南海キャンディーズ・山里亮太さんが卒業生アンバサダーに就任
関大人

/芸人(吉本興業所属)
山里 亮太 さん(文学部 総合人文学科 2001年卒業)
2026年4月、お笑いコンビ・南海キャンディーズの山里亮太さんが「関西大学卒業生アンバサダー」に就任。全国的な知名度と親しみやすい人柄で、芸能界を走り続ける"山ちゃん"が、関西大学の新たな「顔」として加わった。創立140周年を迎える関大が公式にアンバサダーを任命するのは今回が初めて。自他ともに認める深い関大愛とそのルーツを山里さんに語ってもらった。
「大好きな関大の看板に泥を塗らないよう、しっかり努めていきたい」。
気持ちはすでに、前に動きだしている。
4月5日、千里山キャンパスで「関西大学校友会ホームカミングデー」が開催された。満開の桜と一面の緑の芝に集まった多くの卒業生らが見守る中、山里さんの卒業生アンバサダー就任式が執り行われ、会場は温かな拍手と声援に包まれた。その後行われたトークショーでは、アンバサダーとしての初仕事を持ち前の話術で大いに盛り上げた。
2001年に文学部を卒業した山里さんは、アンバサダー就任の話を受けた感想を聞かれると「嬉しかったですね。これまで声が掛からず、嫌われているのかと思っていました(笑)」と冗談まじりで話す。妻で俳優の蒼井優さんからは「そんなに慕われていたんだね。良かったね」と声を掛けられたという。
千葉県出身の山里さんは高校時代、母がドラッグストアで働いていた影響もあり、薬剤師になりたかったという。ある日友人から「時々おもしろいことを言うから、お笑いをやってみたら」と背中を押され、高校3年で思い切って芸人の道へと舵を切った。どうせ挑戦するならお笑いの聖地・吉本を目指そうと両親に相談したところ「リスクが大きすぎる。関西に行きたいなら、誰に聞いても『良い大学だね』と言われる学校に合格したらいいよ」と言われた。その一言が、志望校を決めるきっかけになったという。
関大時代の思い出は尽きない。山里さんが真っ先に挙げたのは、千里山キャンパスから徒歩10分ほどにある北斗寮(現・ドミトリー月が丘)での寮生活だ。4月の入寮式の日にいきなり、スカジャンにサングラス姿の個性的な先輩から、『関西大学学歌』や『応援歌』『関大マグマ』などを1時間後に歌えるかテストが行われ、必死で覚えた経験など、当時の学生寮ならではの愛校心を醸成するエピソードが次々と飛びだした。
「関大に来たら何か楽しいことが起こるんです。毎日が刺激的で練習場。関大で鍛えあげられてお笑いの世界に行くことができました」。
そして「大学生活を全力でやり切ること。それが学生寮のテーマでした」と振り返るように、入学式などの式典や行事はすべて参加。特に学園祭には全力投球したという。「一般的な学生生活よりも、関大での思い出の数が何倍も何十倍もありますね」。
ほかにも関大愛を象徴するエピソードがある。大学生活があまりに楽しく、「もうお笑いを目指さなくてもいいかな」と思い、関大の職員とも親しくなるうちに、このまま大学に残る道を本気で考えたという。そんな山里さんを見かねて、寮の部屋長が吉本の願書を差し出し、「今すぐ書け。俺が提出してくる」と背中を押し、夢を忘れかけていた山里さんを引き戻した。「自分はお笑いをするためにここに来たんだった」と初心に返ったという。
「部屋長の一言がなかったら、ここには関大職員としていたと思います(笑)」。
そこから、吉本の養成所・NSC22期生としての道が開けた。
下積み時代から培った山里亮太流のポジティブ思考を聞いた。その根源は「とてつもなくミーハーで、関わるすべての人への好奇心」と「感謝する姿勢」だという。
「自分の前で何かをやってくれる人は、ただただ、ありがたいという思いがある。相手に全力でリアクションしたり話を成立させるために合わせるなど、その人にどうお返しすべきかを考える。まず先に相手に対する感謝があると、すべてに対してお返しの思いで行動することができる。人と話す上で大事なことだと思います」。感謝を起点にした行動こそが山里さんの原動力になっている。
関大生に対しては、「迷ったら"やる"を選んでほしい」と話す。「何事にも"やる・やらない"の選択肢がある中で、やる方を選べば返ってくる楽しさや経験が関大には山ほどある。大学は自由度が高い場所だからこそ、悩んだらまず挑戦してほしいですね」とエールを送った。
関大時代に積み重ねた体当たりの経験が、今の活躍にもつながっている山里さん。積極的に大学行事に参加する中で身につけた「まずはやってみる」という精神が、言葉に重みを与えている。
「アンバサダーに就任して終わりではない。ここからがスタート。大学としっかり連携しながら、関西だけでなく全国に関大の魅力を伝えたいですね」。千葉から関大を目指した自身の経験を重ね、関東からの志願者も増えてほしいという思いも込められている。
誰よりも関大を愛し、全力で大学生活を楽しんだ山ちゃん。今も輝きを放つ活躍の原点はまさに、関大時代にあった。