KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

メディカルポリマーによる心・血管修復パッチ新製品「シンフォリウム®」の開発者とともに語る、医工薬連携の未来

研究

/大阪医科薬科大学 根本 慎太郎 教授(医学部)× 関大メディカルポリマー研究センター長 大矢 裕一 教授(化学生命工学部)



 先天性心疾患を持つ子どもの手術治療での課題を解決する、メディカルポリマー※から作られた医療機器「シンフォリウム®」。6月12日に発売されたこの医療機器は、大阪医科薬科大学、福井経編(たてあみ)興業株式会社、帝人株式会社との共同開発により約12年かけて完成させたもので、小説『下町ロケット2 ガウディ計画』のモチーフとなったことでも知られている。今回は開発者である小児心臓血管外科医、根本慎太郎教授をお招きし、関大メディカルポリマー研究センター長である大矢裕一教授と、開発の背景や医工薬連携のこれからについて語り合ってもらった。
※メディカルポリマーは医療用に用いられる高分子材料のこと。特に関西大学で開発されたものを関大メディカルポリマー(KUMP)と呼んでいる。


心・血管修復パッチに2種類のポリマーを使用

大矢
 根本先生が開発された心・血管修復パッチ「シンフォリウム®」がついに製品化されました。おめでとうございます。
根本
 ありがとうございます。
大矢
 2014年、「シンフォリウム®」の開発コンソーシアムをつくられた際、生分解性ポリマーに詳しい材料化学者ということで、私にも声をかけていただき、アドバイザーとして参加させていただきました。関わった人間として、「シンフォリウム®」の製品化を大変うれしく思っています。改めて根本先生から、この製品についてご説明いただけますか。
根本
 「シンフォリウム®」は先天性心疾患の治療に用いる手術材料です。生まれつき心臓に開いた穴を防ぐため、あるいは狭い血管を拡大する際に医療材料をパッチ状に縫着しますが、我々が使えるのは、これまでは、アメリカからの輸入品で家畜を材料にしたものや延伸ポリテトラフルオロエチレン(ePTFE)という昔から使われている化学合成品しかありませんでした。どちらも時間が経つと石灰化を起こして固くなってしまいますし、子どもに使う場合、心臓は成長に伴って大きくなるのに、パッチはサイズアップしないため、いずれ再手術して交換しなくてはならない場合が多々あります。単にモノを交換するだけのために、子どもたちは命を賭けて再び手術を受けなければならないのです。これを何とかするには材料を工夫するしかない。時間が経つと溶けて吸収され、体の一部になる材料を使って何とかならないか...と、私を含め世界中の多くの外科医が長年悩んでいました。 ただ、溶けて消えている間に予測のつかない合併症が起きるといけません。自分の組織再生が完成するまで物理的な支えとなるように消えない部分も必要です。そこで、吸収性ポリマーの糸と非吸収性ポリマーの糸を編んだニット構造にして、さらにニットの隙間をゼラチンで埋めて血液が漏れないようにしようと考えました。まずゼラチン膜が、続いて吸収性ポリマー糸が徐々に分解されて2~3年で消えます。非吸収性ポリマー糸は、特殊な編み方をして臓器の成長とともに伸びるよう設計しています。我々にはポリマーなどの材料の知識がないので、大矢先生に相談したり勉強したりしながら進めました。
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大矢
 材料化学者からすると、「シンフォリウム®」のすごいところは、分解が機能そのものになっていることです。これまでにも、骨折時の固定材や縫合糸など、物理的な役割を果たして最終的にはなくなる、あるいは分解しながら薬を少しずつ出していく医療材料は数多くありました。ですが、根本先生が開発されたものは、分解すると伸びる。編んだ糸の一部がほどけて伸びていく。単に消えてなくなるのでもなく、薬を徐放するのでもない、新しい機能と結びつけたことが単純ながらも画期的なアイデアだと思いました。逆にシンプルだから製品として最終化しやすかったともいえますね。
根本
 スムーズに製品にするために、とにかくシンプルにしようと考えたのです。でも、作ってくれる会社を探すのは苦労しました。断られ続けて、ようやく福井経編が興味を持ってくれ、その紹介で帝人とつながり...。その後、経済産業省とAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の医工連携事業化推進事業に採択され補助金を得てからは、スモールサクセスを繰り返しながら開発が進みました。
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メディカルポリマーを利用した心・血管修復パッチ「シンフォリウム®」(提供:大阪医科薬科大学)

