KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

卒業生・孫明雅監督の長編デビュー映画『トロフィー』が公開

文化・スポーツ

/映画監督(株式会社分福)
 孫 明雅 さん(文学部 総合人文学科 2012年卒業)


 映画界の新鋭・孫明雅(そん・みょんあ)監督が手がけた映画『トロフィー』が、7月10日(金)からテアトル梅田ほか全国で公開された。
 是枝裕和監督が率いる映像制作会社「分福(ぶんぶく)」で経験を積んだ孫監督が、在日コリアン3世としての体験や葛藤の記憶をもとに、7年をかけて描き上げた長編デビュー作。
 関西大学卒業生の孫明雅監督に、映画監督を志すまでの道のりや大学時代のエピソードを交えながら、本作に込めた思いを聞いた。

260703_hl_trophy01.png
『トロフィー』 2026年7月10日(金)公開
出演 恒那/梨里花/原田 花埜/禾本 珠彩/千就/ちすん/笠松 将/市川 実和子/井浦 新
監督 孫明雅
製作・配給 K2 Pictures

在日コリアンの少女の葛藤を描く

 映画『トロフィー』の主人公は、朝鮮学校に通う在日コリアンの14歳の少女・ソヒ。部活動で朝鮮舞踊に打ち込む日々の中、日本学校との交流会をきっかけに日本人の少女・未来(みらい)と出会い、K-POPという共通の趣味から心を通わせていく。2人でK-POPアイドルのライブに行くためにソヒが売ったのは、父が大切にしていた祖国・北朝鮮の勲章だった―。本作は、家族や友人との間で揺れる思いを抱えながら一歩ずつ前に進んでいくソヒの姿を、繊細な視点で描いている。

260703_hl_trophy02.png
©2026 K2 Pictures

 主人公のソヒを演じるのは、映画初主演の俳優・恒那(はんな)。約600人から書類応募があり、そのうち250人の候補者に監督自らオーディションで会った。「朝鮮舞踊は、朝鮮学校では華やかで花形の部活。恒那さんの髪を一つ結びにした佇まいがそのイメージにぴったりでした」。そして何より、飾らない無垢な雰囲気を持ちながらも、芯の強さを表現できる姿に引き付けられたという。


 朝鮮舞踊を物語の中心に据えながら、ソヒと父のすれ違いが描かれる本作。ソヒが抱える思春期の心の揺れは、孫監督自身が朝鮮学校に通っていた頃に抱いていた葛藤でもある。 「物語の設定自体はフィクションで、もちろん私は勲章を売ったこともないですし、ソヒと未来の推し・K-POPアイドル『BTS』のファンというわけでもありませんが(笑)、親が朝鮮学校の教師だったことや、主人公が抱える心情については、私と重なる部分がありますね」。


 ソヒは、父親のサンジュ(演:井浦新)が朝鮮学校の校長であることにもかかわらず、祖国への考え方や父親の仕事に対してネガティブな感情を持っていた。
 「私の母は朝鮮学校の英語教師で忙しく、家庭より仕事を優先する人でした。私自身も中高生の頃、家庭より大事な学校って何なの?と、母のその姿を理解できずにいたのです。なんだか狭いコミュニティの中に閉じ込められているような気がして、外の世界へ踏み出したいという気持ちを持っていました」という孫監督自身の当時の思いを映すように、本作では朝鮮舞踊の華やかさと、日本人の友人との関わりの中で揺れる、ソヒの心情が丁寧に描かれている。

260703_hl_trophy04.png
©2026 K2 Pictures

アイデンティティを育む居場所

 映画制作にあたり、孫監督は朝鮮学校の関係者への取材を何度も行った。そこで見たものは、子どもたちと真剣に向き合い、学校を支え続けるために身を削って働く教師の姿だった。朝鮮学校が単なる教育の場だけではなく「居場所」となり、在日コリアンのアイデンティティを育む大切な場所だと気付いたという。
 「私は小中高まで朝鮮学校に通っていましたが、日朝関係の悪化で生徒数が減って運営が厳しくなり、母校はすべてなくなってしまいました。国による高校無償化は対象外、補助金も打ち切りという状況で、労働環境も過酷になっていますが、先生たちはそれでも朝鮮学校を存続させたいという強い意志を持っていました」。

 当初の構想では、親や学校への少女の反発だけを描いていたが、取材を重ねる中で、朝鮮学校は在日というルーツを隠さなくて良い場所であり、先生や生徒たちの居場所でもある――。こういった朝鮮学校の側面も作品の中で表現したいと思うようになったと話す。
 「単純な善悪や政治的なメッセージに回収するのではなく、登場人物たちの日常生活を通して、感じてもらえたらと思いながら作品を作りました」。描きたかったことは、親とのすれ違いや友人関係に揺れる少女の内面だった。普遍的な思春期の感情を入口に、「人として同じだということを伝えたかった」と語っている。

