「精神疾患の親をもつ子ども」をひとりにしない
~学生起業家としてNPO法人を設立~
関大人
/社会安全学部 安全マネジメント学科 4年次生 平井登威さん
「30 UNDER 30」は、世界77カ国で44のローカル版を発行する経済誌『Forbes』が、グローバルで展開するプロジェクト。世界を変革する若きイノベーターを選出する賞として、2011年に米国で発足し、日本では2018年にスタート。これまでに全世界で数千人に上る受賞者を輩出しており過去受賞者にはマーク・ザッカーバーグやリアーナらがいる。
平井さんは精神疾患の親を持つ子ども・若者を支援する団体「CoCoTELI」を立ち上げ、2023年にNPO法人化。今回はその活動について聞いてみた。
精神疾患に関する社会課題のなかでも、うつ病の増加などについてはよく知られているものの、「精神疾患の親をもつ子ども」の問題については、あまり注目されていないかも知れない。しかしその数は決して少なくなく、これらの子どもたちは高確率でメンタルヘルスに問題を抱えてしまうことがわかっている。そんな社会課題の解決に取り組もうと、2023年5月にNPO法人を立ち上げたのが平井登威さんだ。
日本ではまだデータが少ないが、海外では精神疾患の親をもつ子どもは15~23%もいると言われている。「『そんなにいるのか』と驚かれる方が多いことからも、この立場の子どもが見えない存在となっていることがよくわかります」と平井さん。そもそも「1人で悩みを抱え、明るみに出にくいことが大きな問題」であり、「周囲に相談しづらく、多くの当事者が孤独を感じながら生活し、不安定な状態に陥ってしまうのです」と説明する。
親が精神疾患である場合、「子ども自身が精神疾患を発症するリスクは、そうでない子どもに比べ2.5倍も高くなっている」のだという。心身の健康はもちろん、生活への支障が出るリスクも高くなってしまう大きな社会課題となっているにもかからず、社会的な支援がほとんどないのが現状だ。
精神疾患の親をもつ子どもの問題は、虐待や貧困、"ヤングケアラー(※)"のように、認識されやすいものではなく、日常的な困難さの積み重ねとも言える。「たとえば親の気分の浮き沈みをうかがいながら、親の機嫌を最優先にして行動するなどのストレスも生じます。小さな困難の積み重ねや支援・理解の不足により精神面や生活面で不安定になりやすい。結果、虐待や貧困、ヤングケアラーといった二次的な困難につながることも少なくありません」。
※本来大人が担うとされる家事や家族の世話などを負う子どものこと
そこで平井さんらが設立したのが、NPO法人「CoCoTELI」だ。精神疾患の親をもつ子ども・若者を対象とした、オンライン上での居場所づくりや、個別の相談支援を行っている。「もともとは学生団体として立ち上げたんですが、本腰を入れて課題解決を進めていくため、大学を休学してNPO法人化したんです」。
そもそも平井さん自身も同じ経験をしていた。幼稚園児だった頃に父親がうつ病を発症して以降、虐待を受け、ヤングケアラーも経験。しかし誰にも打ち明けられないまま過ごしていたという。
「当時からずっとサッカーを続けていて、"強いのが当たり前"みたいな考えがあって、悩んでいるなんてとても人に言えませんでした。だけど2020年に関大に入学して親元を離れ、SNSで同じ境遇の子の投稿が目に留まって...。愛知県に住む同い年の学生だったんですが、連絡したところ、自分のような子どもや若者を支援する取り組みをしたいと教えてくれたんです。一緒にやりたいと申し出て、大学1年次の冬に学生団体として立ち上げました」。
その事業構想は、ビジネスコンテストで最優秀賞を獲得。活動は平井さんが引き継ぐこととなったがどう動いていいかもわからない。何より精神疾患や支援制度について知らないことが多く、文献のリサーチや勉強会への参加などを通じて、まずはインプットに力を尽くした。そして仲間を探し、半年以上が経った2021年9月に、チャットツールなどを活用したオンライン上の居場所づくりから始めることにした。
この立場の子どもたちは、「何かを聞かれた際にも自身の希望を言いだせず、親を不安定にさせない答えを選択することが多い」と平井さん。そんな小さな経験の積み重ねで、自分を主語にして話せなくなり、「長期的に見ると、NOと言えずに無理な仕事を任され苦しんだり、人に頼れなかったりする傾向がある」のだという。「まずはその子たちにとって絶対に否定されない安全安心な環境で、自分を主語にして話すことができ、家族のことを吐き出せ、かつ一緒に頭を悩ませてくれる存在がいるという、そんな時間をつくることが重要だと考えました」。
しかし次第に、この問題特有の難しさが浮き彫りになってくる。出会った8割ぐらいの子どもたちが、誰かに家族のことを話すのが初めてだったのだという。「病気のことをわかっていなかったり、精神疾患は偏見が強いので恥ずかしいと感じていたり、家族のサポートはやって当たり前だと思い込んでしまっていたり。そもそも僕らを頼ってくれるのは、自身の状況を自覚かつ言語化できて、SOSを出した子たちに限られていることが大きな問題だと感じました」と平井さんは解説する。
平井さんの活動に対し、自身が在籍しているゼミの担当教授である廣川空美教授(社会安全学部)をはじめ、大学内の起業などを支援しているイノベーション創生センター職員からの協力があり、学部を超えて子ども家庭福祉を研究している教授の紹介を受けた。
2022年の夏、社会学部の吉岡洋子教授らと共に、子どもの意見表明を支援する「子どもアドボカシー学会」のイギリスやスウェーデンへの視察旅行に同行する機会を得た。「活動の必要性も感じてくださり、さまざまな助言や機会をいただけて本当にありがたいです。視察の報告書には、僕の視点から感じたことも一緒にまとめさせてもらいました」。
近年は収益性と課題解決を両立するソーシャルビジネスにも注目が集まっているが、精神疾患の親をもつ子どもの支援は、子どもはもちろん親がお金を出すことは考えられず、第三者が負担する動機も少ない領域だ。「サービスを届ければ届けるほどお金が出ていく活動です。経済的合理性がないが必要な領域であるのも事実。企業や行政にはできない、寄付型だからこそできることがあると思う。長期的には精神疾患の親をもつ子ども・若者支援を公的な仕組みに落とし込むためにも寄付型NPOとして0→1にチャレンジしていきたい」。 NPO法人設立のタイミングでクラウドファンディングに挑戦。目標金額の1000万円には届かなかったが562人から5,749,500円の支援を得ることができた。
NPO法人CoCoTELIのメンバーは現在、10名弱。なかには当事者としてつながったスタッフや現場経験の豊富な精神保健福祉士などもいる。支援対象は現在、200人以上。この5月からは、LINEでの相談もスタートさせた。さらに7月には、居場所への参加や相談もできない子たちに対して、ロールモデルとなるような存在を知ってもらうためのWebメディアも開設する。悩みを見つけ、メッセージを送って個別の相談につなげた当事者には、各地域にある支援制度を伝え、その利用をサポートしている。
これからは「直接的な支援と同時に、社会構造の変革に取り組みたい」と平井さん。「海外には、親が精神疾患だと診断された段階で子どもに伝えるシステムの先行事例もあったので、それらも参考にして公的な仕組みづくりも提案していきたいです。リソースには限界があるので、どこかで予防に舵を切らないと立ち行かなくなります。精神疾患の親をもつ子どもたちが高確率で精神疾患を発症してしまうという負の連鎖を断ち切り、精神疾患のある本人もその家族も生きやすい社会をつくるために力を尽くしていきたいです」。