KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

より高度なシミュレーションや新たな技術で「水災害」に備え、減災をめざす

研究

津波の被害予測からサンゴ礁の再生まで。水災害の防災・減災研究を社会につなぐ
/社会安全学部 高橋智幸教授

 瓦礫が続く風景に言葉を無くした東日本大震災での津波。そして今また南海トラフ地震が迫っていると言われます。「TSUNAMI」という言葉が生まれた日本で、津波や高波、洪水といった水災害の高度な被害予測モデルを開発し、その成果を行政や市民に伝える方法までも研究対象とする高橋教授。海における環境問題を時間軸の長い水災害と捉え、サンゴ礁再生やエコな水力発電にも奔走しています。

現実に限りなく近いシミュレーションで災害に備える

 南海トラフ地震での津波予測や大阪府のハザードマップは、水の動きのシミュレーションを元に作られています。しかし実際の津波では壊れた船や建物の残骸が街を襲い、凶器と化して命を奪います。水の勢いで海底の土砂が掘られて大量に運ばれ、地形が変わることもあります。高橋教授が取り組むシミュレーションは、そんなさまざまな要素を統合した高度な被害予測モデルです。「その場所で津波がどう地形を変え、どんな漂流物を運んでくるのか、現実により近い状況を再現することが大切です」。これらの残骸や瓦礫は、津波が去ったあとも街に残り、避難や復旧の妨げとなります。災害瓦礫がどこにどのくらいたまるのかといった実際の現象がわかっていると、そこを優先して回収したり避難経路を迂回させたりと、行政側も事前に対策を立てやすくなります。「津波の発生は止められません。しかし、それに伴う被害を可能な限り減らすためには、どんなことが起きるのかを行政や市民が知っておくことが不可欠なのです」。

かつて暮らした街が一瞬にして壊れた、東日本大震災

 環太平洋地震帯に位置する日本の周辺で、特に津波が発生しやすい場所は3カ所。千島海溝・日本海溝、日本海東縁部、そして南海トラフです。アメリカを含む数々の大学を渡り歩き、各地に特有な津波の研究に携わってきた高橋教授。2011年の東日本大震災の報を聞いたのは関西大学に赴任して1年目のことでした。すぐに現地に赴き調査を行いますが、途中からは調査用器材を担ぎながら茫然とただ歩くしかできなかったといいます。「あれはトラウマのようなものだったと思います。これまでも世界中の津波被害調査をしてきましたが、災害が起きた後しか見たことはなかった。東北の大学に在籍していたころ、志津川町や気仙沼でほぼ暮らしていたと言っていいほど寝泊まりしていました。お酒を酌み交わした民宿のおじさんも、家庭教師をしていたお宅の方も被害に遭われました。楽しかった日常の生活が一瞬にして変わる、それは本当に衝撃でした」。この経験を経て、災害は他人事じゃないことを伝えなければならない、という気持ちが強まりました。

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第一報の重要性を痛感。津波の過小評価をレーダー観測で防ぐ

 東北大震災では地震発生から3分後に気象庁による津波警報が発令されています。これほどスピーディに警報を出せるのは世界中でも日本だけです。しかし残念ながらその第一報は、津波の規模が実際よりも過小評価されたものでした。とはいえ、沖に設置された海洋ブイの観測データから、津波が当初の予測をはるかに超えていることを察知した気象庁は、その25分後には津波の高さを修正。しかしその間に停電が発生したため、第二報が住民に伝わらなかったのではと高橋教授は考えています。「第一報を見て、大丈夫だと逃げなかった人が大勢いたはず。それが人的被害を拡大したと思われます。第一報が過小評価にならないことがとても重要です」。気象庁の津波予測は地震波をもとに算出されますが、3.11の津波は海溝付近で広範囲に断層のすべりが起き、津波が巨大化。これは地震波だけではわかりません。「実際に起きたことを『計測』せず『予測』していることに限界があります。より正確な津波警報のために、波そのものを観測しなくては」。高橋教授は現在、海洋レーダーによる津波の観測と予測の研究を進めています。レーダーを海に向かって照射すると、波に反射し戻ってきます。その周波数から、どの場所の波がどんな速さで動いているかが測定できます。海洋ブイなどによる点的観測に比べ、面で観測できる海洋レーダーは格段に多くのデータ収集が可能。原子力発電所のような国内の重要施設のほか、津波の多いインドネシアでも導入が始まっています。発生した津波を正確に知ることが迅速な対応に繋がり、二次災害の防止にも貢献します。

