KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

新しい「きのこ」で
新しい価値を創る。
目指す市場は、世界!

商学部 教授
西岡 健一

化学生命工学部 教授
老川 典夫

研究

きのこの写真

 関西大学と「JAながの」の共同開発によって、旨味と栄養素の含有量が従来品よりも大幅にアップした、特別なきのこが誕生した。ブランド名は「豊茸(HOUDAKE)」。プロジェクトの中心となったのは、大学発ベンチャー企業「株式会社Ku:P」の代表取締役を務める、商学部の西岡健一教授。そしてきのこの開発には、化学生命工学部の老川典夫教授が携わった。産学連携によって、社会課題を解決し、新しい市場の創造を目指す本プロジェクトについて、お二方に聞いた。

きのこ生産者の減少を食い止めるため、
高付加価値の新しいきのこをプロデュース

西岡
 プロジェクト「豊茸による新たな価値創造」は、私が代表を務める関西大学発のベンチャー企業Ku:P(キュープ)がプロデュースしています。長野県はきのこ生産量日本一なのですが、近年栽培農家の減少が大きな課題となっています。JAながのの職員さんからご相談をいただき、化学生命工学部の老川典夫教授との共同開発をご提案したのが2018年のこと。老川教授は、旨味成分や栄養成分であるアミノ酸研究を長年続け、アミノ酸を含む食品の開発実績もおありでしたので、本プロジェクトに関心を持っていただき、本格的に開発がスタートしました。

西岡さんのインタビュー写真

本プロジェクトの概要本プロジェクトの概要

西岡
 目指したのは、高付加価値のきのこです。まずはきのこの単価を上げることが生産者不足解消の第一歩だと考え、機能性で他との差別化を狙いました。

 世界的に見ても前例のない実験栽培を何度も繰り返し完成したぶなしめじは、旨味などに関わる「L-アミノ酸」が一般的に栽培されたぶなしめじの約2倍、臭みが少なく、しっかりとした歯応えが特徴です。販売価格は一般的なぶなしめじの3倍ほどになりますが、この品質であれば価格にも納得してご購入いただけると見込みました。

3倍の値がつくきのこは、どのように売れば受け入れられるのか

西岡さんのインタビュー写真

西岡
 開発に成功したものの、販売のフェーズでは、これが高品質のきのこだということがしっかりと消費者に伝わらなければ買っていただけません。そこで販売戦略立案においても関西大学の“考動力”を生かすため、私のゼミでブランディング、マーケティングに取り組みました。学生ならではのセンスを活かして、名前やパッケージの方向性を考案。ブランド名の「豊茸」はプロのコピーライターによるネーミングですが、その前提となるコンセプトを学生たちが練り上げ、最終的な名称決定も行いました。パッケージデザインに関しても同様です。

 前例がなく苦労したのは、どこで・誰に向けて販売するべきか、という点です。市場調査も兼ねて2022年10月から長野県内の直売所と大阪市内でテスト販売を始め、消費者の反応を伺ってきました。時には学生自身も売り場に立って直接お客さんとコミュニケーションを取り、「豊茸」の売り方を検討。一般的なきのこの3倍の価格であっても、品質や開発ストーリーを知っていただければ、特に抵抗感なく購入されるということが分かってきました。大阪市内の一部でも販売を始めていますが、リピート購入される方が多いと聞きます。「きのこが苦手な子どもでも豊茸は食べてくれる」というお声もいただきました。

長野県内の直売所での様子長野県内の直売所での様子

西岡
 百貨店での販売や、有名な料理研究家さんの協力を得るなど、豊茸の魅力を発信していくとともに、市場としては海外も視野に入れており、国際特許の取得に向けた準備を進めています。大きな目標ではありますが、大学・研究機関と企業をつなぎ社会課題を解決するというミッションを持つKu:Pだからこそ、目指すべきだと考えています。

アミノ酸含有量が 一般的に栽培されたぶなしめじの約2倍

老川
 私はアミノ酸を長年研究しておりますが、中でも「D-アミノ酸」に着目し、味噌や黒酢などの食品開発にも携わってきました。「D-アミノ酸」とはあまり聞き慣れない単語ですよね。一般的に「アミノ酸」として認知されているのは、厳密にいうと「L-アミノ酸」というものになります。これまで研究分野においても「L-アミノ酸」が重視され、「D-アミノ酸」の機能は限定的だと考えられてきました。ですが近年、分析技術の発達に伴って「D-アミノ酸」のさまざまな役割が判明してきたのです。例えば、記憶や学習などの脳の高次機能制御や、美肌効果、食品の味わいなどに「D-アミノ酸」が関わっていることが分かっています。

