第2回国際シンポジウム
国別報告セッションII 要旨
山名 美加(関西大学法学部准教授)
「変容する涼山情歌―台湾先住民の文化的財産権の保護に関するケース・スタディ」
熊誦梅(台湾、知的財産法院、法官)
(熊誦梅氏)
涼山情歌というラブソングをめぐっての、台湾南部の排湾族の元小学校校長と、学校理事長の間での著作権をめぐる紛争事例とともに、近年制定された台湾原住民の伝統的な知的創作物の保護に関わる法制が紹介された。事例は茂林国立景勝地域で現地観光促進キャンペーンのために涼山情歌コンテストなるものが開催された際、そのコンテスト会場で、小学校理事長が当該歌は自分が1970年代に作曲したものであることを表明したことに対し、会場に同席していた元校長が、その後、当該曲を作曲したのは自分であり、理事長が自己の著作権を侵害している主張、理事長が2008年3月、著作権侵害で起訴されたというものである。地裁は、理事長が作曲者であることを示す証拠が認められないとした上で、台湾著作権法第92条に基づき、理事長が元校長の著作権を侵害(許諾なくコーラス、二重奏版に書き換えたことによる翻案権侵害)したとして懲役3カ月を命じたが、控訴審(知的財産法院)は、理事長の著作権侵害(翻案権侵害)とともに、著作者人格権(氏名表示権)侵害を認定し、罰金184,000台湾ドル、新聞における謝罪広告を命じた。
しかしながら、本件については、当該曲の旋律は、排湾族に古くから伝わるものであり、元校長自身も伝統的な旋律を翻案して、歌を書き上げたのではないか、排湾族の文化的財産権の観点からも検討すべきではなかったかという問題提起がなされている。台湾では、2005年2月に原住民基本法が、2007年12月には先住民の伝統的知的創造物のための保護条例(台湾語表記:原住民族伝統智慧創作保護条例)が制定されている。まだ具体的な適用はないようではあるが、仮に同保護条例の下、涼山情歌の旋律が排湾族の伝統的な知的創作物であるとされ、登録されていれば、利用者は、元校長からだけではなく、同部族からも許諾を得なければならないことになる。同保護条例の下では、伝統的な知的創作物について、その帰属が認められた部族に排他的権利(財産権及び人格権)が、登録の日から期間を限定することなく与えられている。
「タイにおける刑事手続きのための通訳システムの発展と人権」
コムワットチャラ・イアンゴング(タイ王国、最高裁判所国際部、裁判官)
(コムワットチャラ・イアンゴング氏)
タイにおいては、学校教育は公用語であるタイ語によって行われるものであることが教育関連規則で要請されてはいるものの、タイ国内に居住する者すべてが公用語であるタイ語を理解することができるとは言えないのが現状である。もちろん、そのような状況は、タイだけに限らず、複数の部族から構成されているにも関わらず、その中の一言語のみを当該国の公用語と定めている世界中の国にも該当することである。しかしながら、刑事手続きに利用される言語が理解できないという問題は、被疑者や被告人には大きな不利益となる。刑事手続については、言語の壁は特に深刻な課題であるため、刑事訴訟法はこれまで、公用語であるタイ語を話すこと及び理解することができない外国人については無料で通訳が提供される旨を規定していた。しかしながら、それはあくまでも外国人を対象とするものであり、タイ語を完全に理解することができないタイの原住民にはそのようなサービスは提供されていなかった。だが、タイ政府は、すべてのタイ国民が人種、宗教、教育、部族そして言語等によって差別を受けることなく扱われなければならないという原則に立ち返り、タイ国民の中には、言語上の障壁故に刑事手続きにおいて不利な扱いを受けざるを得ない者がいるという現実を直視し、人権、特に公正な裁判を受ける権利の保護という観点から2008年刑事訴訟法を改正するに至った。
その結果、2008年刑事訴訟法13条によって、外国語とタイ語間の通訳だけでなく、タイ諸部族の言語(方言)とタイ語間の通訳も提供されるようになった。本条によって、刑事手続きにおける言語の障壁が完全に解消されることになれば、タイの裁判所におけるマイノリティの権利保護、人権重視の姿勢も世界的に評価されるものになるだろう。
(山名美加氏)