KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

コロナ禍の新チャレンジ!新型コロナをテーマにしたユーザー参加型アーカイブ「コロナアーカイブ@関西大学」

地域・社会

 全国にコロナ禍による「緊急事態宣言」が発出された翌日の2020年4月17日、「コロナアーカイブ@関西大学」が誕生しました。その名のとおり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連の記録を集める関西大学のプロジェクトのようですが...なんで関西大学に? しかも、運営は「関西大学アジア・オープン・リサーチセンター(KU-ORCAS/ケイユー オルカス)」だそうで...どういうつながりが? 企画・開発・運営を担われている、KU-ORCASの菊池信彦先生にお話を伺いました。

わずか数週間で起こった大きな変化に衝撃を受けて動いた

 世界最高水準の東アジア文化研究拠点をめざしているというKU-ORCAS。そのコンセプトの一つが、"研究リソースのオープン化"なんだとか。

 「IIIF(トリプルアイエフ)という国際的な画像共有の規格に合わせ、世界中の誰もがアクセスできるデジタルアーカイブの構築を進めています。バチカン図書館が収蔵する日本関連史料のデジタル化も手がけ、2020年にはクラウドファンディングを達成。それにより、これまで未公開だったものを、広く公開する取り組みをスタートさせました」

 そんなKU-ORCASのデジタルアーカイブ事業の一つに位置づけられたのが、「コロナアーカイブ@関西大学」です。そういう事業って、既存の史料をデジタル化していくイメージがあったんですが...設立のきっかけは?

 「2020年2月、史料調査でスペインへ向かおうとしていた直前に、停泊中のクルーズ船での新型コロナウイルス集団感染が連日報じられていました。その後、スペインに2週間の滞在中、市街地は観光客だらけだったんですが、帰国からほどなくして、スペインでも感染爆発が起こり、ゴーストタウンのような市街地をテレビで見たんですよね。わずか数週間で起こった大きな変化に衝撃を受けた経験が、企画の根底にあります。いろんな情報がSNSなどで毎日流れていくなか、この状況を忘れないように記録していく必要があると感じたんです」

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「コロナアーカイブ@関西大学」を発案した菊池信彦特別任用准教授

 3月の終わりから4月にかけて、コロナ関連の資料を収集する動きが海外で活発化。それを受けて学内でも急務だと考え、KU-ORCASの一環として開設に取りかかったといいます。素晴らしい行動力!

 「なるべく早く公開することをめざして、オープンソースソフトウェアを利用し、ユーザー参加型のコミュニティアーカイブとして在宅勤務中の1週間ほどで構築しました。運用やサーバの管理、肖像権や著作権なども含めた内容のチェックも行うため、一斉に集まると対応ができないだろうと考え、投稿資格に制限をかけてスタートをしました」

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およそ1週間で構築した「コロナアーカイブ@関西大学」。画像は開設当時のデザイン

COVID-19に関わる情報を募り、デジタルアーカイブ化

 まず投稿できる対象としたのは、併設校を含む関西大学の関係者。学生や教員、事務職員や校友会員らと、その家族です。2020年9月時点でサイトには、「新型コロナウイルスで被った学生生活や業務、教育等への影響、あるいは、ご自身の周囲の状況について、テキストや画像、動画とともにお寄せください」とあります。とくに細かなテーマを設けず、コロナに関わることなら広く募集している印象ですが...その意図は?

 「つくりたいアーカイブ像を打ちだし、その情報を寄せてくださいと言いたくなかったんですよね。投稿者の立場から、この記録を残しておいたら将来的に面白そうだなとか、この出来事は今の様子を象徴しているんじゃないかなとか、自らの発想で残してもらうことを大事にしたかったんです」

 なるほど。ということは、思いも寄らなかった投稿もあったんじゃないでしょうか?

 「いろいろあります。例えば『お店屋さんごっこをする娘が、大人の雨具をフェイスシールドに見立てて、お客さん役の弟の体温を測る真似をして遊んでいました』というものが、お子さんの遊びにも影響しているのかと興味深かったですね。『コロナアーカイブ@関西大学』では、出典を明記すれば、非営利目的なら基本的にはどう利用してもらってもOKな、CC BY-NC※のライセンスで投稿してもらうスタイルにしています。将来この時代を研究するうえで、役立つアーカイブになるでしょう」


※CC BY-NC:クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの一つで、「BY(表示)」と「NC(非営利)」を義務とするもの。

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大人の雨具をフェイスシールドに。コロナの影響が、子供たちの遊びの中にも垣間見える

