲まれてボロボロになった券売機、
地震と津波の影響で亀裂が入ったり
レールが曲がったりした駅のホームなどの
震災遺構が保存されていました。

実際に震災の跡を目にすると、
災害の脅威が肌で感じられ、
「当時私がここにいたら...」と考えると、
恐ろしさで足がすくみました。

1階には、災害の記録の他に、
たくさんのメッセージが掲示されていました。
多くの人が、「震災は、忘れたいつらい記憶だけれど、
それを教訓として語り継いでいくことが必要だと知った」
「自分ごととして考えるようになった」というような
メッセージを残していました。

私も、過去の震災は遠い昔の出来事で、
自分とは関係のないことのように
思ってしまっていたところがありました。
被災地に訪れて改めて、災害を自分ごととして捉え、
防災・減災について学び伝えていく重要性を感じました。

写真1

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お昼休憩で立ち寄った松島は人がいっぱいで、
昼食は長い列に並ぶことになりました。(^^;

写真1

日本三景に数えられる松島の綺麗な景色をバックに、
少し歩くたびに野外パフォーマンスの愉快な演奏が目と耳に入り、
とても楽しい気分になりました♪
牛タンもずんだも美味しくて、最高でした☆・:*゚

写真1
左から みり、めぐ、おーけー

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今回は、私を除くほとんどの学生が、
初めて東北に訪れたということでした。
私は、大学一年生の夏にサークルで宮城県に訪れたことがあり、
今回のフィールドワークと似たルートを回っていたので、
3年前と比べての感想を持つことができました。
また別のブログ記事として、全日程を通して学んだことを
書き綴りたいと思います!

震災を風化させず、
語り継いでいこうという人々の努力で、
私たちのような、実際に震災を経験したことがない人も、
災害の脅威をリアルに感じ、学ぶことができます。
「災害は恐ろしい」で終わらせずに、
自分にできることを考えたいと思います。

関わってくださった皆様、
本当にありがとうございました!
今回学んだことをしっかり噛み砕いて、
アウトプットしていきたいと思います!

岡本優奈