夢へのルートは 一つじゃない
目標に向き合い続けて開いた空への扉
関大人

/全日本空輸株式会社 運航乗務員 酒井 雄生さん(政策創造学部 2018年 卒業)
航空機のパイロットになるという子供の頃からの夢を叶え、国内線にとどまらず、東アジアや東南アジアへも翼を広げ、充実した日々を送る酒井雄生さん。「毎回、乗務できる幸せを噛みしめながら仕事をしています。このインタビューをきっかけに、パイロットを目指す関大生が増えたらうれしいですね」。爽やかな表情でそう語る酒井さんの道のりは、決して一直線ではなかった。
「パイロットにあこがれたきっかけは、テレビドラマ『GOOD LUCK!!』でした」。小学生の頃、画面の中で操縦桿を握り、大きな飛行機を飛ばす姿に心を奪われた。「今見るとパイロットの仕事が忠実に再現されていて、自分自身のモチベーションの源かもしれません」と話す。ただ当時は、本当にパイロットになれるとは思っていなかった。
その頃、酒井少年の胸を占めていたのは「甲子園に出場する」という、もう一つの大きな夢だ。小学生の頃から野球漬けで、高校では投手として白球を追う日々。一学年上の先輩は甲子園出場を果たしたが、自分たちの代は目前で夢破れた。高校2年生の時、校内の職業セミナーでパイロットとして働く卒業生から矯正視力でもパイロットになれることを聞いた。「その日に書店へ行き、参考書を買いました」。夢は、そこで明確な目標へと変わった。
高校卒業後にパイロットを目指すには、私立大学のパイロット養成コースに進むか、大学に2年以上在学してから航空大学校を受験する方法がある。しかし酒井さんは最短ルートを選ばなかった。「野球に区切りをつけてから、前に進みたかったんです」。不完全燃焼に終わった高校野球への情熱を燃やし尽くしたい思いで、関西大学へ進学することに。英語力向上を重視し、「プロフェッショナル英語」が履修できる政策創造学部を選んだ。
入学後は野球部の練習に打ち込む傍ら、パイロットになるための準備も怠らなかった。TOEICスコアは600点弱から820点へ大幅に伸びた。野球ではケガもありレギュラーの座はつかめなかったが「4年間やり切ったので悔いはありません」と清々しく振り返る。そして「今のパイロットとしての仕事の取り組み方や日々の過ごし方は、間違いなく関大野球部の経験が基礎になっています」と酒井さんは強調する。

就職活動を始めたのは、3年次の秋。パイロットの自社養成制度がある航空会社への就職活動に注力したが、狭き門で不採用に。「正直、しばらく引きずりました」。残るは、航空大学校に進学し、必要な資格を取得してから航空会社へ就職する道。しかし航空大学校の受験には不得意な理数系科目も含まれ、シフトチェンジは一筋縄ではいかなかった。「働きながらでは中途半端になる」と他の企業にも就職はせず、新卒資格を保持するため、大学を休学して航空大学校の受験勉強に専念。勉強は孤独だったが関大の仲間の支えもあり、受験資格の上限年齢である24歳で合格を手にした。「やっとスタートラインに立てた」
航空大学校では、約2年間で実技と座学を通して操縦や専門知識を学び、3種類の国家資格試験に合格する必要がある。2度不合格になれば退学という厳しい環境だ。「過密なスケジュールで数々の課題や試験をクリアしないといけない。それまでにないプレッシャーでした」と苦笑する。
それでも「楽しかった」と言い切れるのは、共に切磋琢磨した仲間の存在があってこそ。宮崎、帯広、仙台と、空港に隣接した施設で半年ずつ学び、寮生活を送りながら互いを高め合った。休日には土地の食や温泉で英気を養う。苦手科目の物理も克服し、すべての資格を取得して無事に卒業。そして、コロナ禍で就職環境が不安視される中、2021年に第1志望のANAへの入社が決まった。


入社後、初年度は羽田空港で地上勤務をし、その後パイロットとして約10カ月の訓練を経てついに旅客機の操縦席へ。3度目のフライトに両親を招待した。「良い思い出になったと喜んでくれました」と目を細める。
現在は国内線だけでなく国際線にも乗務し、副操縦士として経験を積む。国内線は日本特有の山地の影響で不安定になった気流の中での着陸操作や、変化の大きい気象状況下での運航、市街地近郊の空港への着陸などの課題がある。一方、国際線は多様な機材が行き交う大規模空港での安全な操縦や、長距離フライト中の緊急対応といった点で難しさがあるという。安全性や定時性はもちろん、揺れの軽減など乗客の快適性も追求する。それらを実現するために酒井さんが最も大切にしているのは「準備と情報収集」。天候や高度、客室サービスに至るまで細かく想定し、シミュレーションを重ねる。「空の上では、刻々と変化する気象条件をいち早く察知し、常に先を読んだ判断が求められます。安全で質の高いフライトを提供するために、準備は欠かせません」。

パイロットになるために、大学生活は"遠回り"ではなかったのか。その問いを、酒井さんは即座に否定する。「目標に対して真摯に向き合い、やり切る姿勢が身につきましたし、夢中になれるものがあって幸せでした。無駄な時間は一つもありません」。
次なる目標は、機長への昇格だ。機長はフライト全体の責任を負い、最終判断を下す存在。酒井さんは、その姿を野球のピッチャーに重ねる。「機長も投手も、チーム全員の思いを受け継ぎ、最後にその責任を果たすポジション。飛行機に初めて乗られる方や飛行機に乗ることが苦手な方にも常に寄り添い、乗客の皆さまに安心していただけるフライトをつくり上げることができる、そんなキャプテンになりたいですね」。目標に向けた視界は良好だ。