KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

ウクライナの魂を伝えるコンサート ~人生とは、喜びに向かうべきである~

文化・スポーツ

/ウクライナ・チェルニーヒウフィルハーモニー管弦楽団 常任指揮者
 関西大学客員教授 髙谷光信さん



 2023年6月10日、関西大学交響楽団によるサマーコンサートが豊中市立文化芸術センターで開催された。今年は、客演として指揮を務める髙谷光信さんの講演も同時開催する特別プログラム。髙谷さんはウクライナで音楽を学び、現在もウクライナにあるオーケストラの常任指揮者であり、関西大学客員教授でもある。自国が戦場となってしまったウクライナの人々の悲しみや憤りを深く理解する日本人音楽家の一人として、今伝えたいメッセージとは何か。

軍服に着替えたウクライナの音楽家たち

 髙谷さんが常任指揮者を務めるのは、チェルニーヒウにあるチェルニーヒウフィルハーモニー交響楽団である。チェルニーヒウはベラルーシとの国境に近い、人口28万人ほどの町。髙谷さんが留学先の国立チャイコフスキー記念音楽院指揮科の卒業試験の際、同楽団で客演したのが縁となり、20年以上共に音楽を作ってきた。コロナ禍の影響で2020年2月以来、楽団を指揮できなかった。さらに2022年2月にはウクライナ戦争の勃発で渡航することさえ難しくなってしまった。髙谷さんの元には、地元の人たちや楽団員の苦境が伝えられてくる。

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髙谷さんが常任指揮者を務めるチェルニーヒウフィルハーモニー交響楽団

 「約40人の団員のうち男性は軍隊に入り、女性の多くは避難しました。首席指揮者のアンドレイ・シェブコービチは志願兵になって、東部の最前線で国を守っています」。音楽仲間である彼らが軍服を着た写真は、髙谷さんに大きなショックを与えた。一方で、2022年11月には、戦争勃発後初めてのコンサートを開催したという吉報が届く。「避難先から戻った団員を加えても十数人しかおらず、指揮者もいない。コンサートマスターが代わりに指揮を務めるような状況です。それでも、コンサートが終わると、楽団のSNSに町の人々から喜びの声が寄せられるんです。『素晴らしい活動をしているね』『あなたたちのおかげで勇気が出てきた、ありがとう』。そんなメッセージに、人々の心を癒す音楽の価値とその必要性を改めて感じました」

 髙谷さんは日本で何かできることはないか、音楽家として彼らの役に立つことはできないかと考え、メディアでウクライナの現状を伝える活動やチャリティコンサートの開催に力を入れるようになった。2022年2月には、仲間と一般社団法人日本ウクライナ音楽協会を設立。終戦後すぐにでも彼らが活動を始められるようにと、組織を充実させて支援活動に一層拍車をかけている。

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髙谷さんのスマートフォンに送られてきた軍服姿のアンドレイさんの写真

ドヴォルザークの交響曲を今、演奏する意味とは

 今回のコンサートと講演会は「スラヴ音楽」という共通点がある。関西大学交響楽団が今年のサマーコンサートの演目として、ドヴォルザーク「交響曲8番」を選定した。「交響曲8番」は、チェコで生まれたドヴォルザークによるスラヴ音楽だ。また2022年10月、同楽団との親交のあった髙谷さんが関西大学の人権啓発行事で講師として登壇し「ウクライナの音楽はただ奇麗に奏でるものではなく、魂を伝えることだということ。スラヴ音楽には自由を希求する心、人々の誇り、不屈の魂が込められている」と音楽と人間の尊厳について語った。

 髙谷さんと関西大学交響楽団とは出会いは15年以上前。「交響曲8番」は、2005年にも髙谷さんの指揮で演奏したことのある楽曲であった。しかしウクライナ戦争が進行中の今、ドヴォルザークというスラヴ人作曲家の音楽を日本の聴衆に向けて奏でることにはそれまでとは違った意味がある。スラヴ音楽に込められた民族の魂と、正しくこの瞬間にもウクライナの人々が抱いているだろう自由への希求。この二つの思いを髙谷先生の言葉で伝えることで、音楽をより深く味わっていただきたい。そんな願いを楽団員の学生と共有することができ、コンサートと講演の同時開催が決定した。

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自由に生きる「生」の素晴らしさを奏でる

 講演ではスラヴ音楽について、印象深いエピソードも披露した。チェルニーヒウフィルハーモニー交響楽団の指揮者としてキャリアを積み一定の自信も出てきたある日、楽団の音楽監督ニコライ・スーカッチ氏から叱責されたという。「ラフマニノフの『シンフォニックダンス』の練習をしていた時でした。『君は全然わかっていない。何を勉強してきたんだ』と言われたんです。そして楽団員に向かって『君たちもどうしたんだ。スラヴの音楽は、自由に生きることをもっと心から奏でるものじゃなかったのか。俺たちが生きていることを、遠くから来たミツ(髙谷さんのこと)に言付けるんだ』と鼓舞するんです。その後に演奏された『シンフォニックダンス』の素晴らしさは、今でも忘れられません。ウクライナでは、音楽とは奏でるだけでなく人としての生き様を投影するものなのだと学び続ける日々でした」

 だからこそ、国立チャイコフスキー記念音楽院指揮科の恩師、エフゲニー・ドゥーシェンコ氏の言葉が髙谷さんの心に深く染み入ったのだろう。講演の締めくくりには、客席に向かってこのように語りかけた。『人生とは、喜びに向かうべきである』とドゥーシェンコ先生はおっしゃいました。そこに私は、先生が積み重ねてこられた人生の重さや強さを感じずにはいられません。今、ウクライナの人々は、音楽を奏でる自由、学び舎で学ぶ自由、家族と共に過ごす自由、つまり人生を奪われています。しかし、彼らがあきらめることなく、自由を守るために必死で戦っていることを忘れないでいただきたい。そして、皆さんにとって当たり前にある自由、日常の一つ一つを大切にしてくださることを願っています。友人と語らう時間、おいしいものを食べる時間、夢に向かって生きること、すべてが皆さんの人生の中で喜びに向かう瞬間の連続であることを願います」

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恩師ドゥーシェンコ氏から指揮レッスンを受ける髙谷さん

 髙谷さんは、コンサートに先立って楽団員の学生たちに「私たちがスラヴ音楽をここで演奏することは、世界の平和や愛に対して真剣に向き合っていることを証明することではないか」と語りかけた。学生たちがその思いをしっかり理解していることは、練習のたびに伝わってきたという。

 講演に続いて演奏された楽曲の音色は、会場を埋めた人々の心にひときわ明るく、力強く響いたことだろう。

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【関西大学交響楽団 第46回サマーコンサート プログラム】
髙谷光信関西大学客員教授講演会
喜歌劇「軽騎兵」序曲/スッペ 指揮/梅津怜二(法学部・2年次生)
ガレリア組曲/シベリウス 指揮/世良彩乃(文学部・3年次生)
交響曲第8番ト長調/ドヴォルザーク 指揮/髙谷光信(客演)
髙谷 光信 ─ たかや みつのぶ
関西大学客員教授、東京混声合唱団指揮者、ウクライナ・チェルニーヒウフィルハーモニー交響楽団常任指揮者、一般社団法人日本ウクライナ音楽協会理事長。ウクライナ国立チャイコフスキー記念音楽院指揮科首席卒業。国家演奏家資格、ディプロマを最優秀の成績で取得。数々の合唱団、交響楽団の指揮をする。第16回京都芸術祭京都市長賞、チェルニーヒウ州文化功労賞などを受賞。