KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

人気料理ブロガー・山本ゆりさんの「ゆるくて簡単でおいしいレシピ」ができるまで

関大人

身近な材料で、誰にでもできる料理を

/料理コラムニスト 山本ゆりさん(社会学部 2009年卒業)



 「こんなに不器用で料理本を出した人って、これまでいなかったと思うんです」。大学生の時、ブログで「簡単なのにおいしいレシピ」の紹介を始めた山本ゆりさん。レシピの内容はもちろん、関西弁のユーモア溢れる語り口、家族と過ごす日々のエピソード等が話題を呼び、一躍トップブロガーに仲間入り。2011年に念願の料理本を出版し、今や日本で最も人気のある料理レシピ考案者の一人となった。

おしゃべりで人見知りな料理コラムニスト

 「読者の方がほんまにそんなにおるんか、ほんまにそんな買うてんのかなって思うけど(笑)、ありがたいです」。
 山本ゆりさんは、身近な材料でできるレシピと日常をつづったブログ「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」で人気を博した料理コラムニスト。その読者登録数は39万人、Twitterのフォロワー数は115万人、Instagramは120万人を超え(2022年2月現在)、これまでに手掛けたレシピ本は11冊、シリーズ累計700万部にも及ぶ。現在は、1歳の赤ちゃんを含む3人の子育てをしながら、テレビ番組やCM出演、食品会社とのレシピ開発、雑誌のコラム執筆など幅広く活躍し、まさに全力疾走の日々を送っている。

 「お茶! 皆さん、お茶飲みません? といっても、これペットボトルのお茶で、なんかすみません~」。
 ブログやレシピ本そのままの明るく軽快な関西弁。料理撮影の準備のためキッチンへ向かったかと思えば、突然くるりとUターンしてスタッフ全員に飲み物を勧めてくれる。インタビューでは、質問に丁寧に答えながら次々と愉快なエピソードを披露し、「あ~、人が来た瞬間に水を得た魚のようになって、聞かれてないことまでめっちゃしゃべるおばさんになってる~!」と、突然、頭を抱える。自身からすれば、著書『おしゃべりな人見知り』の帯に記された「黙る勇気をください。むしろしゃべってしまうのだ」の境地かもしれないが、彼女の周囲は笑いが絶えず、その"場を和ませ、人との垣根をなくす才"が、読者からも現場スタッフからも愛される由縁であることがうかがえる。

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身近な道具と材料でできる簡単なレシピを

 山本さんがブログを開設したのは大学生の時。記念すべき初投稿にはこう記されている。

 "ここに載せる料理はほんまに簡単やから、
 何それ!? ていうような材料や(例:ブーケガルニ)
 ないっちゅーねん! ていうような材料や(例:ブーケガルニ)
 高いわ! 買えるか! ていうような材料(例:渡り蟹←雰囲気。
 値段正味知らん)は使いません。

 どーやって閉めんねんていうようなかいらしい串や
 かいらしいレタスがわっさ~なったお弁当や
 大さじ1杯のためだけの生クリーム
 卵黄5個分とかもできれば避けたい。"

 その言葉通り、以降、登場する料理はどれも「身近な道具と材料でできる簡単でおいしい」ものばかりだ。

 そもそも山本さんが簡単なレシピを紹介しようと思ったのは、「自分が不器用で料理本の通りに作れなかったから」。自分が作れるものを紹介すれば、誰でも作ることができるはず。なんならもっときれいに作ることもできるのでは。そのため、自然と照準は初心者や料理が不得手な人に。レシピの随所にコメントを差し込み、「ここがよく分からない」「ここが不安になる」というポイントで、「シャバシャバやんぐらいが、食べる時にパサつかずちょうどいいです!」等と、絶妙なサポートを入れる。難しかったり手間がかかったりする工程は、なるべくスムーズ、かつうまくできるよう、斬新なアイデアで回避する。例えば、今日の「ブリの照り焼き」に添えられたレンコンは、生のままで飾り切りをするとボロボロになって割れやすい。そこで、山本さんは電子レンジで加熱してから切る方法を考案。こうすると、割れてもつながったままきれいに飾り付けられる。「先に全部、自分がつまずいていますから(笑)。どの料理本にも載ってないし、基本のやり方ではないけど、うまくできないから別の方法を編み出すんです」。

 また、山本さんは調味料の掲載順にも気を配る。「通常のレシピでは、使う分量の多い順に上から書きます。慣れている人は、計量スプーンを毎回洗わなくてもいいよう、頭の中でその順番を変え、粉類から入れていく。初心者の人は上から順にやるから、何度も洗うことになる。だから、私は必ず使う順に砂糖から書いています」。どうすれば手間や時間をかけず、楽にできるのか─。気付いていないだけで、工夫すれば簡単にできることは結構あるはずと、山本さんは言う。その他、なるべく食材や調味料の代案を用意するのも、意識しているポイント。「これしか使っちゃダメと言いたくないので、企業様とのタイアップ企画でもなるべく代用OKにさせていただいています」。

