KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

生きる力の素「たんぱく質」で 食の領域を広げる

関大人

~画期的な商品で日々の食卓に「食べる喜び」を~

日本ハム株式会社 代表取締役社長/株式会社北海道日本ハムファイターズ 取締役オーナー 井川 伸久さん


  食卓でお馴染みのハムやソーセージ、食肉、加工食品、乳製品や水産物などさまざまな「食」で、日本人のたんぱく質摂取量の約6%を供給するニッポンハムグループ。さらに、プロ野球球団や球場の運営を通して、食とスポーツを融合したエンターテインメントを提供し、地域社会の発展にも力を入れている。そのニッポンハムグループをけん引する井川伸久日本ハム株式会社代表取締役社長を芝井敬司理事長 が訪ね、学生時代から現在に至るまでの足跡をたどりながら、食を中心に展開するさまざまな事業や関西大学への期待などをお聞きした。

「商売がしたい」と伸び盛りの食肉加工業界へ

芝井
 関西大学法学部在学中はどのような学生生活を過ごされましたか。
井川
 私は政治学科に在籍し、上林良一先生のゼミに所属していました。当時のゼミの仲間は今でも付き合いがあります。学業以外では、当時のはやりだった、夏はテニス、冬はスキーを楽しむサークルを立ち上げて、関西大学以外の学生にも加わってもらって、一緒にツアーなどを企画していました。


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学業やサークル活動に対して熱心に取り組んでいた学生時代の井川さん(写真・右)

芝井
 日本ハム株式会社に入社されたきっかけは何でしょうか。
井川
 就職活動を始めた当初は商社志望でした。しかし、就職活動を進めていくうちに、商品を製造し、販売することに関心が出てきました。それができる伸び盛りの業種は何か......あれこれ調べるうちに食肉加工業界を知り、日本ハム株式会社に入社を決めました。
芝井
 入社後はどんなお仕事を担当されたのですか。
井川
 当時の日本ハム株式会社は、私が入社する直前の1985年2月に新発売された「シャウエッセン」などの加工食品の製造、販売を担う加工事業本部と、皆さまの食卓に並ぶお肉を供給する食肉事業本部があり、私自身は、食肉事業本部の中でも、当時はあまり付加価値の高くなかった内臓などを加工して、商品化する部署に所属していました。そうするうちに、当時は市場ニーズが低く、安価だった鶏の手羽肉を主原料にした「チキチキボーン」の開発に携わり、ブランディングの方法や宣伝を工夫して、戦略的に認知度を上げていくことに取り組みました。また、加工事業本部長時代には、弊社の看板商品である「シャウエッセン」の改革を進めてきました。シャウエッセンは単一ブランドとしてロングセラーとなり、拡大し続けてきましたが、それまでの慣例を破りカットしたシャウエッセンを具材に用いたピザを開発したり、チーズ入りやホットチリ味などのバリエーションを増やしたりするなど、これまでタブー視されていた領域にチャレンジしてきました。
 その他には、レストランチェーンや回転寿司チェーンなどを顧客に持つ外食事業の担当役員として、新たな顧客開拓や、商品開発に携わってきました。外食事業はメニューが採用されない場合は、売上がゼロになります。その代わり、大型商品が導入された時には非常に大きな実績を会社にもたらすことができるダイナミックな仕事であり、こちらの事業においてもやりがいのある日々を過ごしてきました。


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井川さんが開発に携わった「チキチキボーン」は発売以来人気のロングセラー商品

画期的な商品で人々に「食べる喜び (the joy of eating)」を

芝井
 1980年ごろまで、日本のスーパーマーケットで市販されていたソーセージは、ドイツのものとは全く異なるものでした。そんな中で、ドイツの味が忠実に再現されたシャウエッセンを初めて食べた時は本当に感動しました。
井川
 シャウエッセンは、当時としては珍しく、天然の羊腸に豚肉と香辛料を詰め、加熱した時に、「パリッ!!」とした食感が感じられる、本場ドイツにも負けない品質を実現した商品となりました。今でも弊社を代表する看板商品です。
芝井
 御社は、日々、消費者が望んでいるもの、あるいは望んでいる以上の価値あるものを提供されてきたのですね。
井川
 わが社は、「食べる喜び」を基本のテーマとし、時代を画する文化を創造し、社会に貢献する。これは、ニッポンハムグループの二つある企業理念の一つです。
 「食べる喜び」とは何か。創業者の大社義規(おおこそよしのり)が日本ハム株式会社の前身「徳島食肉加工場」を創業した戦中から戦後間もない頃は食糧事情が悪く、人々は食べること自体が喜びでした。日本の高度経済成長とともに、人々の生活は豊かになり、おいしいものを食べることが喜びになり、現在は仲間や家族と一緒に食べる、外でバーベキューして食べるというように、食べることは単に生命を維持する活動ではなく、コミュニケーションツールの一つになりました。弊社の発展は、今までにない画期的な新商品を社会に送り出すことで、「食べる」という日々の営みの中にある喜びを提供してきたことによるものだと理解しています。


