/文化会交響楽団 富永実蘭さん(法学部3年次生)、森下爽風さん(法学部3年次生)
/一般社団法人日本ウクライナ音楽協会 理事長 髙谷光信さん(サマーコンサート客演指揮者)
6月11日、吹田市文化会館メイシアター大ホールにて、関西大学交響楽団第45回サマーコンサートが開催された。コロナ禍により2020年と2021年は中止となっていたが、今回は2005年から交響楽団との親交が続く髙谷光信さんを客演指揮者に迎え、3年ぶりの開催がかなった。コンサート開催までの取り組みや交響楽団の魅力について、団長の富永さんと指揮者の森下さんに話を聞いた。
─富永さんはビオラ、森下さんは指揮者・チェロが担当パートですが、2人とも大学から始めたのでしょうか?
- 富永
- ビオラは未経験でしたが、交響楽団では同じパートの先輩が1対1で教えてくれるようになっていて、私も先輩に教わって演奏できるようになりました。現在、団員は89人で、私を含め吹奏楽の経験者は多いです。でも、大抵の人は管楽器や打楽器奏者。弦楽器はほとんどの人がゼロからのスタートです。
- 森下
- 私もチェロは初心者でした。団員の3割ほどは未経験者ですが、卒業する頃には難しい曲も弾けるようになっていますよ。
─団長と指揮者には、自ら志願したのですか?
- 富永
- 団長は多数決です。私は人前で話すのが苦手だったので、この機会に克服するのもいいかなと思い、引き受けました。団長は年次を問わず、全員と話す機会があったのでよかったです。
- 森下
- 指揮者は誰もやりたがりませんでした(笑)。でも考えてみたら、楽器は社会人になっても市民オーケストラなどで演奏できますが、指揮はそうした団体には常任指揮者や客演の方がいます。アマチュアが大きな編成で指揮できるのは貴重な機会だと思い、挑戦してみることにしました。
─3年ぶりにサマーコンサートが開催されましたが、運営するにあたって戸惑いもあったのではないでしょうか?
- 富永
- 入団してから2年間、サマーコンサートも合宿もなかったので、これまでどのように準備していたのかが分からず、OB・OGの方に一からすべてを聞きに行って、相談しながら進めました。もちろんコロナ禍では感染予防対策も必要で、これは先輩も未経験のことだったので特に大変でした。考えなければならないことが多かったですが、その分勉強にもなったと思います。
─コロナ禍での練習はどのように進めたのですか?
- 森下
- 大学の部室は人数制限があって全員は入りきらないので、合奏練習は週2回、学外の施設を借りて行いました。練習を進めること自体にも慣れていなかったし、限られた時間の中で曲の完成度を納得のいく範囲にまで高めることには行き詰まりも感じました。
- 富永
- 合奏以外はどうしても個人練習ばかりになってしまい、練習量に差が出てしまうのも悩ましかったですね。
個人的には、学外練習をする時の楽器運搬を担当していたので、それが大変でした。打楽器やコントラバスなど大きな楽器が多いので、毎回、大学と練習場所を3~4往復、レンタカーを運転して運搬しました。練習時間に間に合わせるため、とにかく時間との闘いでした。
─コンサート本番はどのような心構えで臨みましたか?
- 森下
- 正直、練習時間は十分とはいえなかったので、演奏ではミスしないよう曲を成立させることに注力しました。指揮者としては、どうしても細かいことが気になって一つのパートの一部分にフォーカスしてしまいがちだったので、全体を広く見ながら進めるよう心掛けました。
─客演指揮者・髙谷さんの印象や、髙谷さんから学んだことは?
- 富永
- 曲の情景をうまく伝えてくださる先生ですので、音の出し方のイメージを捉えやすかったです。打楽器など、パートによっては曲の最後にしか出番がない場合もありますが、練習に出席している団員に合わせて演奏箇所を考慮して声も掛けてくださり、全体への気配りはとても勉強になりました。
- 森下
- 私は指揮の振り方など親身に教えていただきました。指揮する時はミスやリズムの崩れなど、マイナス面に目が行きがちですが、「自分のためにも皆のモチベーションのためにも、前向きな明るい言葉を掛けるように」とアドバイスをいただきました。オーケストラは具体的なBPM(テンポ)など、指揮者の譜面の解釈や表現によって、本当に雰囲気が変わると思います。
─当日はネット配信もありましたね。お客様の反応はいかがでしたか?
- 森下
- 視聴者数は123人、来場者数は395人でした。座席の人数制限があった定期演奏会よりもやはり盛り上がり、来場者アンケートでも良い反応をいただきました。
─サマーコンサートを経験していかがでしたか?
