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【第23回大佛次郎論壇賞受賞】『戦争とデータ ―死者はいかに数値となったか』

研究

/政策創造学部 五十嵐元道 教授



 政策創造学部の五十嵐元道教授が2023年7月に上梓した『戦争とデータ ―死者はいかに数値となったか』(中央公論新社)が第23回大佛次郎論壇賞を受賞した。大佛次郎論壇賞とは、日本の政治・経済・社会・文化・国際関係などをめぐる優れた論考を顕彰するもの。今回、五十嵐教授に受賞した感想や伝えたいことなどを聞いた。

いつか自分も...と憧れていた大佛次郎論壇賞

 大佛次郎論壇賞受賞の感想を聞くと、五十嵐教授は率直に喜びを語った。
「学部生の頃に影響を受けた篠田英朗先生の『平和構築と法の支配』(創文社)が同じ賞を受賞しています。いつか自分も取りたいと憧れていたので、正直すごくうれしかったです」。実は、前著『支配する人道主義』(岩波書店)も2016年に大佛次郎論壇賞にノミネートされていたが、受賞には至らなかった。今回、夜遅くになるまで受賞の連絡が来なかったため、「またダメだったか」と諦めていたという。

 受賞後、周囲からさまざまな反応があった。ご両親からの電話とメールをはじめ、五十嵐ゼミを卒業したOB・OGから久しぶりに連絡を受けたり、新聞発表を見た学生から声をかけられたり。また、関西大学の同僚や職員からもお祝いの言葉をもらい、「気にも留められることもないと思っていたので驚いた」と話す。

 「学術賞はあくまで個人的なものだと思っていたためです。大学教員の仕事は教育がメインなので、個人の研究についてはあまり関心がないだろうと考えていました。ところが、皆さんがお祝いを言ってくださる。愛情というか、関西大学としてワンチームになっていると感じました。チームメイトとして喜んでくれたことにびっくりしたし、うれしかったです。自分もちゃんとチームの一員になっているという印象がありました」


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東京・帝国ホテルで開催された贈呈式にて

今こそ、戦争のデータを考える好機

 『戦争とデータ ―死者はいかに数値となったか』は、出版直後から注目を集めていた。大手各紙での書評掲載や新聞社からの取材に加え、経済誌からも取材を受けるなど、研究者だけでなく一般の関心も高いことが伺える。どのような内容なのか簡単に教えてもらった。

 「この本は、私たちは戦争の実態をどうすれば知ることができるのかという問いからはじまります」と五十嵐教授。「戦争という大規模な社会現象を知るには何らかのデータが必要ですが、そのデータは具体的にどういうものか。例えば、戦争の規模や激しさを伝える戦死者数は一体誰がどういう意図で取っているのか。そのデータの生成方法は本当に正しいのか。あるいは、いつからデータを取るようになったか、データを取る規範がどう変わってきたか。そうした戦争のデータを歴史的・包括的にとらえた本です」

 五十嵐教授によると、かつて民間人の死傷者は無視されていたが、今ではむしろ大きな論点として扱われるようになった。時代とともに関心を集めるデータは変わっているが、そうした規範的な変化も調べてまとめている。

 教授がこの本について着想を得たのは2014年。出版まで実に9年かかったのは「とにかく調べることが膨大すぎて...」とのこと。データの歴史や計算方法、データを取る人たちの物語、戦争それ自体の内容など、膨大な量を調べつつ、一般の読者にも伝わるようにまとめなくてはいけない。さらに、国際刑事裁判の記録などはもはや「暗号レベル」のわかりにくさで、読み解くのに苦労したという。

 まだ調べたいことはいくつもあったものの、基礎的なところをわかりやすく発表することを決めたという五十嵐教授。その理由はウクライナ戦争にある。「まとめているときにウクライナ戦争がはじまり、今こそ世に問うべきだと確信しました。今なら一般の人たちも関心をもってくれるだろうと思ったのです」


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『戦争とデータ ―死者はいかに数値となったか』(中央公論新社)

私たちに求められるデータの受け止め方とは

 五十嵐教授がこの本を通じて世に問いたいこと、伝えたいことは何だろうか。
「一つは、社会現象に関するデータを鵜呑みにしないこと。しかし簡単に全否定もしないこと。この二つをバランスよく行う覚悟を持ってもらいたいと思います」

 すべて信じるのも全否定するのも、ある意味では楽かもしれないが、どちらも科学的には支持できない態度といえる。そのデータの信憑性を考えてみて欲しいと話す。
「真実か嘘かの二分法ではなく、科学的にどこまで信憑性があるか、"程度"の問題としてデータを受け止めることが大切です。○か×かではなく、データはみんな三角形や四角形、五角形です。不安定な形なのでそのまま受け止めるのは辛いことですが、その不安定さをある程度飲み込むための準備をしてもらえたらと思います」

 そして、もう一つ。データを取る人たちの苦労に思いを馳せて欲しいというメッセージも込めていると話す。「この本は単にデータの話だけではなく、苦労しながらも人道主義的な目的でデータを取る人たちの姿を描いています。データは自動的に送られてくるのではなく、誰かが命がけで取ってきている。陰でがんばっている人たちのことを知り、時には思い出して感謝する必要があると感じています」


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 2024年に入っても、ウクライナ戦争は依然として終わりが見えず、パレスチナのガザ紛争は激化しており、民間人死傷者数などさまざまなデータが伝えられている。また、コロナ禍においても「どの情報が正しいのか」と疑問を感じた人も多いだろう。この機会に、『戦争とデータ ―死者はいかに数値となったか』を通して、発表されるデータの重要性や向き合い方について考えてみてはいかがだろうか。

五十嵐 元道 ─ いがらし もとみち
1984年生まれ。2014年英サセックス大学国際関係学部博士課程修了(D.Phil)。北海道大学大学院法学研究科高等法政教育研究センター助教、日本学術振興会特別研究員(PD)、関西大学政策創造学部准教授を経て、23年より教授。専攻は国際関係論、国際関係史。著書に『支配する人道主義―植民地統治から平和構築まで』(岩波書店、2016年)。共著に『「国際政治学」は終わったのか』(ナカニシヤ出版、2018年)ほか。