関西大学 科学技術振興会 2022年度 第5回研究会

 関西大学科学技術振興会では、例年、第5回研究会として先端科学技術シンポジウムにて1年間の活動内容をポスター展示しております。昨年に引き続き今年度も新型コロナウイルス感染拡大の影響により、先端科学技術シンポジウムがオンライン開催となりました。本会第5回研究会におきましても活動内容を、以下の通りWEBサイトに掲載いたしますのでご高覧ください。 ● 2022年度 総会・表彰式 / 2022年度 第1回研究会  ● 2022年度第2回研究会  ● 2022年度第3回研究会
● 2022年度第4回研究会

2022年度 総会・表彰式および第1回研究会を開催 5月21日(土)

 総会・表彰式は、今年は関西大学校友・父母会館2階会議室において開催し、50名の方にご出席いただきました。開会にあたり、西村会長ならびに先端科学技術推進機構長 棟安実治教授からご挨拶をいただき、議事に移りました。2021年度事業報告および決算・監査報告、2022年度役員・事業計画・予算の各議事について審議の結果、異議なく全て承認されました。
 総会終了後は表彰式が行われ、当会表彰規程により、2021年度各賞受賞者に対し、西村会長から表彰状・副賞が授与されました。
 また、2022年度第1回研究会として、産学連携賞を受賞された八田工業株式会社 徳山様にご講演いただき、盛会のうちに終えることができました。


2021年度 表彰規程による表彰式

 表彰式では、2021年度各賞受賞者に対し、西村会長から表彰状・副賞が授与されました。受賞者におかれましては、今後ますますのご活躍とご発展をお祈りいたします。


●2021年度 学の実化賞(2件)

プロセスコストを極限まで下げた高スループット三次元積層型IC向け貫通配線(TSV)形成技術
システム理工学部 機械工学科 教授 新宮原 正三 氏
材料内部の微小硬さ分布を3次元的に可視化する硬さ計測型3次元内部構造顕微鏡システム
の開発

システム理工学部 機械工学科 准教授 廣岡 大祐 氏

●2021年度 産学連携賞(1件)

アクティブスクリーンプラズマ(ASP)の利用方法                         
八田工業株式会社 隅谷 賢三 氏、 徳山 信吉 氏
化学生命工学部 化学・物質工学科 教授 西本 明生 氏

●2021年度 研究奨励賞(9件)

CHA/PHI複合ゼオライトを用いた選択的CO2/N2及びCO2/CH4分離
理工学研究科 環境都市工学専攻  樋口 雄斗 氏
手術室環境における環境ノイズにロバストな音声認識コマンドの最適語長
理工学研究科 システム理工学専攻  矢島 拓人 氏
Basic Study on the Method of Improving the Frost Damage Resistance of Concrete by Coating Antifreeze Material
理工学研究科 環境都市工学専攻  謝 佳禾 氏
Preparation of Topological Gels by Penetrating Polymerization Using a Soluble “Molecular Net”
理工学研究科 化学生命工学専攻  中澤 祐登 氏
タンパク質認識部位を導入した刺激応答性ポリマーの設計と変性タンパク質認識挙動
理工学研究科 化学生命工学専攻  村山 果子 氏
共創 -未来へつなぐOhi-
理工学研究科 環境都市工学専攻

野瀬 匠 氏、石井 宏直 氏、宇高 裕介 氏、古川 あかね 氏
環境都市工学部 建築学科
河合 美楓 氏、下村 悟 氏、山下 大翔 氏

構造変化によって分子結合能を制御できる動的分子認識ゲルの設計

理工学研究科 化学生命工学専攻  豊島 有人 氏
 

接着とTRSを併用した鋼桁のCFRP板補強

理工学研究科 環境都市工学専攻  白石 祐一 氏
 

d4PDFを用いた将来の確率雨量の変化と下水道管きょ設計に与える影響-近畿地方を対象として-

理工学研究科 環境都市工学専攻  戸田  敦仁 氏
 


  