既存の素材の組み合わせで審査がスムーズに

大矢
 今回、PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の先駆け審査指定制度※を利用されていますね。
※先駆け審査指定制度:2019年の法改正により先駆的医薬品等指定制度から先駆け審査指定制度に変わる。革新的な医薬品などについて、優先的な相談・審査、事前評価などを行うことによって迅速な実用化を図る。申請から承認までの期間は6ヵ月が目標とされている。
根本
 はい。通常、医薬品と医療機器は申請から承認までには時間がかかりますが、この制度のおかげで申請から承認まで半年で済み、2023年7月に製造販売承認取得、今年6月に販売開始となりました。
大矢
 「シンフォリウム®」の材料は、ポリマーもゼラチンも既存のものなので、申請もやりやすかったのではないでしょうか。
根本
 そうですね、すでに生物学的安全性のデータがありますから。まったく新しい材料の場合、いろいろな検査が必要になり、費用も時間もかかります。
大矢
 我々材料化学者としては、今までにない新しいものを作りたいという思いがある一方で、根本先生もおっしゃったように、新しいものは安全性検査をイチからしなければいけないというジレンマがあります。また、学者が「こういうものが役立つのでは」と考えたアイデアと、医師が求めているものとの乖離もあると思います。臨床現場にいる医師にたくさん話を聞かせていただいて、実用的なものを作らないといけません。それを、できれば自分たちが作った新しい材料でやりたい。今ある医療用材料はすでにある材料の組み合わせでしかなく、医療用に特化したポリマーはほとんどありません。我々の夢として、医療用にデザインされたポリマーで人に使えるようなものを作りたいと思っています。
根本
 どうしても化学のプロフェッショナルの人はスーパーカーを作ろうとするんですね、現場ではそこまで要求していないのに(笑)。ただ、技術を下げる必要はありませんが、ベクトルがズレると製品として世の中には出ません。医と工の"真の"連携は実は難しく、同じ問題意識や価値観をもって取り組まないと、すぐにベクトルがずれてしまいます。そうならないために、信頼関係やコミュニケーションが必須なのですが、医学部と工学部のある総合大学でも意外とこれができていない。むしろ大学は別ですが我々はうまくやっていると思います。
大矢
 実現はしませんでしたが、2003年ごろから関大と当時の大阪医科大学、大阪薬科大学とで合同学部をつくろうという構想もありましたね。今では、関大メディカルポリマー研究センターだけでなく、医工薬連環科学教育研究機構や大学院特別講義を設置して教育・研究・社会貢献のすべてで協働できるよう体制を整えています。
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「シンフォリウム®」を開発した大阪医科薬科大学の根本慎太郎教授(右)