- 森下
- コンサートに向けて皆で定期的に集まり、無事開催できたことが本当にうれしかったです。でも、本番では完璧に演奏できたとは言えないので、欲を言えばもう少し練習時間が欲しかったですね。
- 富永
- コロナ禍で入団が9月になり、自分のパートのメンバーしか知らないまま1年が過ぎて、最近やっと同期のメンバーとも会える状況になりました。仲良くなると、弾き方などいろいろ相談もできるし、以前とは結束も全然違います。
─交響楽団の魅力を教えてください。
- 森下
- オーケストラはチームプレーであること。そして演奏する曲それぞれに歴史的な背景があり、曲を理解することで、そうした知識を得ることができるのも魅力だと思います。
- 富永
- ソロなら自分のことだけを考えればいいですが、オーケストラは全体の調和が重要。「このパートは大きな音が出せないから、周りが音量を下げよう」というように、広く全体を俯瞰して見る力が養われますね。
─今後の抱負を聞かせてください。
- 富永
- 10月は大学昇格100年記念イベントでの演奏会、12月は定期演奏会が控えています。定期演奏会が終わったら役職者は交代となるので、団長としてこれらの演奏会を成功させることが大きな目標です。
- 森下
- サマーコンサートはやるべきことを順にやっていくだけで精一杯な状態でした。次の演奏会では、もっと演奏のクオリティと完成度を上げられるように頑張りたいです。
ウクライナに"音楽を奏でる自由"を取り戻す
関西大学交響楽団とは、恩師・藏野雅彦先生(指揮者)の弟子として訪れたことがきっかけで、関大オケから客演指揮のお声がけがあり、15年以上のお付き合いになります。
今回のサマーコンサートは、コロナ禍ということもあり、対策など本当に大変だったと思いますが、学生の皆さんは出来うる限りの準備をして、本番に向けて取り組んでいました。その自主運営はとても立派だったと思います。2年間の断絶を経てもなお、"関大サウンド"は確かに継承されており、その明るく瑞々しい音は会場のお客様を笑顔にしていました。
私が所属するウクライナ・チェルニーヒウフィルハーモニー交響楽団の団員たちは、半数にあたる女性と高齢の団員は隣国などに避難し、半数の男性メンバーと志願した女性メンバーは今も軍隊に所属し戦場で戦っています。何人かとメッセージのやりとりをしていますが、戦況の厳しさと共に返信は滞り、2週間連絡が途絶えた時は最悪の事態も脳裏に浮かびました。「返信=生きている」という一通の重みがそこにはあるのです。「私たちは生きてるよ、元気だよ」と軍服を着て笑顔を見せてくれる彼や彼女たちの背景には、戦争という厳しい現実が重くのしかかっています。
私は、これらのことを対岸の火事にならないように知ってほしいと思っています。今この時も、楽器を銃に持ち替えて戦っている音楽家たちがいることをどうか忘れないでください。私は今、一般社団法人日本ウクライナ音楽協会の理事長として日本でウクライナ支援活動を行なっています。その活動理念は「停戦後のウクライナ音楽界復興のため」です。
スラヴ音楽は、ウクライナ人、ロシア人、チェコ人らスラブ民族の音楽であり、ラフマニノフやドヴォルザークなどクラシック音楽の作品も含まれます。キーウ音楽院の恩師である故ドゥーシェンコ先生からは「喜び」が本質にあると教わりました。しかし、今クラシック音楽界ではロシア作曲家の作品を忌避する動きがあります。ウクライナ文化省はロシア作品を使用することを控えるよう要請し、ウクライナ議会は独立以降のロシア人作曲家の音楽、出版物を禁止するという法案を可決しました。私は、ウクライナの指揮者としてこの動きには異を唱えます。
2014年のウクライナ騒乱以降、両国の軋轢が続く中でもチェルニーヒウフィルはチャイコフスキーやラフマニノフなどロシアの曲を含むスラヴ音楽を演奏し続けました。そこには「芸術は国境を越える」という精神があり、私はそれをすばらしいと思っています。音楽は文化の架け橋です。国境を越えて人々を癒し、慰め、明日への活力を平等に与えるものであると私は信じています。
私にとってウクライナの人達は「自由を希求する不屈の民」です。その背景には、今回の侵攻に通じる複雑な歴史が深く関わっていると言えるでしょう。しかし、彼らの精神は決して怒りや憎しみ、そういったネガティブな感情の上に成り立っているのではありません。キーウ音楽院の恩師でもある故ドゥーシェンコ先生は、かつて私にこの様な言葉をくださいました。
「人生とは喜びに向かうべきである」
音楽家達にとって最も大切な"音楽を奏でる自由"を取り戻すこと。そして、その音楽にはウクライナの人々の心を癒し慰める力があること。その先に必ず喜びがあることを信じて私はこれからも音楽家として活動を続けます。
出典:関西大学ニューズレター『Reed』70号(9月30日発行)