KANSAI UNIVERSITY

憧れの「留学」から夢を見つけることができました
北野真由さん(4年次生)へのインタビュー

中学校時代からの夢「留学」を実現。

私は中学生の頃から、他の勉強より英語の勉強が好きでした。その頃から漠然と留学したい気持ちがありましたが、部活動や金銭的な問題から、目標を先送りしていました。
今回、留学を決断できたのは、時間と資金を確保できたこともありますが、それよりも社会安全学部で出会った人たちに大きな影響を受けたからです。入学当初に留学に熱い思いを持った友人に出会ったのですが、その友人に触発される形で自分も留学の夢を叶えようと思いました。大学の留学制度では、短期から長期まで様々な種類がありますが、どうせ留学するなら今までの日本での経験を最大限に生かせる体験がしたいと思い、留学先の大学で1年間にわたって専門科目を学ぶ交換派遣留学制度を利用しました。

“挨拶”と“笑顔”だけは欠かさないように。

私はこの留学が初めての海外体験でもありました。英語を日常的に使ったこともほとんどなく、コミュニケーションにおいて苦労することは覚悟していました。だからこそ、留学時は“挨拶”と“笑顔”を絶やさないようにと、特に意識しました。そうすると先生に笑顔を褒められ、気が付くとまわりには、拙い英語でも親身に耳を傾けてくれる人であふれ、さらに親友と呼べるアメリカ人との出会いもありました。

言葉の違いに苦戦。人との助け合いの大切さを知りました。

日常会話の場面では、ホストファミリーの方が親身になってゆっくり話してくれますが、授業となるとそうはいきません。ネイティブの学生に混じって受講するため、まずは彼らのスピードに私が付いていくことが必要でした。授業前には出来る限り教科書を読んで予習、帰宅後は授業中に録音したボイスレコーダーで復習、その繰り返しでした。
自分なりに最善を尽くしましたが、それでもネイティブと比べて授業への理解度が劣っている現実に悔しい思いをしたことを鮮明に覚えています。授業や生活面で困難があり、何をしても不安な時期もありましたが、中国・韓国・カンボジア・イギリスなど他の国から来た留学生も同じ気持ちになっていることに気付いてからは、週に何度か食事をしながら近況を伝えあったりしました。この時間が、私にとってリフレッシュできる時間でした。その時出会った友人は、今でも連絡を取り合う大切な親友です。

留学体験から将来の夢が明確に。

派遣先の大学では多くの学生が寮住まいで、深夜まで図書館で勉強する学生も少なくありませんでした。日本での大学生活を振り返ったとき、私は彼らほど一生懸命勉学に励んでいなかったと反省するようになりました。そこで帰国後は、留学前よりもっと多くのことを授業から吸収したいと思うようになりました。具体的に、現在はゼミで行っている視覚と心理に関する実験に力を入れています。
話は変わりますが、留学中、日本から持ってきていた洋服を褒められることが多くありました。私は買い物が好きで、よく洋服を買いに行きます。日本で売られている洋服のデザイン性や生地の品質は米国と比べても非常に誇りを持てるものだと感じました。そこで将来は、日本製の生地や洋服、それ以外にも日本の技術を持って作られたものを海外にもっと流通させることに関わる仕事に就きたいと考えるようになりました。

1キャンパス1学部の魅力がたくさん詰まっています

社会安全学部は他学部と比べて、小規模なこともあり、学生同士はもちろん、先生との距離も近く、気軽に質問に行くことが出来ます。私は学園祭を運営する祭典実行委員の活動で千里山キャンパスに通い、たくさんの人と交流する経験もしましたが、個人的には、人と人との繋がりの深さは高槻ミューズキャンパスの方が圧倒的に深いと感じました。
入学当初の私は、安全や防災に大きな関心があるとは言えませんでしたが、3年が経過した今では、率先して研究を進めるとともに、日々仲間と楽しく過ごしています。私がここまで成長出来たのは、先生の熱意はもちろんのこと、切磋琢磨しあえる友人の存在や充実の研究環境のおかげだと感じています。これからもまわりの学生と刺激しあって、たくさんのことを吸収していきたいです。

受験エピソード

私は、一般入試で入学しました。受験対策では、赤本を過去10年分すべて解きました。社会安全学部を志望した一番の理由は、様々な分野を専門とする教授が集まっているとことに魅力を感じたからです。一つの専攻に偏るのではなく、色々な角度から意見を聞くことができる環境は、私の考え方の幅を広げることにもつながると思い、社会安全学部を志望しました。

  • ※この記事は2015年3月時点のものです。