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スマホアプリやARソフトを開発。「どうわかりやすく伝えるか」までを研究対象に

 社会安全学部は社会貢献型の学部です。本研究室でも、南海トラフ地震津波に備えて被害予測シミュレーションの高度化を図るとともに、防災教育に活用するためのツールも開発しています。「行政の担当者や市民など、情報を必要としている人へ届けることまでが研究対象です」と高橋教授。例えば人と車が混在して避難する徳島市のシミュレーションは、混在率と時間経過に伴う避難完了率の関係や、混雑する場所が一目瞭然。避難ルート策定の目安になります。また大阪府堺市の津波ハザードマップを元に、浸水を実感してもらうためのiPhone用アプリを開発。街を撮影すると、浸水時の水面や最寄りの避難所が写し出されます。実際に学生が市の防災訓練に参加、一般市民にアプリを使いながら避難してもらい、実証実験を行いました。神戸市ポートアイランドの津波を想定したARでは、建物や道路、津波、さらには堤防が崩れた場合といった多数のマーカーを設定。ARメガネをかけるとそれぞれのデータが重なり合って可視化されます。マーカーを足したり引いたりすることでさまざまなケースを目で見て実感し、過去の津波と南海トラフ巨大津波の比較も容易です。このように数値データを画像に変換し、今いる場所や家、学校、職場などのリスクを直感的に理解させ、災害時にどんな行動をとるべきかを考えさせるツールは今後ますます必要となるでしょう。本研究室ではこれらの研究開発を学生が主体となって取り組んでいます。「関大の学生はやりたいことがマッチすると非常にのめり込み、結果も出してくれます。卒論や修論でも相当高いレベルの査読付き論文を書く。こちらもやりがいがあります」。

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安心して使えるAIの解明や、波力発電によるサンゴ礁再生にも挑む

 現在、沖合いで発生する津波の全体像をすぐに知るすべはありません。しかし津波レーダーや海洋ブイなど海面で捉えた観測データから瞬時に海底の断層の状況が予測できれば、刻々と迫る災害に備えて打つ手が増やせます。高橋教授はこのデータ解析の迅速化をめざし、AIの機械学習を活用。AIに正しい答を学習させるための適切な教師データをシミュレーションにより作成し、膨大な学習を繰り返すことで予測精度がパーフェクトに近づくことが明らかになりました。今後はより複雑な断層を学習させるとともに、なぜその答えが導かれるのかの道筋がたどれないAIの「ブラックボックス化」を少しでも軽減したいと考えています。「津波は、こんな断層ならこのように観測されるというインプットとアウトプットの物理的機構がわかっているので、AIがどう学習しているかを探りやすい。ブラックボックスの中身がわかると信頼性が高まり、実用化に踏み出せます。医療や経済など他分野にも応用できます」。社会安全学部では今秋より、AIを基礎科目としてスタートさせます。AIに精通することで津波の研究と普及も進むはずです。また高橋教授は、海洋の環境問題を「長期にわたる水災害」と捉え、注目。再生可能エネルギーである波の流力振動による発電装置を開発し、特許を取得しました。そのデバイスをサンゴ礁に設置、微弱な電流を流すことで成長を促し、ダメージから再生させるプロジェクトは、学内の他の研究室と協働しオール関大で取り組みながら、さらに他大学との共同研究も進めています。秋には国の研究機関とも共同で、世界初の津波解析ハッカソンも開催。委員長として日本の津波解析のレベルのさらなる向上を図り、官民学を挙げての巨大津波への備えをより万全なものへとリードしていきます。

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