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2022年度 第1回研究会

 総会および表彰式の終了後、第1回研究会として八田工業株式会社 徳山信吉氏による講演を開催しました。


2021年度産学連携賞受賞記念講演 講演
演 題:「アクティブスクリーンプラズマ(ASP)の利用方法」  八田工業株式会社 徳山 信吉 氏

 2022年第1回研究会として、産学連携賞を受賞された八田工業株式会社 徳山信吉氏から、受賞課題「アクティブスクリーンプラズマ(ASP)の利用方法」についてご紹介をいただきました。堺市八田に本社を置く同社は、多種多様な金属熱処理・機械加工において新産業分野に向けての研究開発を重ねておられます。 今回の受賞では、ステンレス鋼を超極細パイプ化すると曲げ剛性が低下するという課題を、アクティブスクリーンプラズマ窒化および浸炭法により、鋼材表面に表面硬化層(S相)を形成させ、処理温度条件と硬度の関係を材料組織状態とともに詳細な研究を重ね、実用化へ大きく近づけたことが評価されました。本開発のキーテクノロジーであるアクティブスクリーンプラズマ窒化分野に蓄積された知見をもつ関西大学化学生命工学部 西本教授の参画なくしてはここまで進めなかったということ、主要なグローバル医療機器メーカーが欧米で寡占されている現状を打破するために、さらに開発を進めていくとの力強いコメントで発表は締めくくられました。


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2022年度 第2回研究会を開催 7月9日(土)

 今年度の第2回研究会は、2021年度 学の実化賞受賞記念講演を関西大学校友・父母会館2階会議室において開催し、暑い中、26名の方々にご出席いただきました。
 開会にあたり、西村会長ならびに先端科学技術推進機構長 棟安実治教授からご挨拶をいただいた後、2021年度 学の実化賞者である新宮原正三教授(システム理工学部)と廣岡大祐准教授(システム理工学部)にご講演いただきました。各講演の後に行われた質疑応答では、参加者の皆様より積極的な質問があり、会場は大いに盛り上がりました。


2021年度 学の実化賞受賞記念講演 【1】
演 題:「プロセスコストを極限まで下げた高スループット三次元積層型IC向け貫通配線(TSV)形成技術」
     システム理工学部 機械工学科 教授 新宮原 正三 氏

 新宮原教授は、日本の半導体産業が全盛の1980年代に東芝ULSI研究所に勤務し、その後、大学でも一貫して半導体の積層に関する研究を続けられ、世界に先駆けて無電解めっきによるバリアメタル形成技術や銅電極めっき堆積技術を開発されました。これらの技術による企業との取組がJSTに認められ、平成30年に予算総額が1億円を超えるプロジェクトに採択されました。新宮原教授の研究成果は日本の半導体製造の競争力を高めるものであり、「学の実化」にふさわしい実績として受賞に至りました。
 本講演では、半導体の世界市場の推移、経産省の戦略、実装技術の動向から課題、新宮原教授の積層技術について詳しく解説いただきました。
 課題はLSI の微細化・高集積化をスパッタ法やCVD法を用いず、安価に製造することです。Cuは低抵抗ですが、Si基板へ容易に拡散しシリコンデバイスの動作不良を起こすため、Cu配線とSi基板間にバリアメタル層を形成する必要があります。そこで、CoWB(Cobalt-Tungsten-Boron)合金を用い無電解めっきにより高アスペクトTSV(Si貫通配線)へ均一なバリアメタル層を低温プロセスで形成しました。さらに、CoWB上に電解めっきによりCu膜の堆積にも成功しました。また、通常TSV孔の形成はドライエッチングによりますが、これを湿式エッチングで成し遂げました。具体的には、Si基板上にエッチング触媒で微細孔のあるAu薄膜のディスク状パターンを形成し、エッチング液であるHFとH2O2の混合液に浸します。Auの触媒作用によりAuに接するSi基板の部分が溶解するため、Au薄膜ディスクにより孔が形成されます。ppmオーダーのポリエチレングリコールやラウリル硫酸ナトリウムの添加が、垂直に孔を形成するために効果的でしたが、添加剤によるエッチング速度の低下は課題です。
 これらの技術は8インチウエハでも実証済みで、実用化にはかなり近い段階ですが、めっき装置の普及が実用化のカギとのことでした。一日も早い実用化が期待されます。


