KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

安全・安心のイノベーションで災害に強い大都市「大阪梅田」を目指す

研究

「うめだ南トラ研究会」が「ぼうさいこくたい2022」に出展
/社会安全学部 奥村与志弘教授、商学部 西岡健一教授

 40年以内に90%の確率で発生するといわれている南海トラフ巨大地震。大阪や名古屋などに直撃し都市機能や経済に深刻な打撃を与えることが予想されており、大都市での防災・減災対策が急務になっています。関西大学では、この来るべき大地震に備えるために、「南海トラフ巨大地震を見据えた大阪梅田地区の安全・安心イノベーション研究会(以下うめだ南トラ研究会)」を、2022年5月16日に立ち上げました。

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 大阪梅田地区のひと・モノ・知のターミナルとしての強みを活かし、安全・安心社会のためのイノベーション創出を目指しています。災害は日常の延長で発生するものであり、日常を豊かにする価値を生み出しているあらゆる業界(企業、行政・自治体、教育機関など)が対象です。しかし、これらの業界は防災専門家ではありません。南海トラフ巨大地震などの将来の災害を見据え、何が課題になっているのか、その知見を提供するとともに、課題解決に有用なビジネスモデルの提案も行っていきます。現在、本学からは社会安全学部をはじめとした5学部9名の研究者が関わり、大阪梅田地区の社会インフラを担う企業、行政・自治体を中心とした10企業以上の組織が参画しています。

 2022年10月23日、うめだ南トラ研究会がJICA関西(神戸市中央区)で開催された「ぼうさいこくたい2022」に出展しました。「ぼうさいこくたい」とは、防災・減災に取り組む団体、機関などが一堂に会し、それぞれの知識、経験、技術などを全国に発信する国内最大級の防災総合イベントです。うめだ南トラ研究会は、このイベントで「安全・安心イノベーション創出に向けた大阪うめだ地区の挑戦」をテーマに、4つのセッションとディスカッションを実施。今回はその様子をリポートします。

高確率で起こる、人類が経験したことのない大災害

 最初のセッションに登壇したのは、社会安全学部の奥村与志弘教授。南海トラフ巨大地震で想定されている被害について説明をしました。
 「南海トラフ巨大地震の震源域は非常に広く、九州から四国、近畿、中部・東海にまで達します。しかも、陸に近いため、揺れは大きく、津波の到達も非常に早くなります。政府は最悪のシナリオとして、死者が23万人に達するという想定を公表しており、死亡原因の内訳は津波が16万人、建物倒壊が6万人、地震火災が5,800人などとなっています」

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奥村与志弘教授

 南海トラフ巨大地震では、津波来襲後にも多くの人命が失われる可能性があります。 「2019年に政府が発表した23万人という想定死者数は、地震の揺れや津波による直接死です。過去の巨大災害を踏まえれば、これで済むはずがないことは明らかです。東日本大震災では、直接死とは別に災害関連死で3,789名が亡くなられました(令和4年3月31日現在)。私の研究室の試算では、南海トラフ巨大地震による災害関連死は76,300名を超えます。直接死とは別にこれだけの犠牲が出る可能性があり、社会全体で向き合うべき非常に大きな問題です」

 ライフラインの停止や避難所の不足が、数々の問題をまさに芋づる式に引き起こし、これらが死に至る直接的、または間接的な原因となります。
 梅田を襲う津波や災害関連死について、政府や自治体、関係機関ではさまざまな対策が講じられています。しかし、奥村教授は「防災・減災対策というのはトップダウンだけでは上手くいきません。私たち一人ひとりの意識と知識、万一の時の振る舞いにかかっています」と声を大きくします。

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当日の発表資料より

 例として挙げたのが、一般家庭の家具・家電等の転倒防止です。これまでは阪神・淡路大震災や東日本大震災といった大地震が発生するたびに固定率が上昇してきました。しかし、2016年に発生した熊本地震後は固定率が上昇していない。啓発などで徹底することが困難な防災の取り組みにどう向き合っていけば良いのか、今、私たちはこれまでにないアプローチを模索する段階に来ていると説明します。
 次に、関連死対策です。「関連死対策の難しさは、死亡原因が多岐に及ぶことに加えて、同じ死亡原因でも死に至るプロセスが多様である点にあります。これもトップダウンだけでは難しい。地域に住む私たちが、過去の関連死の多様な発生パターンを理解し、自分たちのまちや暮らしに合わせて対策を考えていく必要があります」

 「大阪梅田というコミュニティにおいても、そこに関わる人びとが結束し、持てる知見や強みを活かして南海トラフ巨大地震に備えることが大切だと参加者に呼びかけ、奥村先生はセッションを締めくくりました。

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当日の発表資料より

Z世代のマーケティング視点で防災・減災を周知

 次に登壇したのは、商学部の西岡健一教授と4人のゼミ生です。西岡教授の専門はマーケティングと経営学。一見、南海トラフ巨大地震とは関連がないかと思われますが、「防災・減災への社会や市民の意識を変え、リテラシーを向上させるのに、マーケティングの観点や手法が有効です」と、西岡教授はいいます。

 セッションは「防災の市場化と顧客層の細分化」と題し、西岡教授のゼミ生たちがマーケティングの知見をもとに、防災・減災の知識を伝える対象(顧客)の分類や、意識・行動変容のアプローチ方法について発表しました。

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西岡健一教授とゼミ生たち

 まず、学生たちは「防災」とは災害から身を守ることを目的に取る行動と定義。防災の顧客層について、防災対策をしている人と防災対策をしていない人に分けてそれぞれの行動を細かく分析し、顧客層0から2.5までの5段階に分類しました。顧客層0は防災の備えはおろか興味関心も持っていない層、そこから次第に防災意識が高まっていき、顧客層2.5は日頃から防災に取り組み、SNSなどを通じて不特定多数の人に防災情報の発信も行っている層としました。このように顧客を区分していくことを、マーケティング分野では「セグメンテーション」といいます。