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原点は祖母の料理と愛読書

 山本さんと料理の接点は、幼少期までさかのぼる。「うちは共働きで、祖母が料理をしていたんですが、これが結構とんでもなくて。例えば小学生の時、「今日のご飯何?」って聞くと「ポテトサラダ」。わぁ、メインはどこ?(笑)「焼き鮭とご飯」だけ、とか(笑)」。そのせいか、山本さんは小学校低学年の頃から料理を始め、中学時代は自分でお弁当を作り、高校時代は家族の夕食を担当した。「ただ食べるのが好きで、自然にやってたんです」。

 また、読書家だった山本さんは、小学生の頃から料理本を愛読していた。「自分ではそれが特別なことだと思っていなくて、お風呂にも持って入るし、トイレにも積んでるし、布団の下にも並べていて、読まない日はなかったです。高校時代は電車通学だったので、駅の構内にある書店で毎日、立ち読みもしていました」。けれど、作ってみたいすてきな料理はどれもたくさんの材料が必要で、その通りに作ることはできなかった。「無いと作れないのかと思って、最初の頃はお小遣いの中からパルメザンチーズとか買ってみたけど、続かない。だいたい家にある調味料は味噌、砂糖、塩、醤油ぐらいで、めんつゆの存在を知ったのも中学生になってからでしたしね」。使用する調味料の数を絞り、手元にない食材を別のもので代用する。それが、現在のレシピ考案にも生かされている。

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大阪府立春日丘高校バスケットボール部のチームメイトと(左から2人目)

自由な表現が肯定された大学のゼミ

 料理はあくまでも日常の延長線上にあったため、料理の道ではなく大学進学を希望した山本さん。「関西大学の自由で楽しそうな校風に惹かれました。社会学部が何を勉強するのかもよく分かってなかったし、合格しそうにない成績だったんですけど、そうなるとなおさら、輝いて見えて。毎日、朝起きてから夜寝るまで、ご飯とトイレとお風呂以外の15時間、人生で一番勉強して入学しました」。

 憧れの大学生活は「いろんなことを経験したモラトリアムの期間」だったという。印象深いのは、杉野昭博先生の障害学のゼミ。「学生の自由にさせてくださる先生で、文章を書く機会の多いゼミでした」。研究テーマは、「怪我等でスポーツができなくなった人の居場所について」。皆の卒業論文は先生の手によってまとめられ、最終的に書籍として出版された。ゼミは体育会の学生が多い中、体育会でなかった山本さんは、「ゼミの中での居場所」について書き、その論文は「楽しかったからめっちゃ満足です」の一文で締めくくられている。今でこそ、砕けた文章を見かけることも増えたが、当時は論文も書籍も正しい日本語を使うのが当然とされていた。「料理本もエッセイも、関西弁で自由に表現していいんだと思えるようになったのは、この時、先生が私の文章を認めてくださったからかもしれません」。

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ゼミの活動写真(2列目右から2人目)
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大学の友人たちと沖縄旅行(前列左端)
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ゼミの仲間と卒業式にて(前列右端)
ゼミの卒業論文をまとめ出版された書籍。『スポーツ障害から生き方を学ぶ─ケガをめぐる競技者たちの語り』(生活書院 2010年)

これまでにない「変な料理本」の出版を目指して

 山本さんがブログを始めたきっかけは、就職活動だった。「料理が好きでいろいろ調べましたが、不器用で大雑把なので料理人やパティシエは難しいと感じました。思い返した時に、たどり着いたのが"料理本が好き"ということでした」。折しも世間ではSNSがはやり始め、山本さんも友達とブログを書いていた。「それが楽しかったので、文章を書く仕事をしたい、それなら料理本を出したいと思いました」。しかし、どうしたら出版できるのかわからない。調べていくうちに、料理ブロガーと呼ばれる人たちの存在を知り、ランキングサイトで上位になったブロガーは、料理本を出版していることに気が付いた。「私もブログに料理をあげていたら、そのうち本が出せるかもしれない」。当時の料理本には遊びの要素が入ったものがなかった。お笑い好きでもあった山本さんは、料理とブログが合体したような、これまでにない「変なジャンルの料理本」の出版を目標に据え、ブログ「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」をスタートさせた。

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『syunkonカフェごはん7』(宝島社 2020年)
ブログやTwitterで大反響を呼んだレシピを集めた「人気おかずBEST30」を含む187レシピが掲載された
『syunkonカフェごはん』シリーズ最新刊

"ただの人"として、ゆるいスタンスで

 「これめっちゃ簡単でおいしいから作ってみて」と、友達に教えるようなゆるいスタンスで始めたブログは、時代のニーズとマッチし、開設から13年目を迎えた。「気づけばめちゃめちゃ長いですね(笑)。本出したらやめようぐらいに思って始めたブログですが、本を出版できたのは、本当にブログを見てくださった方のおかげ。コメント読むのが楽しみというだけで、こんなに続けられています」。