2021年度 学の実化賞受賞記念講演 【2】
演 題:「材料内部の微小硬さ分布を3次元的に可視化する硬さ計測型3次元内部構造顕微鏡システムの開発」
     システム理工学部 機械工学科 准教授 廣岡 大祐 氏

 廣岡准教授と、本学・システム理工学部・古城教授、および理研・横田秀夫チームリーダーらの研究グループは、SIP(内閣府)のプロジェクトとして、工業材料内部の硬さ分布を3次元解析する新システムを開発されました。新システムの特徴は次の3点です。
 ・光学顕微鏡による断面ミクロ組織に加え、微小硬さ分布を 3 次元化
 ・コンピュータシミュレーションで正確な材料内部の応力解析が可能
 ・構造物の硬さや強度の分布を“見える化”することで、鉄鋼産業における
  製品の安全性の向上等に寄与
 本講演では、これらの特徴を中心に、廣岡准教授ご自身の専門分野や本研究の背景、および従来技術の課題等について、詳しくご講演いただきました。
 本新システムは、試料切断と光学顕微鏡観察を繰り返す従来の逐次断面切削観察システムに「微小硬さ計測部を搭載」したことによって、素材内部の微小硬さ分布を 3 次元的に可視化することができるという特長を有しています。
 工業部品の強度や疲労破壊特性は、素材内部にある析出物や混合組織の組成、形状、分布などによって決まります。これらを観察する方法としては、試験片を切断し、切断面を鏡のように仕上げてエッチングし、光学顕微鏡観察する断面観察法が活用されています。この切断と観察を繰り返す逐次断面切削観察法は、表面を少しずつ削り落としながら観察を進め、取得した複数の断面画像をコンピュータで処理することで、内部構造を 3 次元的に観察することが可能となります。
 しかし、顕微鏡観察では表面の輝度、発色の違いだけの情報に限られるため、素材内部の様子は分かっても、それぞれの構造物がどのような硬さや強度を持っているかを同定することはできませんでした。
 今回、これまでに同研究グループが開発した、鏡面加工と撮像が高精度(1μm 以下)に制御された、3 次元の画像処理までを完全に自動化した観察システムに、分解能 1nm、感度 0.1mN(≒10mgf)という高分解能なステージおよび微小力センサからなる硬さ計測部を搭載し、新たに安定的な制御方式を確立しました。その結果、鏡面加工・観察・硬さ計測を多断面にわたって実施することが可能となり、鉄鋼産業における素材および工業部品の安全性のさらなる向上などが期待されます。



2022年度 第3回研究会 特別企画 「学の実化の実践!関西大学と企業の技術展」

■学の実化の実践! 関西大学の企業の技術展

 2022年度の第3回研究会は、関西大学が大学昇格100年を迎えたことを記念し、数々の優れた研究成果を一堂に発表する特別企画として、「学の実化の実践! 関西大学と企業の技術展」と題し、10月9日(日)に関西大学千里山キャンパス尚文館にて過去の学の実化賞受賞者の特別講演会と展示会を開催いたしました。  本イベントは関西大学校友会によるイベント「関西大学フェスティバル in 関西」と同日に一般公開にて開催され、展示会では会員企業による製品等の展示のほか、本振興会の表彰事業「学の実化賞」「産学連携賞」を受賞された先生、会員企業によるポスターを展示いたしました。会場に展示されたポスターや技術展示を熱心に見学してくださる一般の方もたくさんおられ、会場は大いに盛り上がりました。








