統計学は、数学そのものではありません。統計学を学ぶうえでまず本当に大事なのは、数式や計算そのものではなく、その数式や計算が表している考え方や「思想」です。統計学の手法には、たとえば、日本男性の一部の人だけを調べて「日本男性全員の身長の平均は、170cm±2.5cmと推測する。この推測の信頼の度合いは95%である。」というような答を導くものがあります。この手法は確率の計算式で表されますが、「何が95%なのか」を正しく理解するには、その本質である思想を理解する必要があります。この本では、「統計学の本質である思想」のほうを重点的に説明します。
人間が、大量のデータをざーっと眺めて「おお、このデータは要するにこういうことかっ!」とわかるほど賢ければ、統計学など必要ありません。しかし、残念ながら人間はそれほど賢くありません。データをひとつひとつ見ていっても、それだけでデータ全体から何かを知ることはできないのです。そこで、データ全体を要約する計算によって、大量のデータからその意味を導きます。この本の第1部では、そのための「記述統計学」といわれる手法を説明します。
また、世の中には、すべてのデータを調べることができない、あるいは「事実上」できない、という場合がよくあります。湖の水質を調べるのに、湖のすべての水を検査するわけにはいきません。また、選挙のときには一刻も早く結果が知りたいので、開票が終わる前に「当選確実」を報じます。このような場合に用いられるのが、データの一部だけを調べて、データ全体から言えるであろうことを推測する「統計的推測」です。データの一部を用いた推測は、実際には一部以外調べていないデータについて答えるのですから、誤差があるし、はずれている可能性もあります。その誤差や「はずれの可能性」を確率の考えを使って計算して、推測結果とともに述べる方法を、この本の第2部で説明します。
さらに、第3部では、統計学が私たちの生活のどのようなところに役立てられているかを説明しています。例えば、
などです。
この本では、「数式を使わない」などとはけっして言いません。統計学は、その思想を数学に置き換えて、実際の問題に応用されます。それは、計算によって客観的な数値で答えを出すためです。数学以外の方法で計算する方法を、人類はいまのところ知りません。ただ、ここでいう「数学」は、特別にむずかしい数学ではありません。この本の内容を理解するのに必要な数学の知識は、+,-,×,÷,√(平方根),累乗の6種類しかありません。この本で説明する統計学で必要な計算は、これらを駆使すれば、十分行うことができます。
2008年に統計学の入門書を出版していますが、それから6年間の講義の経験をもとに、構成を新たにして執筆したのがこの本です。前の本と同じように、統計学の計算そのものよりも、「いったい何を計算して、何を知ろうとしているのか」を解説しています。今回の本では、読者がデータに対する手作業をして、理解を深めながら読み進めるような工夫をしています。