バーベキューでつながる 世代を超えたコミュニケーション
~好きを追求し、唯一無二の存在に~
関大人

/芸人(吉本興業所属) たけだバーベキュー さん(商学部 2008年 卒業)
お笑い芸人として伸び悩む中、趣味で楽しんでいたアウトドアが人生の突破口となった、たけだバーベキューさん。先輩芸人に得意のバーベキュー料理を披露したことで噂が広がり、事務所内での認知度がアップ。バーベキューの専門性を追求し続けブログを開設したところ、レシピ本出版のチャンスをつかんだ。出版を機に「バーベキュー芸人」に転身して上京。豪快かつ簡単でおしゃれなレシピを多く提案し、今や刊行書籍は13冊に。活動のフィールドは国内に留まらず、バーベキューの世界大会へ出場するほどに広がっている。
「勉強できる人や足の速い人よりも、面白い人が人気者」。そんな関西の土壌に育まれた、たけだバーベキューさん。高校卒業後は吉本総合芸能学院(NSC)に進学する気でいたが、親から出された唯一の条件が「大学卒業」。高校の先生に頼み込んで勉強を教わり、関西大学に現役合格を果たした。「大学を卒業してからNSCへと思っていたら、先輩が『コンビを組もう』と説得に来たんです。熱いじゃないですか。『よし、分かりました!』とすぐに、一緒にNSCへ入学しました」。
当然、二足のわらじ生活は大変なもので、「人生で一番寝ていない時期」だったという。NSCの入学費や学費を稼ぐためのアルバイトに加え、ネタ作りに追われる毎日。大学は単位こそ落とさなかったものの、1年次生の記憶はほとんどなく、友達をつくる余裕もなかった。
転機となったのは、3年次生の時に所属した企業経営を学ぶゼミだった。そこで企業理念について研究し、仲間と議論を重ねる日々を送り、それまでの"ただ授業に通うだけ"だった学生生活は一変した。レクリエーションの機会も多く、仲間との絆が一気に深まり、その関係は今も続くかけがえのないものとなった。
もともとアウトドアが大好きで、18歳で自動車の運転免許を取得して以来、お笑いとは別軸で、大学や高校、NSCの友達らと海・山・川へと頻繁にレジャーを楽しんだ。「バーベキューが目的ではなく、遊びついでの食事がバーベキュー。網と肉だけ持って行って石を組んで、炭も買わずに拾った流木で肉を焼く。だから炎がメラメラ上がって焦げちゃったりするんですけど、それも楽しかったですね」。
バーベキューをする上で最も大切にしているのは「ルールで縛らないこと」。肉も野菜も、好きなタイミングでひっくり返せばいい。焦げたりパサパサになったりしても、それがむしろ一番思い出に残っていたりするからだ。出汁パエリア茶漬けのような、その場のノリで生まれるアレンジレシピも大歓迎。「もちろん、失敗もありますよ。マグロのカマ焼きをしてすごい火柱が上がったり、上京前最後の単独ライブの後にお客さん全員をバーベキューに招待したのですがグリルの脚を忘れてしまって、ほぼ地面の高さで肉を焼いたり」。それも、参加者全員が楽しめればOKだ。「バーベキューって、火を囲むだけで世代を超えて仲良くなれるコミュニケーションツール。そこが魅力なんです」。
自ずと料理の腕が磨かれていく中、芸人が集うお花見の席でバーベキューの腕前を披露する機会を得た。「たむらけんじさん主催のお花見で、大勢の芸人が集まる中、直径50㎝のパエリアや、ダッチオーブンで作ったローストチキンなど、派手なメニューをお披露目したんです。そこにいたハイヒールさんをはじめ、先輩方がめちゃくちゃ驚いてくれて」。これがNSC内で話題となり、先輩の助言もあって「バーベキューが得意」というキャラクターを確立。バーベキューインストラクター検定やお肉検定などの資格を取得し、ブログも開設した。すると3カ月足らずで出版社からオファーがあり、『豪快バーベキューレシピ』の出版が決まったのだ。折しもコンビは解散。当時、専門分野に特化した芸人は少なく、覚悟を決めて芸名を「たけだバーベキュー」にした。「吉本興業を辞めてアウトドア業界に進もうと考えたんですが、喋れるのにもったいないと引き止めてくれて。タレント部から文化部へ移籍が決まったものの、文化部は東京にしかなかったんです(笑)」。
たけださんは何のつても無いまま上京し、過去にもらった名刺すべてにメールを送るなど、自ら営業活動を開始。アウトドアイベントやバーベキュー講座などの仕事を地道に開拓していった。こうした努力に先輩芸人との交流が加わり、「バーベキュー芸人」の認知度は押し上げられた。「旅先で千原ジュニアさんから『今、昼ご飯にパッとバーベキューできる?』と言われ、『任せてください!』と即興でバーベキューを披露したんです。振る舞い終えたらジュニアさんが『1時間でフルコースを出して僕らのお腹を満たしたすごいヤツがおる』とテレビで名前を広めてくださったんですよ。バーベキューと周りの方々に助けられて今があります」。
「実は、バーベキューのオフシーズンである冬場は海外へ赴くチャンス。これまでもアルゼンチンにアサードというバーベキュー料理を見に行ったり、スペインのネギ料理カルソッツを学びに行ったりしました」。2025年の秋にはアメリカで開催された食の世界大会「ワールドフードチャンピオンシップ」のバーベキュー部門に参加。スペアリブやブリスケットなどの肉を調理し、世界のレベルに大きな刺激を受けたという。
一方で、たけださんはさまざまなアパレルメーカーやライフスタイルブランドとコラボレーションし、自身が欲しいと感じた機能を盛り込んだアイテムも多数展開している。今後はキャンプやアウトドアが楽しくなるグッズの開発や、温泉やサウナとバーベキューを組み合わせた空間プロデュースなどの活動にも力を注ぎたいと構想中。さらに、日本の優れたバーベキュー文化——独自の焼き方を持つピットマスターの存在や、岩手切炭や能登の切出七輪といった地方ならではの卓越した用具を広めるために、書籍の出版やコミュニティを形成する役割も担いたいと語る。
「僕、ずっと好きなことをやってるんですよ。挫折もあったけど、好きなことは揺るがなくて、一生懸命追求していたらいろんな「好き」がミックスされて唯一無二のものになった。心底好きなことを追い求めていたらこんな面白い人生になるんだと、お笑いとバーベキューに気付かせてもらいました」。