 技術展に出展・協力いただいた会員企業の皆様は以下のとおりです。

株式会社アイ・エレクトロライト
大阪冶金興業株式会社
日本シリコロイ工業株式会社
株式会社日本スペリア社
八田工業株式会社
社会福祉法人ぷろぼの

 この度の特別企画に先立ち、10月6日に日刊工業新聞に見開きにて科学技術振興会の広告が掲載されました。この広告では、過去に「学の実化賞」を受賞された先生方をはじめ、先端科学技術推進機構長 棟安実治先生、西村会長、寺内名誉会長らによる座談会の模様が掲載されました。 振興会のこれまでとこれからについてがまとめられており、大変興味深い内容となっています。

▶こちらから新聞の内容をご覧いただけます。




 会場入口付近では、学の実化賞を2015年度に受賞された化学生命工学部 教授 老川典夫先生と現在共同研究をされている大源味噌様のご協力により、老川教授と共同開発した「アミノ味噌」の展示・販売ブースが設置されました。雨のため肌寒い日だったこともあり、温かいお味噌汁の試飲が大変好評で、会場を大いに盛り立ててくださいました。





■学の実化の実践!関西大学の企業の技術展 特別講演会

 特別講演会は60名の方々にご参加いただきました。開催に先立ち、海外出張のため当日は欠席となりました西村哲郎会長(株式会社日本スペリア社 代表取締役社長)による動画でのご挨拶を放映したのち、この度の特別企画の発起人としてご尽力いただいた寺内俊太郎名誉会長(大阪冶金興業株式会社 代表取締役)よりご挨拶いただきました。

 特別講演では、学の実化賞を2014年度に受賞された日本シリコロイ工業株式会社 会長 清水孝晏様からは「関大発『シリコロイ鋼』の応用と進化」、また、2006年度、2016年度と2度にわたり受賞されたシステム理工学部 准教授 倉田純一先生からは「『学の実化』の多様性」、さらに、2018年度に受賞された環境都市工学部 教授 滝沢泰久先生からは「高精度・低コストの大規模屋内測位システムSmartFinderが拓く社会」というテーマでそれぞれご講演いただきました。


 各講演終了後には参加者の皆様より積極的かつ技術的な質問等が多く寄せられ、大変意義のある講演会となりました。






 特別講演会終了後は、関西大学先端科学技術推進機構長 棟安実治先生(システム理工学部 教授)より、閉会のご挨拶をいただき、盛会のうちに終えることができました。  本特別企画は、延べにして253名もの方々にご来場いただき、盛会裏に終えることができました。協力いただきました先生方、協力企業の皆様、およびご出展いただきました会員企業の皆様、また、ご参加いただきました一般参加者の皆様に厚くお礼申し上げます。