市井に暮らす人々により記録を残すのは、難しくも重要なこと

 危機的な状況や時代の節目において資料を残そうという動きは、世界的に見ると当然のように行われているとのこと。ユーザー投稿型のようなアーカイブスタイルも、海外では20年ほど前から広がっていたのだそうです。

 「9.11(2001年のアメリカ同時多発テロ事件)のときも、多くの投稿があったんですよ。日本でも、3.11(2011年の東日本大震災)のときは、GoogleやYahoo!などのサイトに投稿されていたんですが、当時は街の風景が一変しましたからね。今回はあれほどの変化が目に見えて起こっているわけではないので、残しにくさがあると思います」

 確かに。しかも外出を自粛していたら、目にするものも限られますしね。加えて、そういったデータが公的に残りにくいのも、日本特有なのだとか。

 「たとえば、2015年のパリ同時多発テロ事件で献花台に寄せられたメッセージは、パリ市の公文書館が収集し、デジタルアーカイブにして公開しているのに対し、日本の公文書館は、役所から出てくる文書類を収集するような運営スタイルです。私文書と公文書の間にあるような文書類が、残りにくいと考えられます」

 それって実は、結構な問題なんじゃ?「コロナアーカイブ@関西大学」が位置づけられているのは、KU-ORCASのデジタルアーカイブのなかでも、「関西大学デジタルアーカイブANNEX」というカテゴリー。"デジタルパブリックヒューマニティーズ"のためのプロジェクトサイトだと謳われていますが...。

 「アカデミズムの外へ人文学知の発信を行うというのが"パブリックヒューマニティーズ"の役割のひとつであり、それをデジタル技術で活用していこうというのがANNEXの目的です。歴史上、いわゆる市井の人の記録類は、どうしても残りにくいんですが、一般の人が当時どうだったのかを調べるうえでも重要になってきますからね」

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パリ同時多発テロ事件で献花台に寄せられたメッセージをアーカイブした「PARIS ARCHIVES」
※出典:PARIS ARCHIVES
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コロナだけじゃない。大坂(阪)画壇や古文書・古記録、さらにはアジアの映画関連資料まで、KU-ORCASのデジタルアーカイブは多種多様

コロナ禍により影響を受けた日々の記録と記憶を次世代へ

 ユーザー投稿型のデジタルアーカイブを構築するのは、KU-ORCASにとっても初めての試み。まだまだ試行錯誤の最中だと菊池先生は語ります。

 「当初は、類似のサイトが次々に出てくると思っていたんですが、国内的に見た場合、投稿型で大々的に展開しているのは、現(2020年9月)時点でも私たちのサイトぐらいです。自ら資料を残すというのは、誰にでもできることであり、将来的には公の資料に対するアンチテーゼを提示するよりどころにもなり得ます。『コロナアーカイブ@関西大学』が、個々のアーカイブ活動を広めるきっかけにもなればうれしいですね」

 7月には、学内のCOVID-19対策研究プロジェクトの一つに選ばれ、共同研究の形で進められている「コロナアーカイブ@関西大学」。ページのデザイン性や機能性を高め、10月中頃にリニューアルオープンをしました。

 「これまで投稿者自身がつけるだけだったタグを、ほかのユーザーも補えるように変更。ほしい情報を抽出しやすくし、投稿資格も拡大しました。今後はメインキャンパスのある吹田市の市立博物館とも連携し、広く情報を募る計画です。世界各国のCOVID-19に関する記録収集の取り組みをマッピングしている『国際パブリックヒストリー連盟』にも活動情報を提供しており、海外との連携も視野に入れています。未曾有の危機のなかで、皆さんの日々の記憶と記録を次世代につなげていくために、多くの方にご協力いただけたら幸いです」

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10月中頃にリニューアルした「コロナアーカイブ@関西大学」
菊池 信彦/特別任用准教授(関西大学 アジア・オープン・リサーチセンター)
博士(文学)。京都大学 大学院 文学研究科 博士後期課程 修了。国立国会図書館 司書、同志社大学 総合政策科学研究科 嘱託講師(現在も兼任)、関西大学 アジア・オープン・リサーチセンター 特命准教授を経て、2020年より現職に。主な研究テーマは、デジタルヒストリーやデジタルヒューマニティーズなど、歴史学や人文学におけるデジタル技術の活用について。専門とする対象は、スペインの近現代史。関西デジタルヒストリー研究会主宰。情報処理学会 人文科学とコンピュータ研究会 運営委なども務める。