KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

「視野を広げたい」と一念発起。看護師から研究者へ

関大人

/総合情報学研究科 総合情報学専攻 博士課程後期課程2年次生(取材当時) 髙橋えりさん



 快活で親しみやすく、柔らかな語り口。「学究の徒」の硬いイメージとにわかに結びつかない髙橋えりさんは、総合情報学研究科の博士課程後期課程で学ぶ大学院生だ。総合情報学部入学から8年。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「次世代研究者挑戦的プログラム」にも選ばれた成績優秀者でもある。もともと看護師だった髙橋さんが「学び直し」を決めた経緯を聞いた。

背中を押してくれた言葉

 髙橋さんは、大阪大学医療技術短期大学部を卒業後、病院や看護学校の教員、訪問看護ステーションなどで、看護師としてのキャリアを積んだ。

 そんな中、実習指導などで患者や家族と接するうち、医療だけでは対応しきれないことがあると感じるようになった。「例えば、精神・知的障害のある人たちは、貧困と密接な関係があり、医療だけでなく、社会制度で何とかしないといけない面がある。そんなこともあって、もう少し勉強したいと思うようになりました」。

 自らの視野を広げたいという思いだったが、迷いがなかったわけではない。その頃、学生時代に所属した水泳部の先輩と話す機会があった。先輩は大学を卒業後、エンジニアとして勤めたメーカーを60歳目前に早期退職し、エベレスト登山への準備で運動機能の勉強をするため、改めて信州大学に入り直していた。「まだ若いんだから、いくらでもやりようがあるよ」。当時、40代後半だった髙橋さんの背中を押したのは、その先輩からの一言だった。夫も賛同してくれた。

世代の異なる学生とともに学ぶ生活

 関西大学総合情報学部を選んだのは、社会人対象の入試があり、学際的なカリキュラムでいろいろな分野が学べることに魅力を感じたから。短期大学での修得単位を読み替えるのは、当時のシラバス等を揃えることも難しく、思い切って1年次生から始めることにした。

 「体力には自信があります」と言うように、学部の時は毎日、電動自転車で自宅から往復1時間半近くかけて通学した。「周りの学生と一緒にお昼を食べたりしますよ」と、年齢差を気にする様子はない。また、学内の「ライティングラボ」でチューターとして、レポートや論文など文章作成に関する学生からの相談にも応じている。「キャンパスを掃除する女性から『暑いから気をつけてと声をかけてくれる学生が何人もいる』と聞きました。関大は心が優しい学生が多いと思います」。

 学部では好きなことを幅広く勉強していたが、もっと深く専門的に勉強したい気持ちが生まれ、大学院進学を考え始めた。これは想定外だったという。「4年分の学費は用意していましたが、大学院まで行くことは考えていませんでした」。仕事をしながら通うことも考えた。だが、夫が「やるなら中途半端なことはせず、ビシッと集中した方がいい。学費のことは心配するな」と後押ししてくれた。

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学部卒業式で友人たちと記念撮影(2019年)

「人は年を取るほどになぜ親切になるのか?」

 2021年3月に総合情報学研究科社会情報学専攻博士課程前期課程を修了。そして今、総合情報学専攻博士課程後期課程2年次生として「高齢者の向社会行動規定要因・社会情動的選択性理論の枠組による実験的検討」をテーマに研究を続けている。

 「社会情動的選択性理論」は米国スタンフォード大学の心理学者、ローラ・カーステンセン教授が提唱した。若者のように、残された人生が多いと感じる人は、長期的目標を掲げてつらくても頑張ろうとするが、残された人生が少ないと感じるほど、情動的な満足や短期の目標に照準を合わせるようになる。つまり、残された人生の長短の認識によって人の目標は変化するという理論だ。

 一方、向社会的行動は、人に親切にする行動を指す。「不思議なことに人は年を取るほど親切になる傾向があります。自分の利益にならないのに、朝早くから子どもたちの登校を見守ったりします。なぜそうなるのかというリサーチクエスチョンがありました。向社会的行動は社会情動的選択性理論と結びつくのでは、というのが私の仮説です」

その仮説を立証するため、指導教員の森尾博昭教授とともにオンラインでの調査に取り組む。昨年、50歳以上の500人を対象に、「自分に残された寿命があと○年」と想定した上で、いくつかの行動の動機と意図について尋ねた。その結果、一定の傾向はつかめたものの、まだ十分とは言えず、残された人生と動機付けの関連を調べる調査はこれからも続ける。

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頼もしいスタッフがいる高槻キャンパス図書館

看護師と研究の両立を目指す

 大学で学ぼうと思った動機の一つに「起業」への関心があった。訪問看護や実習で出会った患者の家族には「家族がそうなったから」「周囲に助けてもらったから、今度は自分が助けたい」と、通所・入所施設やNPO法人を設立した人たちがいた。学部の卒業論文で「高齢者の買い物難民」を、修士論文では「地域の相互扶助」を取り上げたのも、そうした関心と無関係ではない。

 しかし、後期課程修了まで約1年となった今、起業よりも今の研究を続けられる道を模索中だと言う。なぜなら、「やり残しがあるというか。研究は一段落することはあっても、3年で答えが出るものではない」と思うようになったからだ。深く専門的に学びたいと踏み出した研究の道は、思った以上に性に合ったようだ。

 一方、看護師として再び働きたいという気持ちも強まり、看護師と研究が両立できる環境を目指し「来年は頑張って就活します」と笑った。

 研究もする看護師。9年間の学業生活を経た髙橋さんの活躍の場は、より大きく広がっているに違いない。


出典:関西大学ニューズレター『Reed』71号(1月30日発行)
髙橋 えり ─ たかはし えり
1968年大阪市生まれ。大阪大学医療技術短期大学部看護学科卒業。看護師として病院や看護専門学校教員、訪問看護ステーションなどの勤務を経て2015年、関西大学総合情報学部総合情報学科入学。19年、総合情報学研究科社会情報学専攻博士課程前期課程入学。21年から同研究科総合情報学専攻博士課程後期課程在学。