 どんなに多忙を極めても、読者とのやりとりは続けたいという山本さん。そのコメント欄は「無人の野菜売り場のような個人個人の秩序で、ずっと良い雰囲気を保っています」と言うように、今も自由なやり取りが展開されている。ツイッター等も同様で、レシピを見て作った読者の投稿写真を見て、「どうやったらそんなきれいにできるんですか?」と、逆に教えてもらったりもする。「当初は、やりとりが止まらなくなるので返信はしないと決めていたんです。でも、反抗期の息子がおかわりしてくれました!とか、子どもが作りました!って写真をあげてくれると、黙っていられなくないですか?(笑)」全てに返信したら、SNSに毒されている人みたいで気持ち悪い。恥ずかしいからセーブしていると言いつつも、「1/10も返信できていないので、がっかりしている人がいたらどうしよう」と、常に読者のことを気に掛ける。

 年月を重ねたことでの変化を聞いてみると、「私自身は全然変わりません。でも、読者層の変化は感じています」と返ってきた。同世代の主婦だけでなく、娘から聞いたという年配の方や、母親に教えてもらったという小学生など、親子2代、3代で山本さんの本を活用しているという人が増えてきたのだ。「いい加減な料理本ということを前面に出してきたけど、もうちょっとちゃんとせなあかんかな? と思うことはあります(笑)」。

 また、「思いがけない意味を与えてくださるようになった」と感じるようにも。摂食障害の人から、山本さんのレシピを見て料理をしてみたくなり、「だんだん食べられるようになりました」「病気が治りました」と感謝のコメントや、看護師や療法士の方から「火や包丁を使わないレシピが、リハビリや自立支援に役立っています」と、その安全性を喜ぶコメントなどが寄せられた。まさかの出来事として、刑務所を出所した人から「初めて家族に料理をふるまい、人に喜んでもらうことのうれしさを知りました」と、メッセージが届いたこともあったという。「電子レンジだけで作るとか、自分のずぼらさ、適当さから始まったレシピだけど、長くやっているとそういうこともあるんだなと驚いています」。その分、責任も感じるが、当初からのゆるいスタンスは変えないと心に決めている。「私は料理の先生ではなく、ただの人。勘違いしたらダメ、調子に乗ったらあかんと常に思っています」。

子どもにも相談しながら"わちゃわちゃ"を楽しむ

 文字通り、分刻みで仕事に追われる山本さん。気になる仕事と子育ての両立について聞いてみると、「要領悪くて、両立なんて全然できてないです。空いてる時間は全て仕事。子どもが帰宅すると何もできないから、ギリギリの時間に自転車こいで迎えに行って、そこからご飯作って、食べさせながらパソコン打って、寝かしつけが終わった瞬間からまた仕事して、昼も夜もないし、土日も仕事するから夫に子どもを遊びに連れてってもらったり。どうやって両立するのか教えてほしいです」と、笑って返された。もう少し仕事量をセーブしよう、きちんとスケジュールを立ててその通りに行動しようと思っていても、依頼されるとうれしいし、応えたい。そして、動いてしまう。ただ、このままではダメだと思った時期もあったという。「子どもが1~2歳の時は、特に罪悪感が強かったです。でも、少し大きくなったら、私がテレビに出たり誌面に載ったりすることを喜んでくれるようになって。長女も次女も、やめないでって応援してくれます」。子どもたちが成長するにつれ、相談もできるようになり、やっていて良かったと思えるようになったという。「行き当たりばったりの生活でわちゃわちゃやけど、一番下の子は生まれた時からそうやし、もうそういうもんだと思ってくれと(笑)。でもやっぱり、子どもとの時間はもっと作りたいですね」。

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山本さんの自宅キッチン横の壁に飾られたお子さんの描いた絵

毎日使える実用的な料理本を

 山本さんの今後の抱負は「もっと現実的な本を作る」こと。企画ものや驚きのレシピを紹介するよりも、新たな提案を加えつつ、何度でも作ってもらえるレシピ、毎日使ってもらえる料理本を作りたい。「紙だからこその面白いものを、とも思っています。今の時代、無料でどこでもレシピを見ることができるし、動画で見た方が分かりやすい。でも、まだまだ本には可能性があると思うんです」。作りたいものがすぐに見つかる、持っているとテンションが上がる、並べているとうれしくなる、さまざまな工夫を凝らしてそんな本を作りたいと目を輝かせた。

 目下、山本さんが模索しているのは、冷凍された肉をそのまま炊飯ジャーや電子レンジで調理する方法。解凍する手間が省けたらどんなに楽だろうと、何度も試行錯誤を繰り返している。料理の「めんどくさいな」「不便だな」と思う部分を解消してくれる山本さんのレシピ。次はどんなアイデアが飛び出すのだろうか。

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出典:関西大学ニューズレター『Reed』68号(3月25日発行)
山本 ゆり ─ やまもと ゆり
1986年、大阪府生まれ。2009年関西大学社会学部卒業。広告代理店に就職し営業を経験、現在は3児の母。大学時代に始めたブログ「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」が主婦層を中心に絶大な支持を得て、2011年に初の料理本『syunkonカフェごはん』(宝島社)を出版。その後、シリーズ化され、累計700万部を超えるベストセラーとなる。2021年発行の最新刊『おしゃべりな人見知り』(扶桑社)は、料理レシピ本大賞2021エッセイ賞を受賞。