こども梧陵ガイドプロジェクト 始動

6月14日、和歌山県広川町にある
「稲むらの火の館」の崎山館長と
Web上で交流ミーティングをおこないました。

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【崎山館長と近藤ゼミと龍谷大学石原ゼミのみんなでパシャリ!!
一番上列の真ん中の男性が崎山館長です】

今回は、広川町の偉人、
濱口梧陵(梧陵さん)の生誕200周年を記念して
梧陵さんの足跡について
詳しく教えていただきました。

梧陵さんは
安政南海地震の津波が襲来した際に、
稲むらに火をつけ
多くの村人を救った人物です。

この出来事は、過去に
国定教科書にも載っていました。

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【今年の6月15日に生誕200歳を迎えた濱口梧陵さん】

梧陵さんは津波防災の他にも、
様々なことに尽力していました。

復興まちづくりや教育振興、さらには疾病対策です。
特に復興まちづくりでは、
広村堤防を建設する際などに
私財をなげうって取り組んでいました。

現在のお金の価値で
約18~19億円も使ったと聞いたときには驚きました!

また、教育振興を究極の目標としており、
学校が長く続いてほしいという思いから
名付けられた「耐久社」という学校は
現在でも、耐久中学校・耐久高校として
受け継がれています。

これだけではなく、政治家として
当時の郵政大臣や
初代和歌山県会議長も務めていました。

さらに、ヤマサ醤油の経営もしており、
私には考えられないほど、マルチに活躍されています。

2時間ほどやり取りをしていたのですが、
崎山館長は「梧陵さんについて大まかにしか話せず申し訳ない」
とおっしゃっていました。

それほどまでに、梧陵さんの功績はたくさんあって
魅力的な人物だということが伝わりました。

このプロジェクトの目的は、
「次世代の梧陵さんを目指すこと」と
「防災だけでなく、生き方も学ぶこと」です。

私は今回のお話を聞いて、
大志をいだいて行動すれば
今を豊かにするだけでなく、
100年後の未来を作ることができる
ということを身に染みて感じました。

すごく勉強になる貴重なお話、
ありがとうございました。


島本航太