KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

モンベル 辰野会長の人生観 ~ アウトドアを通じて生きる力を育む ~

地域・社会

自然が教えてくれる社会課題のソリューション

/株式会社モンベル 代表取締役会長兼 C.E.O 辰野 勇
/人間健康学部 教授 安田 忠典
/人間健康学部4年次生(取材時/2023年 3月卒業) 吉田 梨沙子



 高い品質と機能性の製品をリーズナブルな価格で提供し、トップクラスの登山家・冒険家から、里山ハイカーやキャンパーはもちろん、タウンウエアとしての日常使いまで、世界で愛されるアウトドア用品メーカー・モンベル。今回はその創業者にして登山家・カヌーイストの辰野勇会長を、人間健康学部の安田忠典教授とゼミ生の吉田梨沙子さんが訪ね、辰野会長の人生観、社会活動にも積極的な企業理念に触れつつ、アウトドア体験の魅力や価値などについて話し合った。

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身体で感じる経験を通じて、人は成長する

辰野
 吉田さんは、国立青少年教育振興機構のボランティアをされてきたんですね。僕はそこの評価委員を10年間務めていました。今年、機構から表彰されたそうですが、どのような表彰でしょうか?

吉田

 高校生の時から、奈良県にある国立曽爾青少年自然の家でボランティアを続けてきたのですが、学業と活動を両立してきたことを表彰していただきました。

辰野

 人間健康学部とは、どんな学部ですか?。

安田

 「スポーツと健康」と「福祉と健康」の2つのコースがあり、その間をつなぐものとして実践を伴う体験型学習を取り入れています。体験型学習はこれまでの教育に一番欠けていたものだと考えているのですが、人間健康学部では積極的に展開しています。堺市内の南海電鉄・浅香山駅前にあるキャンパスでは、本格的なプロジェクトアドベンチャー施設を備えており、学生たちは、初年次教育で仲間と協力して壁を登ったり飛び降りたり、グループ活動を通した体験型学習を行っています。

辰野

 そういったプログラムはチームワークづくりなどにも役立ちますね。ところで安田先生はレスリングをされていたんですか?

安田

 高校生の頃、厳しい環境に身を置きたいと思い、レスリングを始めました。レスリングを極めることはできませんでしたが、関西大学に入学し、そこで恩師となる伴義孝先生に出会うことができました。伴先生は、近代社会における身体性の問題に体育という立場から取り組んでおられ、「身体を通した経験の大切さ」を説いておられました。そんな伴先生との仕事は、一般的な体育のイメージからはずいぶんかけ離れていて、さまざまな身体技法やボディワーク、アウトドア・スポーツなどをどんどん大学体育の教材に導入してしまうのです。今でこそ学校教育にも浸透しつつありますが、長らく「遊び」として教育現場では軽視されてきたアウトドア・スポーツなどが、実は体験の宝庫だったわけです。人が成長するのに「遊び」はとても大切なのです。

辰野

 養老孟司先生もおっしゃっていたことですが、小学生の頃は勉強をしないで遊んでいていいんじゃないか、体を使うこと、体づくりが第一だと。子どもの時に、身体を動かした体験から感覚として学ぶことをもっとやらないといけない。だから大学生になってからでは遅いのではと思ってしまいます。

安田

 それはおっしゃる通りで、子どもの時から経験していることが望ましいですが、今の子どもたちには3つの間がない、時間、空間つまり遊び場ですね、それと仲間がないという状況にあります。ですので、大学に入って自由な時間ができてからでも、そのような経験を積むことは意味があると考えています。私はこれを「原体験の焼き直し」と呼んで、学生たちと本気で遊んでいます。

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国立青少年教育振興機構「法人ボランティア表彰」を受賞した吉田さん

野遊びから自由を学ぶ

吉田
 私は奈良県出身で、子どもの時から国立曽爾青少年自然の家で野外活動をするような環境にいたので、野生的に育ってきました。自然の中での体験が人間には大切だと思って、大学は人間健康学部を選びました。

辰野

 吉田さんが野遊びを始めたのは、お父さんやお母さんの影響ですか?

吉田

 母親が保育士なので、自然の中での体験が大事だという考えがあったのか、物心つく前からいろいろなことに参加させてくれました。

辰野

 面白かったですか?それともつらかったですか?

吉田

 奈良から伊勢まで自転車で行く冒険とか、100キロ歩いたこととか、つらかったこともたくさんありました。でも、つらいはずなのに楽しかったですね。

辰野

 親が良かれと思って連れて行っても、子どもにとっては自分の意思ではないから、寒くてしんどいだけで、トラウマになってしまうこともあるかもしれませんが、楽しく感じたのなら、吉田さんには向いていたのですね。

吉田

 最初は連れられて行っていましたが、翌年は自分の意志で行ってみて、それからはどんどん自分から参加していました。

安田

 野遊びの隠れた効果の一つに「自己決定」があります。日本の学校では、言われたとおりにすることが良いことだとされてきました。支配と服従という縦の関係の下では、自己決定が許されない。指示待ち人間になってしまうわけです。学校の野外活動だって集団教育という感じでした。しかし、遊びだけは、自分で決めてもいいんです。この自己決定の先にのみ自己変容、つまり自らが望んだ自分になっていくという、本来の意味での成長がある。それを自由というのだと思います。ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、学生たちにはこの自己決定と自由のことばかり話しています。

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堺市と関西大学との地域連携事業「熊野本宮子どもエコツアー」

スポーツと福祉で「健幸」な社会を実現

辰野
 人間健康学部での教育のキーワードは何でしょうか?