※各講演会は以下をご覧ください。



特別講演【1】
演 題:「関大発『シリコロイ鋼』の応用と進化」
     日本シリコロイ工業株式会社 会長 清水 孝晏 氏/ 2014年度学の実化賞 受賞

 ステンレスは耐食性や強度を向上させるために、主成分である鉄にクロム、ニッケル、炭素などを混ぜた合金鋼です。焼入型は焼入れによってマルテンサイトという固い基質が形成され、焼きもどすと合金元素が炭素と結合し強度がアップしますが、炭素が少ないと柔らかくなり強度は低くなります。また、ケイ素(シリコン)は溶鋼中の脱酸剤として有効な元素で耐熱性は上がりますが、添加限度を超えると脆くなります。「シリコロイ」は、強度を高めるために炭素含有量を下げて、ケイ素を添加しています。シリコン合金(Silicon Alloy)から関西大学 故太田雞一名誉教授が“シリコロイ”と命名されました。  
 日本シリコロイ工業株式会社 清水孝晏会長のご講演では、このシリコロイの開発の経緯、特性、特徴、製品例について詳細にご説明いただきました。
 鉄鋼へのケイ素添加の研究の歴史は古く、戦時中の物資が不足している時代、国内に比較的豊富に存在するケイ素を、太田名誉教授が鉄鋼を強靭なものにするために使用したことに始まります。当時からケイ素の含有量を上げると鉄鋼は脆くなることは知られていましたが、炭素の含有量を極限まで下げる(0.02%以下)ことでケイ素の含有量を高め(4%)、優れたステンレスとすることに成功しました。
 析出硬化系のA2が基本のシリコロイとなりますが、用途別に耐食性、耐熱性や硬度をさらに強化した製品もラインアップされています。シリコロイ鋼の製法の特徴として、ローラーでは溶体化熱処理化と時効硬化によって析出硬化させることで高い硬度と硬化深度(熱処理が特許化)が得られています。日本道路協会の超大橋の支承部のローラーと支圧板(認証番号C-13B2)・蒸気安全弁用弁棒・製鉄所連続鋳造用ローラー・球面ベアリングなどに採用されています。阪神大震災では橋脚が倒壊し支承が破損してしまいましたが、シリコロイ(C-13B2 740橋)のローラー関係は無傷でした。
 その他の製品例として、トータルバランス(高強度・耐食・耐熱・耐摩耗)に優れ、特に耐食性(シリコロイB2)に優れるところから液体塩素圧縮機、また発電所用脱硫装置の撹拌用スクリュー、東京電力・福島原発のタンク用ボールバルブなどに採用されています。さらに、環境用素材としての応用に期待されています。
 近年、開発に注力しているのはシリコロイA2金属微粉末です。3Dプリンター用においては世界最高強度の金属微粉末であり(ドイツ特許取得)、大阪冶金興業株式会社と関西大学化学生命工学部西本明生教授との共同研究の金属3Dプリンター用微粉末にも使用されています(2021年度第4回研究会にて講演会と見学会を実施)。また、水素社会の到来に対して超低温素材としてシリコロイDタイプの実験も行われています。これらが関大発の新素材として鍛造品・鋳造品として進化することも大いに期待されています。

 関西大学 学術フロンティア・コアの北側に太田名誉教授の退職記念碑があり、そのモニュメントには鋳造シリコロイが、碑には圧延鋼材とパイプが使用されており、「関大メタル」として紹介されています。溶鋼時の流動性に優れているため、複雑な文字が見事に浮かび上がっています。是非、一度、ご覧ください。





特別講演【2】
演 題:「『学の実化』の多様性」
     システム理工学部  准教授  倉田 純一 先生/ 2006年度、2016年度学の実化賞 受賞

 この度のシステム理工学部 倉田純一准教授の特別講演では、1958年に「大学と企業との連携」を目に見える形にしようと創設された工学部と1964年に中小企業の相談役を担う存在として設置された工業技術研究所、更に産業界との情報交換の場である賛助員会の紹介から始まりました。時は流れ、工学部はシステム理工学部、化学生命工学部、環境都市工学部の三学部に再編、工業技術研究所は先端科学技術推進機構へ、また賛助員会は科学技術振興会に名称変更されています。組織や名称が変わっても、その中心には関西大学の学是である「学の実化」があります。この理念のもと、倉田准教授は社会との接点として積極的に展示会に出展し、学会に留まらず研究成果を社会に披露することにより、多くの人の意見を聞き、反応を確認して自らの研究に反映してこられました。

 2006年に「学の実化賞」を受賞した「知覚色情報を用いた同色布判定装置の開発」は、色を追尾するロボットの研究がベースになっています。ロボットを展示会やイベントに出展したところ、追いかけてくる円筒形の無機質な姿に泣きだす子もいたとか。このような子どもたちの反応から外観の重要性を思い知らされたそうです。また「愛・地球博」での次世代ロボット実用化プロジェクトでは3000万円の研究費を目指すも残念ながら不採択。ところが採択されたロボットは倉田准教授の提案したロボットに酷似していました。このように研究の過程では、幾多の苦労や口惜しいことがあったそうです。

