KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

英語にも「ござる言葉」がある?~ネイティブの言葉「真」の意味とは~

研究

/文学部 野々宮鮎美 准教授



 日本語ネイティブは、どこかの方言を聞けば、自分の話す言葉とは違うとわかるし、「~でござる」というような表現が昔の時代の言葉だと知っている。しかしネイティブではない英語については、標準的な表現との違いがなかなかわからない。
 ネイティブが多様な表現の違いを理解したり使い分けたりする感覚を、ノンネイティブがどこまで共有できるのかについて研究する、関西大学文学部の野々宮鮎美准教授に聞いた。

現代英語に生き残る「ござる言葉」

 「高校時代まで、英語には敬語がない。教科書に載っているような誰に対しても同じ話し方をする英語しか存在しないと信じていた」と話す野々宮准教授。大学の授業で古い英語や英語の敬語などに出会い、英語表現の多様性に魅力を感じたという。 英語史では、現代英語よりも古い英語を、古英語、中英語、近代英語の三つに大きく区分するという。英語の起源はイギリス。最も古い時代の古英語は、アングロ・サクソン人がブリテン島に渡った5世紀頃からの言葉で、現代ではネイティブでも読めない。
 その後、11世紀頃にノルマン人による征服があり、イギリスにも一時的にフランス語を使う時代があったが、この頃以降の英語が中英語と呼ばれている。さらに16世紀頃に活版印刷が誕生し、庶民が文字を学ぶようになってから19世紀頃までの英語が近代英語。そして、英語史学による分類ができた20世紀以降が現代英語である。

 野々宮准教授の専門は近代英語である。近代英語の特徴的な表現の一つとして、二人称を表す『thou(ザウ)』という言葉があるという。古い表現なので、日本語へは『汝(なんじ)』と訳すことが多いそうだ。また、三人称単数現在の動詞に付くものが『 s 』ではなく『 th 』だった、といったものがよく知られているという。

20230920_hl_nonomiya_05.png

 「その他、近代英語の文章で目に付くのは、『 'tis 』かもしれません。これは『 it is 』のことで、最初の『 i 』を省略しその印としてアポストロフィがついています。現代では『 it's 』ですから、省略する『 i 』が違うのが面白いところです。『 'tis 』を使うと、日本語で言うと『~でござる』みたいなニュアンスになってしまうのです」

20230920_hl_nonomiya_06.png

 野々宮准教授は、こうした近代英語の表現、いわば「ござる言葉」が、現代の歴史小説や時代劇の中に生き残っているところに着目している。私は今、シェイクスピア風に書かれた現代小説に着目し、どのような特徴があるとシェイクスピア風だと感じるのかを探っています。シェイクスピアは近代英語を使っていた時代の最も有名な作家。どんな表現がシェイクスピア時代らしいのか、その出てくる頻度や、表現が使われる文脈や相手の反応など使われ方の分析も行っている。

20230920_hl_nonomiya_01.png
研究対象にするのは、有名な映画や小説などを「シェイクスピア風」に仕上げられた作品

言葉の変化は社会の移り変わりを反映する

 また、野々宮准教授は『 thou 』が表舞台から消えていった経緯についても教えてくれた。「どうして『 thou 』がなくなっていったのかについてはいろいろな説がありますが、恐らく社会の変化と大きくつながっているのだと思います。二人称複数に限定されていた『 you 』が、単数も含めた意味に変わっていったのです」

20230920_hl_nonomiya_07.png

 「近代にかけて身分の縛りが徐々に弱まり、流動的になっていきました。平民だった人がお金を得て貴族になるといったことも起こり、それにつれて、身分によって着る服を定めた服装規定もなくなっていきました。すると、目の前にいる人が自分より身分が上なのか下なのか、わからなくなります。どちらか悩む場合には『 you 』を使っておけば無難です。そのようにして『 thou 』を使える相手が減っていき、日常的に使用しなくなったのだと推測できます」
 このように、表現の歴史的変遷が相手に対する敬意のあり方とも深く関わることから、野々宮准教授の興味は敬語にも広がっているという。

「お盆を取ってくれませんよね」の真意

 イギリス留学中の体験談として、野々宮准教授がこんな話をしてくれた。「イギリス人が話す英語には、イギリス特有の表現がいろいろあります。例えば、何かを『一緒にやろう』と誘って『 if you want to 』と返事をされたら、賛成するからやってくれるんだと思いますよね。でも、イギリス人にとってこの表現は、『本当はやりたくないけど、どうしてもあなたがやりたいなら』を意味することがあります。それがわかるまでの私は、空気が読めない人だったと思います(笑)」

 その他にも、意外な表現として『 You couldn't pass the tray, could you?』というフレーズを教えてくれた。普通に訳すと『お盆を取ってくれませんよね』だが、これは『お盆を取っていただけませんか』という丁寧な表現なのだという。
 イギリスには直接的は表現をしない、奥ゆかしい文化があるといわれているため、ノンネイティブはその感覚をつかむまで苦労しそうだ。もちろん日本語も、言外の意味を察することを大事にする文化なので、そこは共通するかも知れない。

20230920_hl_nonomiya_04.png
方言を集めたマグカップとシェイクスピアの服装をしたテディベア。ともにイギリスではポピュラーなお土産とか

 野々宮准教授が研究するのは、歴史や文化ともつながる多様で広大な英語の世界である。古い英語や敬語は多様な表現の一部にすぎないため、もっとそのバリエーションを明らかにしていきたいという。 「ネイティブがわかることを、どうあればノンネイティブにわかるようになるのかに興味がある」と語る野々宮准教授。先生が見つけ出す方法論は、言葉のコミュニケーションに存在するいろいろな壁を越える未来につながるかもしれない。


■関大先生チャンネル ─ 気づきを与える、知の動画アーカイブ
20230920_hl_nonomiya_08.png
語用論と社会言語学(野々宮鮎美 准教授)
野々宮 鮎美 ─ ののみや あゆみ
英国シェフィールド大学博士課程修了(Ph.D.)。熊本県立大学文学部講師、甲南女子大学国際学部講師を経て、2022年4月関西大学文学部准教授に着任。専門は英語史(歴史語用論、歴史社会言語学)。単著にEnregisterment of thou in eighteenth-century plays(開拓社、2021年)、共著にVariational Studies on Pronominal Forms in the History of English(Kaitakusha, 2022)がある。