安田

 スポーツも社会福祉も実は人間の幸せのための文化的活動です。どちらも近代社会に生まれましたが、当初スポーツは健康な人のみを対象にしていました。一方、社会福祉は、さまざまな事情でスポーツが思うようにできないような状況に追い込まれた人たちのために発展してきましたが、これからは双方がクロスしてこそすべての人の居場所ができる、誰一人とり残されない社会ができると考えています。

 例えば、ゼミの学生たちが、堺キャンパスの近くにある特別養護老人ホームと協力して入居者の夢を叶えようというプロジェクトを立ち上げました。学生の「何かやってみたいことはありますか」の問いに対して、複数の入居者さんから「もう一度山へ登ってみたい」との答え。今の入居者さんたちの世代は、若い頃に登山ブームがあったのですね。このやりとりがきっかけとなって、学生と施設の職員さんでサポートしながら入居者さんたちと六甲山へ登りました。このように、人間健康学部では、スポーツと社会福祉が交わるところで何ができるのか、皆が「健幸」に暮らせる、より良い生き方とは何かを追求しています。

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堺キャンパスに設置されているアドベンチャー施設を用いた体験学習

山が僕の居場所。自分の価値観で歩もう

辰野
 僕は子どもの頃は体が弱く、僕が育った堺では、小学校高学年になると、雪が積もった金剛山に行くのが恒例だったのですが、僕は見送り。校医が「君は体が弱いから、連れて行けない」と。その頃ちょうど、日本人がマナスル初登頂に成功するんです。この世界的な快挙は、敗戦後の日本に元気を与えてくれました。そして登山ブームが起こり、僕もいつか山男になりたいと憧れて、中学に入った頃から近所の友達と一緒に金剛山に出掛けるようになりました。高校1年生の時に国語の教科書で、登山家ハインリヒ・ハラーが書いた『白い蜘蛛』というアイガー北壁初登頂記を読み、それで僕の人生が決まった。「アイガーに登ろう」、そして「山に関する仕事をしよう」と。大学からでは遅いのではと先ほどは言いましたが、何歳から始めても構わないとも思います。「Never too late」、遅すぎることはない。結局、どこでそのきっかけに出会うか。僕の場合はたまたま一番感受性の高い時に山に出会って、この道を選ぶことになったわけです。

 誰かと比べる人生ではなく、しっかり自分の足元を見て、誰かに押し付けられた価値観ではない、自分の価値観で歩むことが大切だと僕は思っています。出会いや気づきはどんな場面でもありうる。75年間生きてきて最近つくづく思うのは、人生とは居場所探しの旅だと。僕は勉強が得意ではなかったから、学校に行っても居場所がなかった。だけど山へ行ったら、そこが僕の居場所だった。人間はそんなに強くないから、自分が逃げ込める場所を見つけた方がいいですね。

安田

 居場所も価値観も私たちが大事にしているキーワードです。

吉田

 安田ゼミは「C(コンフォート)ゾーン」という心の安定を得られる場所、居場所づくりを大切に考え、地域の小学生や障がい者、高齢者の方と居場所を作ろうと活動してきました。まさに会長がおっしゃったことと同じ学びを得てきたように思います。

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辰野さんの著書

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1969年夏、アイガー北壁ヒンターシュトイサー・トラバースで振り子トラバース中の辰野さん

モンベル7つのミッション。広がる連携活動

辰野
 モンベルにはモンベルだから果たせる社会的使命があると考え、7つのミッションを作りました。「1.自然環境保全意識の向上」、「2.野外活動を通じて子どもたちの生きる力を育む」、「3.健康寿命の増進」、「4.自然災害への対応力」、「5.エコツーリズムを通じた地域経済活性」、「6.一次産業(農林水産業)への支援」、「7.高齢者・障害者のバリアフリー実現」の7つです。
 アウトドアは、このミッションを包括的に担っていくことができる。大げさに言えば、少子化をはじめ、我が国のさまざまな社会問題に対するソリューションのキーワードではないかと僕は考えているんですよ。

安田

 7つのミッションは共感することばかりです。これを知って、私と学生たちが手探りでやってきたことが間違っていなかったと確かめられた思いがします。

辰野

 7つのミッションは一つ一つ独立したものではなく、すべてが有機的につながっています。例えば行政では縦割りになってしまうことを、横軸で連携することができる。これを提唱したところ、いろいろな自治体が包括連携協定を結んで一緒にやりたいと手を上げてくれました。都道府県や市町村、大学、企業など123団体※と締結しています。※126団体(2023年6月1日現在)

