カリキュラム

教員エッセイ

第40回しゃばけと西鶴と丸谷才一

商学部教授  宇惠 勝也(ファイナンス専修)

 ご存知、畠中恵の「しゃばけ」シリーズ。江戸は通町にある長崎屋の若だんなは、大坂の地で福の神と貧乏神の相場争いに頭を抱えていた。現物取引とともに先物取引も盛んであった堂島米会所は、飛脚はもちろん、旗振り通信も使って終値を各地へ送っており、京や紀伊へなら、「煙草をふかす間に」情報が伝達される。日の本はお江戸の時代から情報化社会であった。

 この物語を読み進めるうちに、その数年前、ある研究会で若手研究者がおこなった報告を思い出した。彼は近江の旧家に残されていた古文書に記された堂島米会所の相場をデータベース化し、それに基づいた実証分析を試みていたのだ。米価形成の効率性を検証するというのが彼の研究テーマであった。最先端の経済研究とファンタジー時代小説。この一見遠く離れているように見える両極がきれいに円環を閉じている。遊びなのか学問か。丸谷才一のエッセイ集のタイトルが頭に浮かんだ。

 先物取引といえば、デリバティブ(金融派生商品)の代表格。そして、その取引に欠かせないのが正確で迅速な情報の収集と分析。ファイナンスとテクノロジーの融合、フィンテックがもてはやされる昨今であるが、それは今に始まったことではない。そういえば、元禄時代の大作家である井原西鶴の『世間胸算用』には、大坂の小金持ちたちが融資先に関する情報を交換するさまが生き生きと描かれている。ある特定の借手に関する見方が対立することもあり、いずれが正しいのか、それとも双方ともに誤っているのか。計画倒産などという不埒な手口を許さぬためにも、小金持ちたちの分析はいよいよ熱を帯びてゆく。

 さて、福の神と貧乏神の相場争いの行方やいかに。その顛末については同シリーズをご一読あれ。

『葦 2018.№170 夏号』より

2020年6月30日更新
※役職表記は、掲載当時のものです。

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