分野を超えた開発には学生のうちからの交流が大切

大矢
 教育面では、関大の大学院の特殊講義「関大メディカルポリマー」で、院生たちは関大で私たちの講義を受けた後、大阪医科薬科大学へ行って講義を受けるとともに、大学病院で医療の現場を見せていただいています。また、関大でも大阪医科薬科大学の3年生を受け入れて、一緒に実験をしたりしています。工学部の化学や機械工学でしていることを頭に置いてもらえば、将来医師になって「こういうものを作ってほしい」と考えたときに、具体的なイメージが湧きやすいのではないかと思います。
根本
 いろいろな選択肢を想起できたり、協力してくれたりするネットワークがあるのは強いと思います。「そういえば、こんなこと言ってた」と思い出すだけでも全然違うでしょう。
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関西大学理工学研究科の特殊講義「関大メディカルポリマー」。大阪府高槻市の大阪医科薬科大学で、学生たちに医療機器の実用化について体験談を話す根本教授
大矢
 このような環境があるのは、学生にとっても教員にとってもよいことだと思います。現役の医学部生から若い世代の研究者や医師の方々に積極的に参加していただいて、将来の開発などにつなげてもらいたいです。
根本
 学生の段階から交流があるのは大切だと思います。「シンフォリウム®」をビギナーズラックとして我々の世代だけで終わらせたくないですし、今回学んだものを次世代、そして次々世代の皆で共有することによって新しい開発案件が生まれていくでしょう。そのために研究成果を発表しあったり、食事したり、事務方も巻き込んで、いつでも簡単に会える関係を作ってきました。
大矢
 オンラインでの交流もよいのですが、他分野の研究者や医師、学生が一緒にくつろいだり雑談したり、臨床医と工学者が行き来するような場所を大学間で作れればと思います。そうなれば、我々の次の、あるいはその次の世代が新しいブレークスルーを生み出す研究ができるのではないでしょうか。
根本
 大学院がそういう場を作りやすいかもしれませんね。病院を有する我々の大学からも近いこの高槻ミューズキャンパスを上手に活用すればよいのではと常々思っていました。
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関西大学高槻ミューズキャンパスから徒歩15分足らずの距離にある大阪医科薬科大学を見つめる二人

今回の開発が日本を元気づける突破口になれば

大矢
 今後、根本先生が材料化学に期待することは何でしょうか。
根本
 今、「シンフォリウム®」を軸として次の開発を進めています。今度は弁に使えるものにしたいので、もう少し柔軟性の高いポリマーが作れないかと考えています。また、バイオミメティクス、生態模倣技術にも興味があります。生態模倣できるようなポリマーができれば応用範囲が広がるのではないでしょうか。
大矢
 バイオミメティクスとは、例えば、指で壁にくっつくヤモリなど、生き物の微細構造などをもとに新しい技術を開発するものです。確かにメディカル分野への応用はまだ少ないので可能性があると思います。
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体の中で分解するポリマー材料などを研究する大矢裕一教授(左)
根本
 今の日本の医薬品・機器メーカーからは新しいものが生まれにくいのではと感じています。実際にこの数十年、日本の大手企業が軒並み研究開発にお金を出さなくなってきています。日本では無理だ、と。何か新しいものを世の中に出すことで、そういった萎縮マインドを刺激しないといけない。
大矢
 その点では日本の企業が「シンフォリウム®」を開発したというのは大きいですね。
根本
 そうですね。今、帝人と共にアメリカのFDA(食品医薬品局)との製造販売承認取得への交渉に入りました。また「シンフォリウム®」の用途拡大に向けてデンマークやオランダの心臓外科医との国際共同研究もはじめました。日本から世界へ製品を出すことで、極端な話ですが、日本の国力にもポジティブに影響するかもしれません。「医療機器なんて何やっても日本ってダメなんじゃないか」という風潮はどう考えてもよくないので、何とか「シンフォリウム®」が突破口になってくれればと思います。
大矢
 我々の医工薬の連携も構想段階からは20年以上、実際に活動しはじめてからも十数年が経ちました。インキュベーションの時間としては十分なものがあると思います。医学とモノづくりの力で「シンフォリウム®」が誕生したように、我々の連携からも新しいアイデアや製品をいずれ世の中に出せるよう期待したいと思います。
根本 慎太郎 ─ ねもと しんたろう
新潟大学医学部医学科卒業。医学博士、外科専門医、心臓血管外科専門医。専門は先天性心疾患。東京女子医科大学付属日本心臓血圧研究所や米国ベイラー医科大学、豪国メルボルン王立小児病院などを経て、2006年から大阪医科大学(現:大阪医科薬科大学)へ。自ら手術執刀に携わるだけでなく、医工連携や産学官連携による研究開発活動も行う。

大矢 裕一 ─ おおや ゆういち
京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻博士前期課程修了、博士(工学)。1989年から関西大学工学部へ。研究テーマは新しい生分解性材料の合成とバイオマテリアルとしての応用など。私立大学研究ブランディング事業「『人に届く』関大メディカルポリマーによる未来医療の創出」(2016年~)研究代表者。