KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

大学併設校 だからこそできる学び~初等部・中等部・高等部の一貫教育

学び

ー学ぶ楽しさ、考える力を引き出すー

/教育ジャーナリスト おおたとしまさ
/関西大学初等部 校長 長戸 基
/関西大学中等部・高等部 校長 松村 湖生



 2010年 4月、高槻ミューズキャンパスに関西大学初等部・中等部・高等部が開校し、初等教育から高等教育までの一貫教育体制が完成した。開校時に初等部 1期生として 3年次に編入学した子どもたちは、現在、大学 4年次生。いよいよ社会に羽ばたいていこうとしている。そこで、今回は教育ジャーナリストのおおたとしまささんを高槻ミューズキャンパスにお招きし、初等部の長戸基校長、中等部・高等部の松村 湖生校長との座談会を開催。開校時から追い求めてきた教育の現在地、大学の併設校ならではの可能性を語り合った。


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同じ校舎で過ごす 12年

おおた
 実は、以前、取材でここにお邪魔したことがあります。下から見上げるとオフィスビルのような佇まいで、綺麗に整っていて、一般的な校舎のイメージとはずいぶん違いますね。

長戸

 小中高が一つの校舎に入って、教員も児童・生徒も自由に行き来ができるとてもいい環境だと思っています。初等部は1階から5階。1学年2クラスで、クラスとクラスの間にオープンスペースがあって、そこで学年全体の活動もできます。ビルのような雰囲気ですが、息苦しさは感じません。

おおた

 高層の校舎という条件下で、いろいろな工夫がされているんですね。

松村

 私は開校準備の段階から委員として携わってきました。当時は、初等部から高等部までの教員が一つの部屋で仕事をし、意見を交わし、相互に関わりながら、新しい一貫教育を創り上げていくんだということを語り合いましたね。

おおた

 本来は小学校から大学まで切れ目なく接続されている姿が理想なのですが、日本の教育行政は学校種が分断されてしまっているのが現状です。かつて、話題となった大学入試改革も、高大接続をどうするか、そこにある課題を突き崩すことがもともとの目的だったのですが、結局は内容が形骸化し、目的がはっきりしなくなってしまいました。小学校から大学までがスムーズに接続される本来の姿が、ここでは可能なのではないでしょうか。国レベルでは難しいことが、一つの学園という単位だからこそ実現できるのだと思います。
 今の日本の教育は、横並びで均質であることを優先して設計されていると思います。それとは異なるかもしれないけれど、私学なら法人単位で、地域なら地域単位で、それぞれにきちんと理念があれば、横の均質性よりも、縦の一貫性とか合理性を優先してもいいのではないでしょうか。一定レベル以上の教育をどこでもできる、教育文化や資産がある日本社会ならば、それが実践できる状況は揃っていると考えています。


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長戸
 理念と言えば、関西大学は学是に「学の実化」を掲げています。学の実化とは「学理と実際との調和」、「国際的精神の涵養」、「外国語学習の必要」、「体育の奨励」を提唱したもので、幼稚園から大学まで一貫した理念です。

おおた

 その理念を常に社会に照らし合わせ、今に生かす行動をしていけば、関西大学は関西大学として常に変化していくことができるはずです。けれども、今の日本では、これからの時代を見据えて学習指導要領を改訂しようと検討を重ねているうちに時代が変わってしまう、みたいなことを繰り返してきました。やはり、もっとスモールユニットで、現場が肌で感じている変化を、すぐに教室にフィードバックできるような形にしていかないといけません。そこには当然、トライアンドエラーのエラーも含まれてくるとは思います。でも、そうやって進化していくのが、教育の本来あるべき進化の姿。教育は生き物です。システムで変えていくのではなく、自然な適応力によって変わっていくやり方で、人間の身体が新陳代謝していくように、気づかないうちに変わっていきます。教育は本来、そうあるべきだろうというのが、私の基本的な考えです。

 『大学付属校という選択』を書いたときは、高大接続改革、大学入試改革の雲行きが怪しくなってきた頃で、システムでガラッと全国一斉に教育を変えようというやり方自体が、教育のあるべき姿と相反した操作なのではと感じていました。そこで着目したのが大学の併設校や付属校でした。そこに、部分的ではあるけれど、高大接続改革や大学入試改革のめざす完成形があるじゃないかと。これを全国展開していけばいいのではないかという発想で、あの本を書きました。


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おおたとしまさ著「大学付属校という選択」日経プレミアシリーズ