 機械工学から始まった研究は、高度な福祉を求める社会課題に対応するためのQOLの改善へと進んでいきます。バリアフリー展に毎年出展し、利用者の生の声を収集する地道な活動は、文部科学省の学術フロンティア推進事業の採択へと繋がります。吹田市千里山月が丘に実証実験住宅として拠点をおき、生活支援工学でのものづくりを具現化した「QOL向上を目指す足踏み式車いす」で2016年に2度目の「学の実化賞」の受賞に至ります。その姿勢は外部からも評価され、文部科学省から東南アジア教育大臣機構(タイ国)における社会連携に関する講演を依頼されています。

 「いつ」「だれが」「どこで」「何を」「どのように」「何のために」技術を使うのか。社会連携の第一人者となった倉田准教授は、「学の実化」の方法は多様である、と述べています。25年もの間、社会連携活動に邁進してきた倉田准教授ならではのお言葉でしょう。

 そして2023年4月、研究から実業の世界へ。かつての教え子が起業したORAM株式会社のCTOとしての活動に専念される予定です。「機械はヒトのためにある。ヒトの困りごとを機械で解決する。」この信念のもと、研究成果を実化していく倉田CTOとしてのご活躍を期待しております。






特別講演【3】
演 題:「高精度・低コストの大規模屋内測位システムSmartFinderが拓く社会」
     環境都市工学部 教授 滝沢 泰久 先生/2018年度学の実化賞 受賞

 特別企画として開催された本研究会での最終講演として、環境都市工学部 滝沢泰久教授にご登壇いただきました。

 GPSが機能しないショッピングモール、地下街、病院、オフィス、工場、空港など大規模屋内施設において人やモノの位置情報を取得することは、安全性、利便性、効率性を高めるソリューションを提供するために必須であり、これまで様々な技術が提案されてきましたが、コストが高く、また精度も悪いという欠点がありました。今回の特別講演で紹介された技術は、無線通信技術とAIアルゴリズムを組み合わせたもので、先の課題を解決した画期的な屋内測位技術です。

 滝沢教授は前職の民間企業 の研究員時代から、無線ネットワークのメディアアクセス制御や経路制御を理論から実装まで幅広い研究に取り組んでこられました。その中で無線通信を行なう端末同士の隣接関係のみを用い、AIアルゴリズムのひとつである自己組織化マップを適用することで無線ネットワーク上の各端末の位置を低コストで高精度かつ瞬時に求めることに成功し、この技術を SmartFinderと名づけられました。2016年には、SmartFinderを用いた屋内測位システムのビジネス提案がJSTのSTART技術シーズ選抜育成プロジェクトに採択され、スマートフォンを用いた実証実験に成功。また、2018年には、当振興会 学の実化賞を受賞し、さらに総務省SCOPE重点領域型研究開発(2年枠)に採択され SmartFinderのさらなる高精度化、省電力化とともにオフィス、エ場、建設現場での実証実験を目指して研究開発を進めておられます。また、2019年2 月には、SmartFinderを社会実装することを目指した関大発ベンチャーPhindex Technologies社を設立し、取締役CROに就任、関西大学起業資金支援制度から出資を受けることが確定しました。

 Phindex Technologies社は、「いつでもどこでも居場所のわかる位置情報ビッグデータ+AIで世界一の位置情報プラットフォーマー」を目指し、非常に強い技術的優位性をもつSmartFinderを核に、測位対象デバイス、屋内測位クラウドシステム、及び位置情報利用システムの製品群を備えています。生産活動の90%は屋内環境で行われているため、この活動を高度化・効率化するには人やモノの屋内位置情報が必須といえます。しかしながら、大量の測位設備(定点ビーコン)や地磁気に関する綿密な環境計測と環境変動による再計測が必要な既存の屋内測位技術では、コスト(初期投資、維持管理費)が膨大になります。そこで、Phindex Technologies社は、「どんな無線ノードにも、どこにでも適用可能」で、しかも「高精度」な測位アルゴリズムを備えるSmartFinderを武器に、デバイスベンダ、SIer、及び施設運営企業へのB2Bサブスクリプションに向けたビジネスモデルの確立に取り組んでおられます。