 セグメンテーションによって見えてきた意識も価値観も異なる人に防災を周知徹底するには、当然ながら顧客層ごとにアプローチ方法が異なっていきます。学生たちは、「顧客層0の人も防災に取り組みたくなるようなアプローチ、顧客層2.5の人がさらに興味関心を持つような情報提供などを考え、層ごとに行動変容を促すことで、全顧客層に影響を与えていきたい。最終的には日常的に防災に取り組む環境を構築していきたいです」と発表。西岡教授も奥村教授も、「これからの防災の市場化の実現には彼らのようなZ世代の視点が必須」と期待を寄せていました。

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西岡ゼミによる発表

災害に強く、助け合う街を目指して梅田の企業がスクラム

 続いては、うめだ南トラ研究会に参画する企業から、阪急阪神不動産株式会社の菅氏より発表がありました。
大阪梅田には、このエリアに拠点を構える5法人(西日本旅客鉄道株式会社、阪急電鉄株式会社、阪神電気鉄道株式会社、一般社団法人グランフロント大阪TMO、Osaka Metro)によって構成される「梅田地区エリアマネジメント実践連絡会」※1という組織があります。この組織では、街のにぎわい創出を目的として、夏に「梅田ゆかた祭」、冬に「UMEDA MEETS HEART」といったエリアイベントを開催するなど、大阪梅田のさらなる魅力向上と持続的な発展に取り組んでいます。同組織の活動の1つとして推進しているのが「梅田防災スクラム」※2です。

※1 梅田地区エリアマネジメント実践連絡会
※2 梅田防災スクラム

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阪急阪神不動産株式会社 菅氏による発表

 「大勢の人々が行き交う梅田において、来街者に対して防災・減災の啓発活動を行い、自助力・共助力の向上を目指しています」と菅氏。これまでにも『携帯型防災マニュアルブック』の配布や、駅のデジタルサイネージを用いての防災心得の掲出、梅田に働く人びとが防災知識を学ぶ「梅田防災スクラムゼミ」の開講など、多様な活動を展開してきました。
 奥村教授のセッションにもありましたが、大阪梅田で南海トラフ巨大地震に遭遇した場合の恐ろしさを考えると、企業がスクラムを組んで防災・減災に注力してくれるのは大きな安心材料です。奥村教授も「各社の強み、気づきを共有し、さまざまな防災・減災対策が雪だるま式に膨らみ、広まることを願います」とエールを送りました。

お菓子のように、防災を身近なものにする

 最後のセッションに登壇したのは、UHA味覚糖株式会社の塩田氏です。
「実は、災害や防災とお菓子には高い親和性があるといいます。その一例が、『シタクリア』というタブレットです。このタブレットは舐めるだけで口腔環境の清潔さをサポートします。災害による避難生活で歯磨きが困難な場合にもご活用いただけると考えております」

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UHA味覚糖株式会社 塩田氏による発表

 さらに、次々とヒット商品を世に送り出すUHA味覚糖のマーケティングは、西岡教授と学生たちが考察した「防災の市場化」を実現するヒントにもなると塩田氏は話します。例えば、UHA味覚糖では昨今「お菓子×健康」をコンセプトに機能性表示食品のお菓子を次々開発・販売しています。これらは市場の健康志向の高まりにより、販売数を大きく伸ばしているのですが、「ドラックストアでは売れるものの、スーパーやコンビニでは手に取っていただけない商品がありました」と塩田氏。そこで、パッケージを固い印象を与えるものから、やわらかい印象を与えるものに大幅にデザイン変更したところ、コンビニでもドラックストアでも売れるようになったそうです。当初のコンセプトやアプローチにこだわらず、現状に即して柔軟に戦略を変更していくという考え方は、「防災の市場化」という社会にまだ定着していない新たな価値を根付かせる上で、とても重要になるのではないでしょうか。

 「防災用品も防災意識もいつも身近にあるお菓子のようになれば」というUHA味覚糖からの提案に、「これまでの防災にイノベーション起こすためにとても重要な視点を提案してくださった」と両教授もコメントしました。

大阪梅田を「安全・安心のシリコンバレー」に

 4つのセッションに続いて、登壇者全員によるディスカッションが行われました。そこでは奥村教授が、「これまで企業の防災対策といえば、社員の命を守ることに主眼が置かれていましたが、梅田防災スクラムのように横のつながり、街や社会全体での防災への広がりという新たな試みに挑戦されていることは素晴らしいと思います」と、セッションの感想を話し、また西岡教授は、「防災への取り組みが企業にとってのコストではなく、収益や価値を生み出すバリューとなり、企業成長につながることが理想です。関西大学の学生や卒業生、私たち『うめだ南トラ研究会』もコミットしていければ」と意気込みを語りました。

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ディスカッション風景

 イベント終了後、奥村教授にうめだ南トラ研究会の今後についてうかがうと、「目標は、大阪梅田を『安全・安心のシリコンバレー』にすること」と話してくれました。南海トラフ巨大地震という目前に迫った危機に対して、大学、企業、自治体が垣根なくつながっていくことで、安全・安心のイノベーションを加速させていく。結果として、「万一の際は大阪梅田に行けば助かるというイメージや状況が生まれ、大阪梅田の取り組みを我が街でも広めたいと思う自治体が増えていくとうれしいですね」

 南海トラフ巨大地震はもちろん、地震大国である日本では、エリアを問わず震災への備えは不可欠です。うめだ南トラ研究会は、大阪梅田を拠点に、新たなイノベーションを起こそうと、今後もさまざまな活動を展開していきます。