宮城・フィールドノーツ

執筆者:清水丈太郎

はじめまして。
近藤ゼミ新3回生の清水丈太郎です。
よろしくお願いします。

近藤ゼミは、関西大学校友会宮城支部の方々の協力のもと、
5月27日〜29日までの3日間、
宮城県を訪問させていただきました。

私は、被災地を訪れるのは今回が初めてだったのですが、
実際に被災した建物を見学させていただいたり、
被災を経験した方のお話を聞かせていただいたりなどする中で、
様々な驚きや発見がありました。

今回は、そうした体験の1部分を切り取って、
書かせていただこうと思います。

この3日間で、様々な場所を見学させていただきましたが、
私は特に、震災遺構石巻市立大川小学校と
大川震災伝承館を訪れたことが印象に残っています。

大川小学校では、東日本大震災の津波により、
児童・教職員合わせて、84名の方々が犠牲となりました。

その後は、大川小学校そのものを、
犠牲者の慰霊・追悼の場とするとともに、
震災被害の事実や、学校における事前防災と避難の重要性
を伝えていくことを目的に公開しています。

また、その大川小学校の隣に建てられた、
大川震災伝承館では、
震災前後の写真等のパネルや地域模型、
実物資料を展示する展示室の他、多目的スペースがあります。

そのような、数多くある展示の中に、
『明日(未来)へ』というタイトルで、
大川小学校に通っていた児童や、その親、
また、小学校付近に住んでいた方々の様々な想いが
書かれているものがありました。
本当に様々な想いが書かれているその中の1つに、
初めは大川小学校を取り壊して欲しかったと思っていた、
というようなことが書かれていました。

その時私は、大川小学校のように、
被災し、犠牲となった方がいる建物が、今もなお残り、
展示物として展示されていることが、
当たり前ではないことであると分かりました。

自身の子供や家族が犠牲となった場所が、
取り壊されることなく、その場所に残り続けることは、
被災の経験を思い出すきっかけになったりと、
精神的に長く辛い時間が続く可能性があるにも関わらず、
命の尊さや、防災教育の重要性、災害の恐ろしさを
未来へ伝えるために、被災した建物を展示物として
残してくださっていることは、本当に感謝しなければ
ならないことだと感じました。
また、そういった方々の頑張りによって、
私たちは、災害の教訓や、反省、失敗を、
何度も学び直すことが出来るのだと分かりました。

今回見学させていただいた展示場所のほとんどが、
被災した方々の想いを展示していました。
手書きであったり、映像であったり、
展示の仕方は様々でありましたが、
これが、本当の『被災者の声』であるのではないかと思いました。

新聞やテレビなどのメディアを通さず、
ありのままの想いを感じ取ることが出来たのは、
被災した現地に訪れたからであり、
このような機会を作っていただいた、
近藤先生を初めとする、関西大学校友会の
西村さん、和田さん、松永さん、佐久間さん、
近藤ゼミ卒業生の小丸さん、FM気仙沼の昆野さん、
FM気仙沼をアテンドしてくださった一色さん、
その他大勢の方々の皆さんには、
感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。

写真1

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清水丈太郎