 今後のPhindex Technologies社および滝沢教授の研究には大きな期待が寄せられています。



2022年度第4回研究会 企業見学会を島津製作所にて開催! 11月25日(金)

 株式会社島津製作所(以下、島津製作所)の歴史は古く、初代島津源蔵氏が京都・木屋町で教育用の理化学機器の製造を始めた明治8年1875年に遡ります。初代源蔵氏は1894年に55歳で急逝し、長男梅次郎氏が25歳で二代目島津源蔵として家業を継ぎました。今回の見学会は、創業の地である創業記念資料館を訪問し、鋭い洞察力と旺盛な好奇心の持ち主であるこの島津源蔵親子の発明家、実業家としての偉大さと島津製作所の歩み即ち日本の近代科学技術の発展を学びました。また、三条工場・サイエンスプラザでは最新の製品群の紹介と、ヘルスケアR&DセンターKYOLABSにおける協業活動について詳しい説明を頂きました。







■島津製作所 創業記念資料館

 初代源蔵氏が実際に居住し、本店としても使用されていたもので、館内には創業以来、製造販売されてきた理化学機器などが多数展示されていました。明治初めの時代背景が、初代源蔵氏の理念に大きく影響したこと、また木屋町二条界隈は京都の殖産興業、科学振興の中心地で、理化学の授業と実業の指導をした京都府が設立した理化学研究所(舎密局)や琵琶湖疎水を利用した発電所の存在などが、製品開発に大きく影響したようです。 多くの製品が展示されていた中、特に印象深いものについて紹介します。


●1877年:日本初の有人軽気球の飛揚に成功

 1877年(明治10年)に初代源蔵氏は、京都府から有人気球の製作を依頼されます。当時の日本に、気球はまだ存在しません。引き受けた源蔵氏は渡された絵図を頼りに製作に取り掛かりました。気球に入れる水素ガスは、酒蔵の仕込み樽に鉄くずと希硫酸を投入して水素ガス発生装置とし、絹の薄い布にエゴマ油を塗ってガスが漏れないようにしました。気球は完成しましたが、大きな問題は、誰が乗るのか?ということです。そこで、従業員で一番小柄な男性が選ばれ、京都御所で多くの歓声の中、気球は36mの高さまで無事揚がりました。この成功は、島津源蔵氏の名を一躍広めることになったとのことです。


●1896年:X線写真の撮影に成功

 ドイツのレントゲン博士がX線を発見したのち、レントゲン博士とドイツで共に研究を行った京都・第三高等学校(現在の京都大学)の村岡範為馳教授もX線の研究を開始しました。X線が生じるには直流の高電圧が必要なため、電源設備のある島津製作所で実験を行うことになりました。実験は何度も失敗しましたが、二代目源蔵氏が15歳の時に作製したウイムシャースト感応起電機を改良した発電器を使用して、ついにX線撮影に成功しました。レントゲン博士がX線を発見してからわずか11か月後のことです。その後、島津製作所は国産第1号となる医療用X線装置を世の中に送り出しました。この当時、X線で被爆する概念はなく、犠牲者が出たそうですが、そののちに、島津製作所はX線の正しい知識を持ち、装置の操作を修得するための学校を開設しました(現在の京都医療科学大学)。


●1897年:蓄電池の初の工業生産開始

 明治の中期、機械が手動から電動の時代に移ったころ、発電設備が充分でなく、蓄電池の需要が伸びていました。そこで源蔵氏も外国製を参考に蓄電池の開発に着手。蓄電池で最も重要な材料である高品質の鉛粉を簡便に製造する方法を見出し、鉛蓄電池を完成させました。これが日本の蓄電池の工業生産の始まりであり、GSブランドの立ち上げとなりました。この技術は「ジーエス・ユアサバッテリー」として引き継がれていますが、GSが島津源蔵氏のイニシャルであったとは、これも驚きです。