成長を細やかに、長期的視点で見守る

松村
 本校は中・高等部が一つの職員室で、一人の教員が中高両方の授業をすることは珍しいことではありません。部活動も中・高等部で一緒に取り組んでいます。その点では、中・高等部は一体感がありますが、だからこそ初等部との接続をより良くするにはという課題がずっとあります。

おおた

 一つの組織で、限られた規模の中で実践していても、やはり難しさがあるってことですね。

松村

 初等部と中・高等部との接続をよくするために、それぞれの教員が双方の授業を実際に見る機会をもっと増やしたいと考えています。初等中等教育12年間のどのタイミングで成長するかは、子ども一人ひとりで異なります。子どもが伸びるそのタイミングをとらえてサポートできるのが一貫教育の良いところの一つだと思うんです。日ごろから、長戸先生ともより良いカリキュラムについて話し合っています。

おおた

 カリキュラムは大枠を設計しておけば、あとは現場の先生方が日常的な対話の中で相互の教育観を認知していくだけで、肌感覚で擦り合わせが進み、子どもたちの変化に合わせた対応も一貫してくるだろうと思います。先生同士がざっくばらんに価値観をぶつけ合って、理想の教育論みたいな気恥ずかしい話題を素直に語り合えるようなこともここならばできます。それは他校ではまねができないことじゃないでしょうか。


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おおたとしまさ

相互の擦り合わせを積み重ねて

松村
 初等部の授業を見学すると、「初等部の子どもたちはここまで学んでいるのか」と驚くこともあります。初等部で得た知識や学びを中・高等部でどのように昇華させるか。目の前にいる子どもたちの数年先を想像しながら、考えることができますね。

おおた

 初等教育では目に見える具体的なことがらを考える学びをします。中等教育では全く同じことを抽象のレベル、つまり、リンゴの個数のような具体的な数ではなく、XやYのような文字式が出てきたり、水がH2Oで表わされたり、実際に目に見えないものになっていくわけじゃないですか。具体のレベルで一回学んだことを、抽象のレベルでもう一回学ぶ。ピアジェ※は具体的操作期と、形式的操作期という言い方をしていますが、まさにそれは初等教育と中等教育に対応しているのだと思います。初等部と中・高等部が相互にもう一歩踏み込んで授業内容を理解した上で、具体のレベルで学んだことを今度は抽象のレベルで学ぶというふうに結びつけて実践しやすいのが、貴校のような一貫教育校だと思います。

松村

 初等部は具体を、中・高等部で抽象を扱うとして、では、初等部で抽象的な概念を学んではいけないのかというと、そんなことはありません。私も長戸先生も理科の教員ですが、具体的、体験的なものを「見える理科」と呼んでいます。たとえば、初等部では「見える理科」が8割、2割ぐらいは「見えない理科」を入れてもいいのか。このさじ加減については議論になります。おおたさんがおっしゃるように、そこは肌感覚で擦り合わせていくのがよいかもしれないですね。

おおた

 そうそう、その積み重ねが大切だと思います。


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松村 湖生 ─まつむら こお

成長の段階に合わせた適切な学習内容を

おおた
 小学校で時計の読み方を習うのは何年生ですか?

長戸

 1年生ですね。

おおた

 恐らく小学校入学前の子どもだと、まだあまり時間という概念がありません。だから、形式的に読み方だけを習っても、体に染み込みにくいのです。中等教育においても、中学1、2年生のときの抽象度の理解力と、それ以降とは違うということは、既に発達心理学で明らかになっています。だから、先取り教育は子どもにとって単なる詰め込みになってしまいかねません。本当に彼らの身につくのか、血となり肉となるのかというと、必ずしもそうではないのです。

長戸

 学ぶべき学習内容を学ぶべき年齢は当然あって、学習指導要領はその点を考慮して合理的に設計されていますが、私たちは一貫教育校なので個々の状況に合わせたタイミングで柔軟に教育できると考えています。

おおた

 確かにそうですね。

松村

 実は、私も中等部の授業で高校の学習内容を試行的に教えたことがあります。その時は、生徒の反応を見て、すぐにやめましたが。だけど、そのトライ自体が大切だと思っています。

おおた

 トライアンドエラーの中でそれぞれの先生が子どもにとって適切な年齢と学びを実感する。そういう実感は言葉にしなくても、実際に一緒にいる先生同士だからこそ共有できます。初等教育から中等教育へどのように移行していくのか。教育カリキュラムの迅速で細やかな調整も、児童・生徒と先生、先生同士の生身の人間のぶつかり合いがあるスモールユニットでしか実現しないのではないかなと思います。