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芝井
 食品はモノではありますが、それらが実際に食べられる場面を想像しながら、単なるモノの消費だけではないコトの消費や食の文化につながります。そうした見方を大事にして、新たな商品を開発され、現在の規模にまで成長を遂げられてきたのですね。今後はどのような分野に力を入れていきたいとお考えですか。
井川
 これからも消費者の皆さまに長くご愛顧いただける、弊社を代表していけるような製品を開発していきたいですね。
 一方で、食肉を扱う企業として、食肉の流通を進化させていくことは使命の一つだと感じています。現在、弊社は日本中の外食店やスーパーマーケットなどに、鶏肉・豚肉・牛肉を業務用の塊の状態で納品しています。例えば、スーパーマーケットであれば、店頭販売用に店内でスライスし、小分けにするのですが、この工程をあらかじめ産地で終えることができれば、スーパーマーケット側にとっては、手間や人件費がかからず、衛生面のリスクも軽減されます。このように、お客様の課題を解決していく製品を開発することができれば、ブランド化するのが難しかった食肉においても付加価値のあるブランド商品として広がっていくことが期待できます。
芝井
 植物由来の肉(プラントベースミート)や培養肉(細胞性食品)などにも着目されていますね。
井川
 弊社は、現在、日本国内の食肉市場全体の約20%、ハム・ソーセージの約18%のシェア占めています。また、弊社の計算では、日本人のたんぱく質摂取量の約6%を弊社が供給しています。この数年、栄養素としてのたんぱく質への注目が高まっていますね。弊社としては、今後もたんぱく質を供給し続けていくことが重要な社会的責任だと考えています。
 今、世界で食肉の需要が上がり続けており、2025~2030年頃に食肉の需要と供給のバランスが崩れる「たんぱく質危機(proteincrisis)」が起こるとされています。それに対して、「たんぱく質の安定調達・供給」を果たすことは弊社の解決すべき社会課題だと認識しています。消費者の皆さまに食肉を含めた様々な良質なたんぱく質をお届けすることが重要な取り組みとなっておりますので、培養肉や植物由来の肉の研究を続け、たんぱく質不足への対応をしていかなければなりません。


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「たんぱく質を、もっと自由に。」

芝井
 関西大学では2018年度に「KANDAI for SDGs推進プロジェクト」を発足させ、積極的にSDGsの取り組みを推進してきました。御社でも「Vision2030」を策定され、解決すべき社会課題を整理されていますね。
井川
 「Vision2030」では「たんぱく質を、もっと自由に。」を謳い、それぞれの社会課題ごとに達成するSDGs分野を明示しています。弊社らしいところで言えば、アニマルウェルフェアや家畜由来の温室効果ガス削減などはやはり注力すべき領域だと考えています。また、先ほど話題になったシャウエッセンは包材を工夫し、プラスチック使用量を削減しました。たんぱく質を安定的に供給できるよう、その基本となる持続可能な地球環境づくりに取り組んでいます。


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芝井
 本学でも教員、職員、学生が熱心に取り組んでくれて、SDGs推進のためにいろいろな試みをしています。
 本学は明治大学と法政大学の三大学間で連携協定を結び、交流を深めていて、SDGsについても、毎年、本学と法政大学が共催で「SDGs Weeks」と名づけた行事を実施しています。当初は大学ごとの学生チームで活動していましたが、最近は両大学混成のチームで活動をするところも出てきました。東京と大阪ではものの捉え方や感じ方も異なっていて、学生たちはそういうことも楽しみながら活動していて、興味深い状況が生まれています。
 また、SDGsの取り組みに関連して、大阪・関西地区の最大の関心事の一つが2025年大阪・関西万博ではないでしょうか。本学では「関大万博部」という学生の自主活動団体があります。当初は10人ほどの学生から始まり、今は50人ほどまでになったと聞いています。学生たちには万博を見るだけではなく、実際に関わることで、気付きや学びの機会になればと願っています。
 また、万博は本学の取り組みを知っていただく絶好の機会でもありますので、私たちも各方面にアプローチして、大阪府と大阪市による「大阪ヘルスケアパビリオン『展示・出展ゾーン』」のリボーンチャレンジに参画し、中小企業やスタートアップ企業と協働して本学も出展することになりました。
 1970年の大阪万博当時、私は中学3年生でしたが、世界各国のパビリオンや参加企業の展示に胸を躍らせた記憶があります。井川社長は何か印象に残っていることがありますか。
井川
 私も会場を訪れるたびにワクワクした記憶があります。弊社の記録によると、1970年の大阪万博で弊社がアメリカンドッグを提供したとのことです。今はコンビニエンスストアやお祭りの出店でお馴染みのアメリカンドックですが、当時は弊社の提供したもので初めて口にしたという方が多かったようです。新しい食に出合うのも万博の楽しみの一つですね。