●人体模型からマネキンの製作

 教育用理化学器械の製造から始まり、やがて精巧な人体模型を製作するようになります。この技術をベースとして1925年にマネキンの生産を開始しました。マネキンは紙に樹脂を塗ったもので、軽くて耐久性に優れ、展示されていたものは傷みも少なく保存状態は良好そうでした。最盛期には全国生産の85%以上のシェアを誇っていたとのことです。


 資料館の案内に、《ようこそ、創業の地へ「科学技術で社会に貢献する」精神を今に伝える》とありましたが、まさに島津源蔵氏の精神を今も継承されています。








■三条工場・サイエンスプラザ

 サイエンスプラザでは、分析計測機器・航空機器・産業機器などの代表的な製品を展示し、社会でどのように活用されているかを産業分野ごとに、以下のように紹介されていました。

 この施設の見学では「どんなものでも徹底的に測り、そして見える化する」ブレない姿勢が伝わりました。

PCR検査に用いられる遺伝子解析装置

1.液体クロマトグラフ質量分析計
2.機能的近赤外分光分析法(fNIRS)

1台で4検体同時測定可能/2時間程度、コンパクトでクリニックなどを中心に使用 1.血液中の微量成分を測定、
2.脳の血流を可視化し認知症の評価に使用

液体クロマトグラフ

ガスクロマトグラフ質量分析計

医薬品中の有効成分や不純物などの量を測定、コンパクトで省スペース 食品分野では、農作物中にごくわずかに含まれる多数の残留農薬を一斉分析

オンラインTOC計

マイクロフォーカスX線CTシステム

工場排水などをモニタリングし、排水による有機汚濁を未然防止 病院などで使用されるX線CTと同じ原理の工業・産業分野用の非分解内部観察・解析

材料試験機

エネルギー分散型蛍光X線分析装置EDX

樹脂、金属、建物を支える柱等の引張試験などの強度評価、100年以上にわたり製造 製品表面付近の元素(例:鉛や水銀などの特定有害物質)の種類と量を迅速&簡便測定

航空機搭載部品や産業機器

建物、道路、鉄道分野などで使われる
インフラ基盤を支える試験機

機体姿勢などを制御するフライコントロールシステム、フォークリフト用のギヤポンプ 高さ20m以上、最大3,000トンの力でコンクリート柱などを試験








■三条工場・ヘルスケアR&Dセンター KYOLABS

 大学や公設のインキュベーション施設等ではよく見聞きする活動を、単独の企業が行っているという点が、島津の島津たる所以であると感じます。
 このラボは以下4つの機能を備えています。

コワーキングラボ:アイデアが深まり「ちょっと実験」できるオープンラボ

共同研究のほか、さまざまな研究・実験に利用可

協働ラボ: 共創パートナーが常駐でき、上階の島津社員と連携

・NARO島津ラボ:農研機構と食を起点にした健康社会の構築を目指す
・LC-Ramanシステム:競合の堀場製作所と「わける」と「みえる」を持寄り

交流エリア:来訪者と一緒にディスカッションやワークショップに利用可

セミナーや講演会等のイベント開催、アイデア創出に向けた対話や人脈形成促進等々

展示エリア:「こんなことをやっている」「こんなことをやろうとしている」を展示

特に、次の4つの研究分野を切り口に、アドバンスト・ヘルスケアへの取り組みを紹介
「脳とこころ」、「がん・生活習慣病」、「細胞解析」、そして「食を支える技術」








分光光度計、ガスクロ、液クロなど、製品群について比較的知名度の高い企業、との認識のもと、訪問しましたが、これまでの知識はほんの一部分であり、驚きと感銘の連続であり、非常に有意義な見学会となりました。



◆科学技術振興会では新規会員を募集しております。入会のご案内はこちらをご覧ください。




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