老川さんのインタビュー写真

L-アミノ酸と鏡写しになるような「D-アミノ酸」L-アミノ酸と鏡写しになるような「D-アミノ酸」

老川
 今回のプロジェクトでは、きのこの栽培時に「D-アミノ酸」を培地に添加するという、世界でも初となる研究手法を試みました。この栽培方法できのこの機能性は変化するのか、そもそも培地にどれくらいの濃度で「D-アミノ酸」を培地に添加するべきなのか、全く何も分からないところからのスタート。きのこは収穫まで数ヶ月かかるため、結果を解析するのにもかなり時間を要します。さらに、開発したきのこは商品として市場で流通することも考慮しなければなりませんので、単にサイエンスとして成立するだけでなく、栽培のしやすさや販売規格への適応なども課題でした。

 何度も試験栽培と分析を繰り返し、約5年の歳月をかけてようやく完成した「豊茸」のぶなしめじ。「D-アミノ酸」を培地に添加して栽培方法を最適化して育てたぶなしめじには、一般的に栽培されたものよりも旨みなどに関わる「L-アミノ酸」が約2倍多く含まれており、「D-アミノ酸」を世界で初めて農産物の生産に応用できることを発見しただけでなく、ぶなしめじが「D-アミノ酸」を旨みなどに関わる「L-アミノ酸」へ転換し、その含有量が増加するという研究としても大変興味深いものとなりました。

 ぶなしめじに続いて、えのきたけの開発にも成功しました。今回のプロジェクトは、生物の機能を工学的に応用して課題解決を目指す応用研究にあたります。美味しく栄養価の高いきのこを開発することによって、きのこ生産者不足の解消や、みなさんの食卓を豊かにして健康につなげることができればこれほど嬉しいことはありません。

豊茸 Houdake

インタビュー写真

関西大学の研究力と総合力で、社会課題の解決を目指す

 関西大学商学部の西岡教授によるプロデュースと、化学生命工学部の老川教授による開発によって誕生した「豊茸(HOUDAKE)」。ビジネスとバイオテクノロジー、それぞれの専門分野を活かし実験を繰り返しながら、新しい価値の創造を目指した。

 JA職員ときのこ農家と研究者と学生、さまざまな立場の人々をつなぎ、本プロジェクトをダイナミックに推進してきた西岡教授は、最後に次のように話す。

老川さんのインタビュー写真 西岡さんのインタビュー写真

西岡
 社会課題って、世の中にたくさんあって解決するのが難しいことだと思われていますよね。精神論かもしれませんが、私はいつも「課題は解決されるためにある」ととらえています。解決すれば新しい世界が広がるんだとポジティブに考えていれば、共感や協力してくれる人が集まり、力を貸してくれます。プロジェクトの計画やマネジメントも重要ですが、自分が常に前向きでいることを特に意識していますね。

 また経営学的な観点から見ると、これから企業は「ビジネスで社会課題を解決する」という視点に立たなければ成り立たないと思います。モノをたくさん売ることで利益を出していた企業は、ただ売って利益を稼ぐだけのビジネスモデルから脱却し、トランスフォーメーション(企業変革)すべきタイミングだと言えるでしょう。

 西岡教授の試算によると、およそ20万世帯が月に2回「豊茸」を消費することが、当面の市場づくりにおける成功の目安だとのこと。現在(2024年2月)、「豊茸」の販売は長野県と大阪府内に限られているが、今後は周辺地域や都市部、さらには世界を目指して販路を広げていく予定だ。きのこの国内自給率を高め、食卓を豊かに彩る「豊茸」の、今後の展開に期待したい。

西岡 健一
西岡 健一 / 教授(商学部)
エジンバラ大学博士課程修了。PhD。日本電信電話株式会社ネットワークサービスシステム研究所、西日本電信電話株式会社を経て、2009年より関西大学商学部に着任。
主要著書は「サービス・イノベーション 価値創造と新技術導入」(有斐閣)、「製造業のサービス化戦略」(中央経済社)など。
老川 典夫
老川 典夫 / 教授(化学生命工学部)
京都大学博士(農学)。1991年に本学助手として着任、2008年より現職。2001年ドイツに留学。酵素工学研究室を主宰し、「微生物のアミノ酸代謝関連酵素の研究」に従事。近年数々の企業とのコラボ商品を開発。