安田

 すごい数ですね。

辰野

 この7つのミッションは魔法の言葉なんですよ。これを基軸に約120の産学官がつながっていますから、例えば防災連携協定を結ぼうとなれば、一気に実現することもできます。

 実は今、関西大学さんとも包括協定を結ぼうという話が進みつつあります。いくつものキャンパス、多彩な学部で学ぶ学生との触れ合いを想像するだけでも、無限の可能性を予感できます。

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▲カヤックを操る辰野さん / 「モンベル・アウトドア・チャレンジ」で開催されたカヤックスクール(2020年)▲

基礎はプロに学び、リスクは自分で管理

辰野
 福田康夫元首相が日本カヌー連盟会長の時に、同連盟の下に日本レクリエーションカヌー協会を設立しました。この協会では、自然体験学習などを安全に指導できる指導員を育成し、公認指導員として認定を行っています。カヌーだけでなくアウトドア全般に言えることですが、危険が伴うので、リスクマネジメントを自分でできないといけない。だから、やはり基礎技術はきちんと学ぶべきです。そのためには、初心者に技術の伝達や安全に対する意識を教えることができる指導員を育成する必要があります。
 僕らが登山を始めた頃は、登山の基礎技術は山岳会で先輩が無償で教えてくれました。でも本当は、テントの張り方やご飯の炊き方、ストーブの作り方、山の歩き方など必要なスキルは費用を払って教えてもらい、教える側もプロとして生計が立てられるようになるべきです。そしてある一定の知識や技術が身に付いたら山に入りますが、山へ入ったら誰もが対等ですから、自分の身は自分で守らないといけない。教育現場だから学校が責任を取るべきというような世界ではありません。ヨーロッパでは随分昔からそういった登山スクールがありますが、日本もようやくそういう動きになってきました。

安田

 人間健康学部の卒業生にも、アウトドアのフィールドでガイドやインストラクターをしている人が何人もいます。モンベルに就職した卒業生もいます。水が合っているみたいで楽しそうにしていますね。山にも毎週行っているようです。

辰野

 人生のレールは1本ではないので、それぞれ自分に合った道を見つけられるといいですね。僕は入社式で多くの新入社員を前に、いつも話すことがあります。「あなた方はモンベルに憧れて入ってきたかもしれませんが、思っていたものとは違うと感じたら一刻も早くやめてください」と。違う方向を向いて仕事するのは、お互い不幸ですから。

 大事なことは、大学を卒業した後どうするのか。小学校から大学までの教育課程は、居場所を探していく過程です。にもかかわらず、なんとなくこのレールに乗って勉強していたら、将来うまくいくのではないかという思い込みが世間にはあるような気がします。

吉田

 ところで、モンベルのマスコットはなぜクマなのですか?

辰野

 「モンタベア」ですね。クマは自然環境、森の象徴だと、もっともらしい理由付けをしていますが、実は単純にかわいいから。徳島県の木頭村にクマ祭りというものがあって、四国山地には現在20頭ぐらいのツキノワグマが生息していますが、絶滅の恐れがあ
るので何とか保全したいと、モンベルもお手伝いをしています。このような活動もしていますが、クマはかわいい、これに尽きます。

吉田

 かわいいが理由だと知って、モンベルのことをもっと好きになりました。


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2019年、マッターホルンに挑んだ辰野さん

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2019年、50年ぶりにマッターホルン登頂を果たしガイドのベネディクト・ペレンさんと握手を交わす

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出典:関西大学ニューズレター『Reed』73号(6月30日発行)



株式会社モンベルと包括連携協定を締結
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 関西大学と株式会社モンベルは、相互の人的、知的資源や物的資源の交流を図り、アウトドア活動を通して社会に貢献するため、包括連携協定を5月30日に締結しました。
 さまざまな側面から地域課題に取り組んでいる両者が、本協定を機に相互に保有する資源を生かし、人材育成、自然環境意識・防災意識の向上、地域活性化等の取り組みを強化していきます。
 具体的には、緑豊かな関西大学の各キャンパスを生かした取り組みをはじめ、学生・生徒の力を生かした地域連携や自然体験を通じた生き抜く力の育成、本学が連携協定を締結している自治体などの小・中学生、高校生を対象とした取り組み等を進めていく予定です。

辰野 勇 ─ たつの いさむ
株式会社モンベル代表取締役会長兼C.E.O。アルピニスト、カヌーイスト。1947年大阪府堺市生まれ。1969年アイガー北壁を世界最年少、日本人第2登を果たす。帰国後、日本初のクライミングスクールを開校。1975年モンベルを創業。阪神・淡路大震災、東日本大震災ではアウトドア義援隊を組織し支援活動を行う。京都大学特任教授、びわこ成蹊スポーツ大学客員教授、天理大学客員教授。1994年関西ニュービジネス協議会・起業家大賞、1999年イタリア山岳会・2000年記念賞、2016年毎日経済人賞受賞。2021年紺綬褒章受章。日本レクリエーショナルカヌー協会会長、日本・スイス国交樹立親善大使、シートゥーサミット連絡協議会代表など公職多数。山岳雑誌『岳人』編集長。著書に『軌跡』(ネイチュアエンタープライズ)など