KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

情報技術でスポーツの戦術分析が飛躍的に向上。
スピーディーな社会実装に向け、チームで研究に取り組む。

研究

/総合情報学部 ⽥中成典教授、環境都市工学部 山本雄平助教、先端科学技術推進機構 鳴尾丈司特命教授

 2022年池田泉州銀行第18回イノベーション研究開発助成金にて優秀賞受賞、2020年紀陽銀行イノベーションサポートプログラム採択、2019年国土交通省i-Construction大賞にて優秀賞受賞など、大手企業による助成金プログラムや官公庁から高く評価される研究が、関西大学から発表され続けている。
 その立役者は、総合情報学部の田中成典教授。最先端技術の研究とその社会実装について、田中教授と、研究メンバーである環境都市工学部の山本雄平助教、先端科学技術推進機構の鳴尾丈司特命教授が語った。

簡単にパノラマ動画を作成できる「Intelligent Panorama」

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鳴尾丈司特命教授
鳴尾
「Intelligent Panorama」は、サッカーなど広いフィールドでのスポーツの戦略分析に貢献するソフトウェアです。ビデオカメラを2台設置するだけで、簡単にパノラマ動画を作成できます。フィールド全体を撮影するので、相手チームの分析もできますし、特定のプレイヤーの試合中の動きを全て確認することもできます。
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鳴尾
従来このような広範囲の動画は、高性能のビデオカメラ(主に放送用)でないと撮影できませんでした。しかし、この「Intelligent Panorama」を使えば、市販のビデオカメラの動画からパノラマ映像を生成でき、フィールド上のプレイヤーやボールを確実に捉えることができるのです。
さらに、パノラマ動画を再生する場合、動画再生ソフトウェア「Intelligent View」を使えば、動画の拡大・縮小、タグ付けなども可能です。「Intelligent Panorama」と「Intelligent View」は、スポーツの戦略分析やプレイヤーの技能向上に大いに活用できるでしょう。
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鳴尾
本研究は、2022年「池田泉州銀行第18回イノベーション研究開発助成金」にて優秀賞を受賞しました。今後、機能向上を図りながら、本格的な実用化に向けて動き出します。ソフトウェアの販売ではなく、サブスクリプションのようなビジネスモデルを検討中。部活動など身近なところで使っていただけるようになったら、嬉しいですね。
『Intelligent Panorama & View』紹介動画

AIに学習させるためのデータセットを簡単に構築できる「Intelligent Annotation」

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山本雄平助教
山本
私が携わったのは、「Intelligent Annotation」というソフトウェアの開発です。こちらは2020年の「紀陽銀行イノベーションサポートプログラム」に採択されました。
例えばサッカーの試合の映像から、各プレイヤーの立ち位置や動きのデータを抽出する場合、AIを使うとしても、まずAIに「これがプレイヤーだよ」と学習させてからでないと、AIは画像データを処理できません。AIに学習させるためには、手作業で見本となるデータ(=教師データ)を構築する必要があります。この教師データを意味付けする工程をアノテーションと呼びます。
アノテーションは人による作業ですので、作業者は正確な判断力に加え、根気強さも求められます。サッカーの試合動画の場合、1フレーム(1秒:通常30フレーム)ごとに手作業で10名以上のプレイヤーを抽出し、さらにそれが90分で162,000フレーム必要です。作業者には大きな負担がかかり、作業時間も膨大になってしまいますよね。そこで、アノテーションを効率的に行うためのソフトウェア「Intelligent Annotation」の出番です。本ソフトウェアには、「これは人間」「これはボール」と認識される汎用的なモデルが用意されているため、自動的にプレイヤーを識別します。作業者は、その識別が正しいかどうか、目視で確認して修正するだけで済みます。数分間の作業で、教師データが構築可能なのです。
さらに、複数視点の動画間でも同期を取りながら自動的にアノテーションすることもできます。味方ゴール側の動画と、相手ゴール側の動画それぞれから、簡単に各プレイヤーの動きを抽出できるのです。
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山本
この「Intelligent Annotation」によって、AIを使ったスポーツ動画分析の効率が飛躍的に向上します。動画さえあれば、プレイヤーの識別や位置情報などのデータを抽出できるため、大掛かりな機器やシステムは不要。スポーツの戦略分析を手軽にする一助となるでしょう。