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長戸 基 ─ながと もとい

初等部・中等部・高等部に共通する「考える力」

長戸
 スモールユニットとしては、初・中・高等部は特に思考力の育成に力を入れています。さまざまな学校で思考力の育成に取り組まれていますが、初等部はこのような手法でこのような力をつけるということを明確に示している数少ない学校です。その具体的な手法が「ミューズ学習」。一言で言うと、思考をスキルととらえ、シンキングツールを使って考え方を具体的に教えています。シンキングツールは各教科で共通して使うであろうというものを6つ厳選し、子どもたちはそのシンキングツールを使うことで、考え方としての思考スキルを体験的に身につけていきます。この初等部で培った思考スキルを、中等部の「考える科」でさらに高め、高等部の「探究学習」につなげていきます。


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松村
 中等部の「考える科」では、ディスカッションやプレゼンテーションなどの基本スキルを習得します。例えば、折り紙の折り方を言葉だけで相手に伝えるという授業などもあります。どんな言葉を選べば相手に正確に伝わるか、とにかく文章力や表現力を鍛えていきます。「考える科」では豊富なコンテンツを用意し、そこで鍛えた力をもとに教科学習でも実践し、総合的な学習の時間で課題解決型のプロジェクトにつなげていきます。 高等部の「探究学習」は他校にはない特色と自負しています。自分で課題を見つけ、情報を収集し、比較し、構造化し、また評価して一つの結論を導き出します。そして、その集大成として1万字の研究論文にまとめます。

おおた

 6年間の「ミューズ学習」では、どのような状態になるのが理想だとお考えですか?

長戸

 「ミューズ学習」で学んだ思考スキルを教科、総合、道徳といった学習場面だけでなく、日常生活でも活用できることが理想です。そのためには「ミューズ学習」で必要に応じて、適切なツールを選択して、考えをまとめ表現することを積み重ねることが大切です。

おおた

 6つのシンキングツールを学ぶことによって、情報や思考の整理の仕方があると分かったら、子どもたちはもしかしたらこんなシンキングツールも作れるのではないかと自ら新しいツールを考えるようになるかもしれません。既存のものだけで考えさせるのではなく、そこから新しいものを創り出すような子どもを育てることも必要ではないかと考えます。

長戸

 確かに子どもたちが新しいツールを創ることもありますが、本校では、思考スキルを習得することが目的ではなく、それを教科等で活用することを大切にしています。また、「ミューズ学習」をベースとして、次の一歩を踏み出すために、「自分の追究したいことを自由に追究する」ための手立てとして、全国に先駆けて、STEAM(Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics)教育に取り組んでいます。
 経済産業省の「STEAMライブラリー」では、本校の「STEAM化ごんぎつね」が紹介されています。これは、国語の教材として取り上げられている『ごんぎつね』をテキストに、理科や社会科の観点からもアプローチするもので、子どもたちがさまざまな視点で学びを深めていくことを期待したものです。


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一貫教育は人の中に軸をつくる

松村
 中・高等部は初等部との接続だけではなく、大学との接続にも、一層、力を入れていきます。初等部と同じように大学の教員とも肌感覚で教育観を共有し、初等教育と高等教育の間をスムーズに接続する中等教育のモデルとなるような学校にしたいですね。

おおた

 私学の一貫教育というのはきっと、一人の人間の中で軸を作ることだと思うんです。うまく接続する、カリキュラムの無駄をなくすとかではなく、どんな教育観や価値観を持ってカリキュラムを策定し、運用していくか、そこに私学における一貫教育の意義があるのだと思います。


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※ジャン・ピアジェ(1896~1980年)・・・スイスの心理学者。子どもの認知の発達を「感覚運動期(0~2歳頃)」「前操作期(2~7歳頃)」「具体的操作期(7~11歳頃)」「形式的操作期(11歳頃以降)」の4段階に分類した「認知発達論」を提唱した。




出典:関西大学ニューズレター『Reed』74号(9月22日発行)


おおたとしまさ
教育ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。東京外国語大学外国語学部中退、上智大学外国語学部卒業。株式会社リクルートを経て、2005年に独立。育児、教育、中学受験などに関して、幅広いメディアで寄稿、出演。講演活動も行う。心理カウンセラー、中学、高校の教員免許を持つ。私立小学校の教員経験もある。『大学付属校という選択 早慶MARCH関関同立』(日本経済新聞社)など著書多数。最近刊は『人生で大切なことは、ほぼほぼ子どもが教えてくれた。』(集英社文庫)。