Farm to Table おいしく健康に~食と自然のサスティナブル~
関大人
ー食と自然が持続的に循環するビジネスモデルを目指してー
/株式会社 KIMIYU Global 代表取締役 松本 達也さん(法学部 1997 年卒業)
平日のランチタイムにもかかわらず、開店と同時にほぼ満席となる人気レストラン「BELLA PORTO」。自社農園の新鮮な野菜がおいしいと評判の大阪・中津にある店だ。この店を含めて大阪市内で6つ(2023年3月現在)の飲食店を展開するのが株式会社 KIMIYU Global代表取締役の松本達也さん。店の経営や自社農園での農業だけでなく、近郊の農家や酒蔵などにも積極的に足を運び、地産地消や無農薬野菜の魅力を伝える。
「あなたの喜びが僕たちの喜び、あなたを大切にしたいという思いを込めて"君"と"You"を組み合わせたのが社名の由来。漢字では、お客様の喜び、自然の美しさ、人の結びつきを表す『喜美結』と書きます」と明るい笑顔で語ってくれた松本達也さん。大学では法学部に在籍し、国際法のゼミに所属した。将来は海外での活躍を目標に、英語力を磨くため、学術研究会の英語研究部(ESS)での活動にも力を入れていたことから、英語ディスカッション大会の全国大会に出場した経験を持つ。そんな中、留学から帰ってきた先輩との会話をきっかけに、交換留学への関心が募った。友人たちが就職活動に励む中、どうしてもその流れに乗り切れず迷っていた松本さんは、4年次生の夏、交換留学でアメリカに渡った。
留学先は名門ジョージ・ワシントン大学。世界中から集まる学生たちと同じ学生寮で過ごした。そこで衝撃を受けたのは、彼らの明確な目標と意識の高さ。「将来は大統領になりたい」「今は法律の仕事をしているが、政治を学び直す」という会話が飛び交う中で「達也は将来何をするんだ?」と問われても何も答えられなかった。勉強して大学に入学し、英語を学んで世界を見てみたいと意気込んで留学したものの、その先の明確な目標がない......自分は何なのか? 将来は何をしたいのか? 自問自答が始まった。
1年間の交換留学を終えて帰国し、卒業後は大手総合商社に4年半勤務した。その後、起業のための経営ノウハウを学ぶために、コンサルティング会社に転職。飲食業のクライアントも担当していたこともあり、飲食業経営について学ぶことができた。元々、食べることや人と話すことが好きだった松本さんの目には、飲食業経営が魅力的に映った。
「留学中に投げかけられた『お前は何がしたいのか?』の問いに、胸を張って答えられるようになりたいとずっと考えていた。そしてたどり着いた答えが、「0」から「1」を生み出す仕事。独立するなら365日24時間働く覚悟だったので、本当に好きな飲食の世界で頑張ろうと決めました」。
お店のコンセプトは、"おいしくて体に良い料理"。開店から特にこだわったのは素材選びだ。それは、味の良い料理を提供したいという思いだけではなく、自身の無毛症という先天性の疾患も関係している。「無毛症は発症のメカニズムが解明されていない疾患です。だからこそ、人の体に取り込まれる食べ物、つまり、僕たちが提供する料理はいつかお客様の体の一部になるということを考えなければいけません」。
そこで、素材を一番知る生産者から学ぼうと考えた松本さんは、ある農家を訪れた。それが高知県で無農薬野菜を手掛けている山下農園だった。「栽培だけではなく、農業全体や畑周辺の環境循環に関することまで、丁寧に説明してくれました。そして、生えていた水菜をちぎって『食べてみ』と(笑)。うまみがあって、ものすごくおいしかった。これだ! と思いましたね」。
そして2006年、大阪・梅田に同園の無農薬野菜を前面に押し出した創作和食料理のお店をオープン。しかし、それは"産直"という言葉が世間にようやく知られ始めた頃。魚や肉ではなく、野菜にこだわるような店はあまり注目されなかった。都心にもかかわらず、人通りの少ない路地裏にある9坪の小さな店は、開店からしばらく赤字続きだった。
しかし、素材にこだわり続けた料理のおいしさと手頃な価格設定、松本さんの気さくな人柄で店の評判は口コミで徐々に広まり、メディアの取材を受けるほどの人気店に。3、4カ月先まで予約が取れないほどであった。
店を続けていくうちに提供する料理は徐々に無化調、無添加に、ソースやドレッシングも既製品でなく、原材料が分かる店独自のものを作るようになった。しかし、松本さんが生産者を訪ね、生産の経験値や素材の知識を高めて、思いを強める一方、他の社員たちにその気持ちはなかなか浸透しなかった。「素材にこだわったお店なのに、その良さや生産者の思いを伝えられるのが僕一人だった。だから、社員も一緒になって野菜づくりを体験して思いを共有し、その収穫物を店で提供できるようなシステムを考え始めたんです」。
大阪近郊の八尾市にある休耕地を借り受け、自社農園「KIMIYU農園」を開始したのは今から約3年前。最初はあまり乗り気でなかった社員たちも、今では交代で農園に出向いて積極的に農作業に従事している。野菜づくりを実際に体験することで、社員たちも自身の言葉で素材の良さをお客様に伝えられるようになった。
SDGsへの取り組みが活発になるにつれ、健康や安全、環境保全などへの志向の高まりを感じるようになった松本さん。入社を希望する若い人たちからは、「料理を作りたい」「飲食店で働きたい」という動機にプラス「農業をしてみたい」という声が増えてきたことを実感しているそうだ。松本さんの理想は、生産者と飲食店をwin-winの関係でつなぐこと。「近郊の農園が抱える課題の一つが休耕地。一方、独自の農園を持ちたいと考える飲食店が多い。弊社が双方の課題を解決し、かつ収益がアップするモデルケースの一つとして、このスタイルを広めていきたいですね」。
「学生時代の留学経験が僕の人生に大きく影響したのは間違いありません。世界にはより高みを目指す貪欲な人がたくさんいます。日本の若い人には、すべてが整った国内に留まらず、まずは海外に飛び出してほしい。そして、いろんな世界を味わって、自身の視野を広げてほしいですね」。