/大九 明子 映画監督
/萩原 利久 俳優
/芝井 敬司 関西大学 理事長
関西大学卒業生で人気お笑いコンビ「ジャルジャル」の福徳秀介さんによる同名の恋愛小説を原作とする映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』が4月25 日に公開される。さえない毎日を送る大学生・小西徹が主人公の物語で、千里山キャンパスで撮影が行われた。公開を前に、脚本も手掛けた大九明子監督、主演を務めた萩原利久さんが、芝井敬司理事長と鼎談し、映画に込められた思いなどを語った。
千里山キャンパスと周辺地域がロケ地に
─映画の4割近くが千里山キャンパスや周辺地域で撮影されたそうですね。大学や学生のリアルな姿をとらえているところが印象的でした。
- 芝井
- 原作が刊行されたときに拝読し、面白い小説だと思いました。恋愛小説仕立てですが、最後にどんでん返しもあるし、途中のプロセスもなかなか面白かった。それが映画でどのように再現されていくのかを楽しみにしていました。
映画を(試写で)鑑賞しましたが、一番のエッセンスともいえるところが特徴的に再現されていると感じました。逆に、原作の中では隠れていてあまり目立っていない部分も、大九監督がシナリオハンティング(脚本を書くための取材)をする中で意味付けをしたり、重みを考えたりしていることがよく分かりました。
- 大九
- すごく丁寧に映画をご覧いただいてとてもうれしいです。おっしゃる通り、小説そのものを再現するというよりは小説を自分の中で消化し、感じた思いを増幅させながら作っていきました。原作を読まれているファンの方がどう思うのかという心配もあったので、小説を読まれた上でそのような感想をいただけるのは本当に励みになります。
─萩原さんは、今回の関西大学での撮影で印象に残っていることはありますか。
- 萩原
- 僕は大学生活の経験が無いので、多くの時間をキャンパス内で撮影させてもらったこと自体がすごく新鮮でした。学園ものの映画やドラマの撮影で、特定の教室を使うことは今までにもありましたが、この作品では教室を移動する場面もあったりして、大学生の日常をそのまま切り取ったシーンが多かったのかなと思います。広い大学内をぐるぐると歩き回りながら、実際に学生生活を送っている方がいる中で撮影させてもらったので、曜日によって学生の多さが違うことにも気付きました。時々「自分は関西大学の学生なのでは?」と錯覚するような感じでした。
- 芝井
- 人生長いですから、いつかぜひ入学を......。
- 萩原
- もしかしたらもしかするかもしれないですけど(笑)。遠くでにぎやかな学生の声が聞こえてくる環境での撮影も思い出深いですし、撮影中は大学生活のリアルを常にまとえていたのかなと思います。
俳優 萩原 利久 さん
─エキストラの関大生も多く参加されていたようですね。
- 大九
- 映画の企画が動き出してから、どの時期に大学で撮影するかということを検討しました。授業がしっかりある時期がいいのか、それとも春休みや夏休みの期間がいいのか。関西大学さんが全面協力すると言ってくださいましたが、やはり学生ファーストで考えて休みの日に撮影することにしました。
ただ、できれば本物の学生さんたちには、ご自身の思い出作りの一環として楽しんで参加してもらえるよう、エキストラとしての協力をお願いしました。結果的にたくさんの若い人が学生役として参加してくれました。早朝、スタッフが集合場所を案内する看板を持って待っていると、本当に登校風景みたいにエキストラさんたちが集合してくるんです。それがうれしくて一人一人に「ありがとね」と言いたい気持ちになりました。
私が大学生だった頃よりも、全国的に大学自体がきれいに整備されていると思いますが、実際に中に入ってみると私の学生時代と変わらない風景もありました。建物の間で演劇部の学生が発声練習をしているのを見たりすると、すごく温かい気持ちになりました。
- 芝井
- 昔は大学に顔を出さない学生が結構いましたね。世界を放浪する学生もいれば、アルバイトに注力していて試験の直前に慌てて来るような学生もいました。今は、やんちゃな学生は少なくなったように感じますが、本質から変わっているかというとそうでもない。映画の中で描かれているように、4年間の大学生活というのは若者が苦悩しながらも成長していく時期で、大学とはそういう場所でもあります。
左:『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』単行本
中央:映画化にあたり刊行された文庫本
右:「関西限定版」として、本学での映画シーンを散りばめたデザイン。関西大学生協などで販売されている。
友達の多さが価値の高さではない
─萩原さんが演じた大学生・小西と学内唯一の友人・山根との友情が描かれています。
- 萩原
- 友達が一人しかいないというと、なんとなくネガティブな印 象を持たれてしまうかもしれませんが、そうでもないと僕は感じます。小西は大人数で話すタイプではありませんが、広い大学の中でちゃんと自分が落ち着ける場所というか、マイスポットを持っている。
僕はそもそも役に限らず、友達は「量より質」だと思っています。プライベートではいろんなものを共有したり、深い話ができる友達に恵まれています。映画では数こそ「一人」ではありますけど、ちゃんと一人いる。だからこそ、彼(小西)も心の底の部分では孤独とは感じていないはずです。多分、心の温度という意味では、決して冷え切っているわけではない。
- 大九
- 今の話を聞いていると、利久くんはやっぱり小西よりずっと大人で、成熟しています。小西は決して孤独ではないんです。ただ、どうしても人と比べたり、人の目ばかり気にしたりしている。その恐怖から逃れられない。