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食やスポーツを通じた地域・社会との共創共栄

芝井
 話は変わりますが、2023年3月、北海道日本ハムファイターズの新球場「ES CON FIELD HOKKAIDO」を核とした「北海道ボールパークFビレッジ」のオープンが大変話題になりましたね。非常にアイデアに溢れた挑戦だと感じました。
井川
 私がオーナーを務めていますが、親会社があまり関与しないのが、北海道日本ハムファイターズの特徴で、弊社からは社長、役員2人と若い社員が2人ほど出向しているだけです。球団には、野球をビジネスとして考えていきたいという人や新しいことに挑戦したい人が、球界だけではなく、商社、銀行、省庁などから集まってきました。なので、みんなめちゃくちゃ積極的で、まさしくベンチャーの様相です。弊社としては、莫大な資金を投資したこともあり、コロナ禍の中、不安だらけでしたが、幸いなことに、オープン日の2023年3月30日はコロナ禍が落ち着き、良い結果になったと感じています。
芝井
 プロ野球球団の経営に携わるきっかけは何でしょうか。
井川
 戦前・戦中から戦後にかけて、日本人は栄養が不足しがちで、背も低く痩せていました。ところが、敗戦後、日本に来た進駐軍は背も高く、筋骨隆々。その差は何か。創業者の大社義規は、その差はたんぱく質不足にあると考え、戦災で焼失した弊社の前身「徳島食肉加工場」も戦後まもなく事業を再開しました。たくましい体作りには、栄養価の高い食事と適度な運動が必要だということで、大社はスポーツの重要性も理解していました。野球ファンだった大社は、たまたま同郷の香川県出身で野球選手・監督として活躍された三原脩(みはらおさむ)さんとのご縁から、球団経営に携わることになりました。2024年は日本ハムファイターズとなって50周年の佳節です。「ES CON FIELD HOKKAIDO」では、さまざまなイベントを予定していますので、どうぞ楽しみにしていてください。


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話題の「ES CON FIELD HOKKAIDO」で日本ハム株式会社前田常務執行役員(左)、井川さん(中央)、株式会社北海道日本ハムファイターズ小村社長と

挑戦を通じて成長する人財を育む企業風土づくり

芝井
 母校関西大学は2023年10月11日に吹田市山田南に新しく「吹田みらいキャンパス」を開設しました。千里山キャンパスから直線距離で2㎞ほどの新キャンパスに、国際学生寮や運動施設のほか、14番目の学部として、2025年4月にビジネスデータサイエンス学部(仮称)の設置を構想しています。
井川
 それは素晴らしいことですね。社会経済活動や人々の行動によるデータをどう分析するか、そしてブランディングにどう活用していくのかは、どの業界でも最大の関心事の一つではないでしょうか。今はもうマス・マーケティングの時代ではありません。弊社としては、データを活用したマーケティングや商品開発ができる人財はとても魅力的で、期待は大きいですね。
芝井
 学部名に「ビジネス」とあるのは、IT系エンジニアの育成がメインの教育目標ではないということを明示する意味があります。データサイエンスはツールの一つで、企業や自治体などから提供される実際のデータを使い、そこからどんな発見があるか、何ができるかを追い求める教育を展開していこうとしていて、私もそこでの学びに大いに期待しています。
井川
 若い人たちには大学卒業の段階ではまだ見えない可能性があります。弊社入社後に活躍できるかどうかは、人財と企業風土がフィットするかどうかも大きいのではないでしょうか。弊社は「従業員が真の幸せと生き甲斐を求める場として存在する」をもう一つの企業理念としています。フィットすれば個々の人的資本は大きくなり、企業価値も高まっていくと考えています。弊社は挑戦する人財の育成をめざし、社員が挑戦しやすい企業風土づくりを心がけています。
芝井
 最後に関大生にメッセージをお願いいたします。
井川
 大切なのは柔軟性と機敏性、そしてやりきる力だという話を私はよくしています。いろいろな話に耳を傾け、吸収し、自身の考えをまとめる、認識が誤っていたら修正する、その繰り返しが柔軟性に繋がります。しかし、言葉では理解していても実際に行動が伴わなければ意味がないから、機敏性も重要です。そして、行動すると決めたら最後までやりきる。やりきらないと、失敗しても次の成長に繋がりません。どうか、自分で決めたことは最後までやりきることにこだわってほしいと思います。


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出典:関西大学ニューズレター『Reed』75号(12月20日発行)


井川 伸久 ─いかわ のぶひさ
日本ハム株式会社代表取締役社長、株式会社北海道日本ハムファイターズ取締役オーナー。1961年大阪府生まれ。1985年関西大学法学部卒業。同年日本ハム株式会社入社。執行役員加工事業本部営業本部フードサービス事業部長、代表取締役副社長執行役員加工事業本部長、代表取締役副社長執行役員経営企画本部長を経て、2023年4月から現職。