—アナウンサーを目指されたきっかけは何ですか?
幼い頃、広島に住んでいた私はテレビが大好きで、地元放送局の夕方の番組を見ることが日課でした。中でも当時、中国放送(RCC)の「イマナマ!」という番組に出演されていた泉水はる佳アナウンサーが大好きで、ファンレターを送るほどでした。小学校の卒業文集にも「アナウンサーになりたい!」と書いたくらい、アナウンサーへの憧れはとても強いものでした。



















































Think&Act! 関大生
シャイだった私が挑んだアナウンサーへの夢 将来の目標は地域で一番"安心される存在"
社会学部 4年次生(取材当時)
山陰中央テレビジョン放送株式会社(TSKさんいん中央テレビ)にアナウンサーとして内定した、社会学部の對川愛香さん。幼い頃からアナウンサーに憧れていた一方、控えめな性格ゆえに進路に迷った時期もありました。それでも自分の気持ちと向き合い、挑戦を決意。その後、採用を手にするまでの過程や對川さんが思い描くアナウンサー像についてお話を伺いました。(※本文中の情報は、取材当時のものです。)
幼い頃、広島に住んでいた私はテレビが大好きで、地元放送局の夕方の番組を見ることが日課でした。中でも当時、中国放送(RCC)の「イマナマ!」という番組に出演されていた泉水はる佳アナウンサーが大好きで、ファンレターを送るほどでした。小学校の卒業文集にも「アナウンサーになりたい!」と書いたくらい、アナウンサーへの憧れはとても強いものでした。
中学生の頃は、少し迷いがありました。人前に立ったり話をしたりするのが苦手な性格で、「アナウンサーは難しいかもしれない」と思っていたので、周りの人たちには「記者になりたい」と話していました。
それでも、「報道の世界に携わりたい」という気持ちは一貫して持ち続けていたので、メディアを多角的に学べる関西大学社会学部を目指すようになりました。
人的資源管理論を専門とする森田雅也教授のゼミで、保育現場の労働環境について研究しました。
以前から長時間労働や過労死などの労働問題に関心があり、ニュースで不適切保育問題が取り上げられる中で、保育士の方々が一面的に厳しく報じられていることに疑問を抱いたのがきっかっけです。母が保育士であったことからもこの問題を身近に感じ、卒業論文のテーマに選びました。
森田先生からは、保育士の立場を踏まえた上で、アナウンサーとして「何を大切に伝えるべきか」にも言及するよう助言をいただきました。
就職活動の選考過程で、人材育成や労働環境に興味を持つ人事の方に、自分なりの考えを伝えることができたことです。
「皆が効率良く働くにはどうすれば良いか?」と問われ、コーヒーブレイクについて研究している友人からの情報をもとに、「短時間のコーヒーブレイクをこまめに取り入れ、職場の方々との関係を深めることが効率化につながると思います」と答えました。想定外の質問に対して、これまでに得た知識や情報を整理しながら自分の言葉で伝えることができたのは、学びの成果だと感じています。
関西大学のアイドルコピーサークル「Kitty eye」に所属し、大学対抗アイドルコピーダンス日本一決定戦「UNIDOL」に出場しました。
3歳の頃から19年間ダンスを続け、大学では3年次までジャズダンスサークルで活動していました。大学2年次からは、異なるジャンルにも挑戦したいという思いや音楽を聴くことが好きだったこと、そして友だちの勧めもあり、アイドルコピーダンスにも取り組むようになりました。就職活動などで疲れた時も、週1回、2時間ほど踊ることで、気分転換をしていました。
ダンスの魅力は、踊る人の個性が表れるところにあると思っています。私の場合、歌詞に合わせて表情や体の使い方を工夫しています。友人たちのダンスを通して、刺激や新たな発見を得て、自分の表現に取り入れることもあります。アナウンサーになってからも、ダンスは続けていきたいと思っています。
2年次生の春、「1回きりの人生、後悔はしたくない」という思いからアナウンサーに挑戦することを決意し、大阪と広島にあるアナウンススクールに毎週1回ずつ通いました。そこでは、発声やフリートークなどの練習、さらに「大人と話す練習」「5が付く日に動画を提出する」などの課題もあり、さまざまな演習を行いました。森田先生とのフリートークの練習や、多くの人がいる場で自分が話す動画を撮影するなど実践経験も重ねました。
さらに、普段の生活の中でも「今、赤い車が時速何㎞で走っています」と目に見える風景を実況する練習をしたり、大学で開催される話し方講座を活用して「ほめる達人検定3級」を取得したりするなど、コミュニケーションスキルの向上にも努めました。
そのような経験を積み重ねることで、いつしか度胸が身に付き、引っ込み思案で人見知りの性格も克服でき、自身の成長を実感することができました。
TSKさんいん中央テレビへの内定後、これまでの経験を生かして地元・瀬戸内エリアを盛り上げたいとの思いから、学生司会オーデションに挑戦しました。
当日は緊張もあり、タイムスケジュールの管理や討論が白熱した際の切り替えなど、進行面で苦戦しました。満足のいく結果だったとは言えませんが、今後司会進行を担う上で貴重な経験となりました。
アナウンサーは、報道において記者や編集者が積み重ねてきた取材の成果を最後に伝える役割を担っていて、自分の言葉で表現できるところに大きな魅力を感じています。 アナウンススクールでも「同じニュースでも発信元によって切り取られ方が異なるので、いろいろな局の番組を見比べるように」と徹底して指導いただきました。 自分の伝え方次第で受け取り手の印象が変わってしまうことを意識し、多角的な視点を持つことを常に心掛けています。同時に、「事実を正しく伝える」ことの責任の大きさも感じています。
地域の皆さまに「顔を見るだけで安心できる」と言っていただけるアナウンサーになることです。これは、私がアナウンサーを志した原点でもあります。
TSKさんいん中央テレビの本社がある島根の方々は温かい方ばかりで、そんな地域の皆さまに寄り添える存在になりたいと思っています。そのためにも、アナウンス技術をはじめ基礎的な力を身に付けていきたいです。
さらに、同局では取材や原稿作成、ディレクション、ナレーションなど幅広く番組制作に携わることができるので、私が希望するドキュメンタリー制作にも挑戦し、地元の報道に深く関わっていきたいと考えています。
私がアナウンサーを目指すに当たって、森田先生やゼミの友人、そのほか教職員の方々など多くの方に支えていただき、内定がもらえた時には皆さん一緒に喜んでくださいました。
関西大学には学生の夢を応援してくれる方がたくさんいます。皆さんも最初は自信が持てなかったり緊張したりするかもしれませんが、勇気を持って自分の思いや考えを語ることを大切にしてほしいです。夢を言葉にすることで、きっとすてきな未来につながると思います。
卒業証書授与式で森田教授と記念撮影