データの力でスポーツの戦術分析を高度に

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田中成典教授
田中
IoT機器から大量のデータ取得が可能となり、さらにAIの発展が目覚ましい現代社会は第四次産業革命と呼ばれ、日進月歩で技術革新とその実用化がなされています。スポーツの分野においても「IoTを活用した知的なAI分析」は欠かせません。私たちは、「Intelligent Panorama」や「Intelligent View」、「Intelligent Annotation」を開発することで、フィールドスポーツにおける高度な戦術分析の実現を目指しています。それも、プロスポーツだけでなく、高校・大学の部活動など市民活動レベルでの実用化が目標です。
この大きな目標のためには、図のように一つひとつの技術開発が必要です。これを一人(点)で実装していくには、目標実現まで大変な時間がかかってしまいますが、チームスポーツのように仲間(面)で役割分担すれば、スピーディーに目標が達成できるはず。今まさに、それぞれの開発を終え、実用化のフェーズに移行しているところです。
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関西大学で恩師に出会い、AI研究を始める

 チームでの研究にこだわる田中教授。その背景には、関西大学への強い想いがあった。

田中
私自身、関西大学工学部の出身ですが、大学時代に出会った三上市藏名誉教授はまさに恩師です。三上先生に一から研究の面白さを教えていただきました。とにかく研究が楽しくて、私は大学院へ進学。当時は日本における初期のAIブームでした。人工知能という言葉が認識され始めたのです。新しいもの好きだった私や三上先生も、既存研究の延長でAI研究に取り組みました。
そして1994年、関西大学に新たに「総合情報学部」が設置されることとなり、縁あって大学教員にならないかとお声がけいただきました。大手システム会社でAIの業務開発に携わっていた私は、「母校のためになるのなら」と会社を辞め、大学教員としての道を歩み始めたのです。
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研究に打ち込める環境として、会社を設立

田中
大学教員となり一層意識したのは「関西大学のブランド化」です。私の後輩でもある学生達に、より良い環境を提供しなければという使命感がありました。
研究分野で関西大学をブランド化するためには、質の高い論文をコンスタントに発表する必要があります。ただ、大学生が著名な学会で通用するレベルの査読論文を1本書くには数年かかります。ゼミ選択は大学3年次からなので、通常はそんな論文を書き上げる前に卒業を迎えてしまう。だから、大学院進学を卒業後の選択肢として選びやすくしておくことが重要だと考えました。私の研究室で長期的に研究に取り組める環境を構築し、関大生をドクターまで育てる覚悟と仕組みが必要だと思いました。
そこで、2000年に株式会社関西総合情報研究所を立ち上げました。大学院進学を希望する学生や大学院生は、この会社の構成員として、業務の一端を担いながら経済的に自立した研究生活を送ることができます。この会社の事業はシステムの受託開発が主でした。当時IT分野が注目されていたこともあり、十分な売上を確保できました。

研究と社会をつなぐ、Intelligent Style株式会社

田中
関西総合情報研究所は20年間経営しました。その間に送り出した学部生は350人以上、大学院生は120人以上、そのうち30人以上が大学教員となっています。査読論文は220編以上、出版した学術図書は55冊以上、特許も30件取得しました。会社設立の目的であった、関西大学のブランド化に十分貢献できたと思います。
「これからは次世代へ引き継いでいきたい」。そんな想いから、関西総合情報研究所出身の大学教員を中心に、関西総合情報研究所に代る新しい会社を立ち上げてもらいました。それがIntelligent Style株式会社です。山本先生、鳴尾先生も参画されています。構成員のほぼ全員が大学教員であるという強みを生かし、最先端の情報科学技術で企業の課題解決を提案するコンサルティングが事業の中心。「Intelligent Panorama」や「Intelligent View」、「Intelligent Annotation」を含むスポーツ分野だけでなく、社会基盤分野や社会活動分野、さらにマーケティング分野など、IoTやAIなどの高度情報処理技術を駆使して、企業や社会のニーズに応えています。
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Intelligent Style 株式会社

スピーディーな対応が、チームで研究をする利点

田中
第四次産業革命が起こっている今、ビジネスモデルがめまぐるしく変化しています。私たちは、その変化を先取りしなければなりません。信頼関係で結ばれた研究者同士で活動すれば、阿吽の呼吸でスピーディーに研究を進められます。それが面としてチームで研究をする最大の利点ですね。
情報技術の確立やシステム開発は、素早く社会に実装してこそ、その価値を発揮します。これからも「研究の社会実装」を念頭に、チームで様々な社会課題に挑戦していきたいと思います。まさに、関西大学の学是である「学の実化」の実践そのものです。
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左から
鳴尾 丈司/特命教授(先端科学技術推進機構)
⽥中 成典/教授(総合情報学部)
山本 雄平/助教(環境都市工学部)
田中研究室:「社会基盤」と「社会活動」に関する社会空間情報科学が主な研究テーマ。高度な情報処理技術を、スポーツ分野、土木建設分野、マーケティング分野など、多岐にわたる分野に利活用している。文部科学大臣表彰をはじめ、受賞歴多数。