でも、これってほとんどの若者がそうだと思うんですね。「人からどう見られるか」ということがとても恐怖で、それこそが重要だと縛られてしまっている。そういったところから一つ自由に なっているのが(河合優実さんが演じた大学生の)桜田花。「私なんか友達一人もいませんけど」っていう人に出会って視点がガラッと変わっていく少年の物語ですが、小西のぜいたくな悩みみたいなところを分かって演じてくれていたことを聞けてうれしいです。
一つだけ絶対に言っておきたいのは、友達が一人もいなくてもいいんです。「友達が多い方が価値が高い」という考え方は一度捨てたほうが良いと思います。特に若者はそこにとらわれすぎて自分を卑下してしまいがちです。でも「友達がいない」ということを悪ととらえないでほしいと思います。
今作に限らず、ずっと私がやっていることというのは、社会で当たり前と思われている価値観を一度疑うことです。小西はとてもつらそうに生きているけど、大人の目から見たら「そんなことないよ」ということを汲み取ってほしいと思って作りました。
監督 大九 明子 さん
─大九監督は「孤独な女性」を描くことで定評があります。今作は主人公が男性でしたが、意識されたことはありますか。
- 大九
- 全くないですね。短編では男性主人公のものも撮っていたりしたので。でも、もしかすると私はどの主人公にもちょっと冷たいかもしれないです。例えば今作だと「不幸ぶっているけど、あなたは十分幸せだよ」という気持ちがどこかにあります。
- 萩原
- 小西の一つ一つの行動に関して歯がゆさを感じることはありました。そこが映画での面白さでもありますが。
小西と同じ10代から20代前半にかけての時期を振り返ってみ ると「なんで悩んでいたんだろう」と思えることもたくさんありますし、1年ごとに物事の見え方が違ったように思います。小西に感じる歯がゆさは僕自身も演じながら「こう言うだけで全然違うのに」と思う場面もありました。
若者に伝えたい「君は鋭するどかれ!」
─映画では関西大学初の女子学生・北村兼子のボイスメッセージが印象的に使われていました。
- 芝井
- 北村兼子さんはすごい人です。高等教育を受けることが女性にとって閉ざされていた時代に大学で学び、大阪朝日新聞でジャーナリストとして活動しました。シナリオハンティングで大九監督が北村兼子の資料展示に目を付けたというのはありがたいです。
ただ、前後のコンテキストを含めてどのような意図で監督が(そのシーンを)配置したのか、どう受け止めたら良いのかは自分の課題として残っています。映像の中にはいろんな秘密があって、その全てを受け止めることはできませんが、それに気付くことと、自分の頭でその意味を考えることを同時にすることが鑑賞する側の責務かなと思いながら見ています。
芝井 敬司 関西大学 理事長
- 大九
- 北村兼子さんが約100年前に言っていたジェンダーギャップの問題はいまだに何も変わっていないんですよね。シナリオハンティングで「いつまで我慢していればいいんだ、もう怒ってもいいだろう」という内容のメッセージを読む兼子さんの声を聞いた時、思わず動けなくなってしまいました。
国際映画祭という場所で映画を見てもらうようになってから10年ほど経ちますが、映画を作っている人間としてこういうものに出合ったら脈絡とかそういうことはさておき「これは絶対に私が残さなきゃダメ」と、作品に盛り込みました。怒りにも似た気持ちで描いたところがある。女性たちに向かって「君は鋭かれ!」と言った北村兼子さんの言葉、性別関係なく現代の若者に私からも言いたいです。
- 萩原
- 映画のとらえ方は必ずしも一緒ではなく、一人一人注目するポイントも、引っ掛かる部分も変わってくるはずです。先ほど監督がおっしゃった小西のぜいたくな悩みも、リアルに同じようなことを感じている人は共感するかもしれませんし、「なんじゃそれは」と感じる人がいてもおかしくはない。
映画には人の数だけ見方があると思いますが、まずは純粋に楽しんで見てもらえたらうれしいです。その上で、見終わった後に何かを考えるきっかけになれば、よりうれしいです。
©2025「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」製作委員会
出典:関西大学ニューズレター『Reed』80号(3月20日発行)
- 大九 明子 ─ おおく あきこ
- 映画監督、脚本家。横浜市生まれ。1997年に映画美学校第一期生となり、『恋するマドリ』(2007年)で商業映画監督デビュー。2017年『勝手にふるえてろ』で、第30回東京国際 映画祭コンペティション部門・観客賞、第27回日本映画プロフェッショナル大賞・作品賞を受賞。『私をくいとめて』(2020年)が、第33回東京国際映画祭・TOKYOプレミア2020にて史上初2度目の観客賞、第30回日本映画批評家大賞・監督賞を受賞。TVドラマでも、NHK『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(2023年)が、第121回ザテレビジョンドラマアカデミー賞・最優秀監督賞等を受賞。
- 萩原 利久 ─ はぎわら りく
- 俳優。1999年埼玉県生まれ。2008年にデビュー。ドラマ『美しい彼』(2021年)で注目を浴び、以降、映画・ドラマに多数出演。近年の主な出演作に、映画『劇場版美しい彼~eternal~』(2023年)、『ミステリと言う勿れ』(2023年)、『朽ちないサクラ』(2024年)、『キングダム大将軍の帰還』(2024年)、『世界征服やめた』(2025年)、ドラマ『月読くんの禁断お夜食』(2023年)、『真夏のシンデレラ』(2023年)、『たとえあなたを忘れても』(2023年)、『めぐる未来』(2024年)、『降り積もれ孤独な死よ』(2024年)、『リラの花咲くけものみち』(2025年)など。 2025年には映画『花緑青が明ける日に』の公開を控えている。
- 関連リンク
- 関西大学ニューズレター『Reed』80号(PDF版)
- 『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』オフィシャルサイト