260703_hl_trophy05.png

2人の巨匠から学んだこと

 孫監督は、2021年に西川美和監督『すばらしき世界』、2022年には是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』で監督助手を務めている。監督助手は、演出面での意見を伝えるなど、客観的視点を持つ存在として監督を支える立場だ。
 「お2人との仕事は、本当に刺激的で学ぶことばかりです。是枝監督はタイピングをされないので、手書きで脚本を書き、助手が原稿をパソコンで打ち込むというスタイルなのですが、その作業の繰り返しで、セリフの入れ替えやブラッシュアップがリアルタイムに行われ、3か月から半年かけて脚本が磨かれていきます。西川監督は徹底的に取材を重ねるスタイルの監督で、取材した内容がどのように脚本となり、作品に落とし込まれるのか、それを間近で体感することができました」。
 映画界の巨匠2人の現場に立ち会えたことで、映画を作る本質を学ぶことができたという。

映画監督への道のり、関大での思い出

 「本格的に映画の道へと踏み出したのは、実は『分福』に入ってからなんです。学生時代はただの映画好きの一人でした」と笑顔で振り返る。
 2007年に関西大学文学部へ入学した孫監督は、高校3年生の時にオープンキャンパスで訪れた千里山キャンパスの美しさに惹かれ、進学を決めたという。文学部では、岡田忠克教授(現:人間健康学部)のゼミで福祉や社会問題を学び、エイズや発展途上国などの課題に触れた当時の記憶を思い出し「社会問題を扱う作品づくりの原点は、関大時代にあったのかもしれないですね」と振り返った。


 正門前のカフェでバナナシェイクを買って、友達と話題の漫画や映画を語り合う、ごく普通の学生だったという。「李相日監督の『悪人』や岩井俊二監督の『リリイシュシュのすべて』など、日本映画を中心によく観ていましたね」。ただ、その頃は「自分でも映画を撮りたい」と思ったことはなく、映画の世界に進む将来など想像もしていなかった。

260703_hl_trophy11.png
白浜でのゼミ旅行(最前列中央が孫監督)

モラトリアムの時間を経て、映画の世界へ

 孫監督にとって大学時代は、将来に迷い続けた時期でもあった。「何がしたいのかもはっきりしてなくて、グループの中で先頭に立つタイプでもなく、責任のある立場をどこか避けていましたね」。
 映画のほかには、笑い飯や麒麟、チュートリアルなど、お笑い芸人が好きで、卒業論文もお笑いをテーマにしたほど。お笑い好きの流れで、卒業後はテレビ制作会社に入社したが、バラエティを担当する中で、次第にフィクションの世界で表現したいという思いが芽生えたという。


 そして当時業界で注目されていた「分福」に転職。ここから、映画監督としての第一歩が始まる。
 月1回の「分福」の企画会議で、「あなたが抱えている爆弾を作品にしてみたら?」と西川監督にアドバイスをもらったことをきっかけに、7年かけて脚本を執筆、ついに本作の公開へとこぎつけた。
 是枝監督からは、「主演のソヒが魅力的。特に、友人の未来と勲章を取り戻しに行った後のやりとりはぐっときた」と感想をもらい、自信を深めたようだ。

260703_hl_trophy09.png

今後の目標と関大生へのメッセージ

 次回作の構想については、「東京に中国人と高齢者ばかりが暮らす団地があるのですが、高齢者と移民が混在するその場所は、まさにこれからの日本の縮図のような風景。移民問題にも関心を持っていて、いつか映画で取り上げてみたいと思っています。自分自身の関心を見つめ続けながら、作品づくりに挑戦していきたいですね」と語る。
 関大生には、自身の大学生活を振り返りながら、「私は大学時代、悩み続けて、前にも後ろにも行けず、なかなか一歩を踏み出せませんでした。でも、大学時代はそういうものなのかもしれません。だから、まずはいっぱい悩んでください。ただ、私は就職活動の時に自信を持って話せる経験がなく、苦労した記憶があります。どんなことでも良いので何か一つでも、夢中になれることを見つけてほしいですね」とエールを送ってくれた。

260703_hl_trophy10.png

260703_hl_trophy11.jpg
孫 明雅 ─ そん みょんあ
1989年大阪府出身。在日コリアン3世。2012年関西大学文学部総合人文学科インターディパートメント ヒューマンサイエンスコース卒業。卒業後、テレビ制作会社に勤務。2017年から株式会社分福に所属。初監督作品である短編映画『夢のつづき』が「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2025秋の国際短編映画祭」で上映。2026年7月10日(金)から、長編デビュー作『トロフィー』が全国劇場にて順次公開された。