—樋口電子とはどんな会社ですか?
父の樋口明夫が創業した会社で、プリント基板と呼ばれる電子部品の組み立てと実装を主な事業としています。プリント基板自体は、スマートフォンから自動車、宇宙機器まで、あらゆる電子機器に内蔵されている重要な部品です。樋口電子では、無線機や電力計など少量生産される産業機器向け製品を専門に扱うことで差別化を図っています。一つひとつ異なる仕様に対応するため、「少量多品種」のモノづくりを得意としています。



















































働く関大人
「手仕事」がモノづくりを支える 町工場から描く製造業の未来
電子機器製造業/専務取締役
電子機器の心臓部ともいえる「プリント基板」の実装を手がける町工場・樋口電子(大阪府高槻市)。人口減少や高齢化によって、全国の製造現場では人手不足や技術継承が大きな課題となっています。そうした状況を前に、専務取締役の樋口真士さんは、少量多品種のモノづくりを支える「手加工」の価値を次世代へつなぎ、日本の製造業の未来を見据えた挑戦を続けています。持続可能なモノづくりの実現に向けた取り組みと、その先に描くビジョンについて伺いました。
父の樋口明夫が創業した会社で、プリント基板と呼ばれる電子部品の組み立てと実装を主な事業としています。プリント基板自体は、スマートフォンから自動車、宇宙機器まで、あらゆる電子機器に内蔵されている重要な部品です。樋口電子では、無線機や電力計など少量生産される産業機器向け製品を専門に扱うことで差別化を図っています。一つひとつ異なる仕様に対応するため、「少量多品種」のモノづくりを得意としています。
私たちが扱う製品では、プリント基板に取り付ける部品数は少ないもので1点、多いものでは460点に及びます。図面をもとに部品を差し込み、はんだ付けしていきます。部品の種類が非常に多く、どの部品をどこに取り付けるかを正確に判断しなければなりません。また、品質を維持するためには細かな調整も欠かせません。大量生産品であれば機械化できる工程もありますが、少量生産でメーカーごとに仕様も異なるため、一つひとつ手作業で組み立てを行っています。
大量生産の工程では、今後さらに自動化が進むと思います。一方で、少量多品種の現場では製品ごとに条件が異なり、図面通りにいかないケースも少なくありません。そうした場面では、経験をもとにした判断や工夫が品質を支えています。
私は、手加工の価値は単なる作業ではなく、現場に蓄積された知見やノウハウにあると考えています。だからこそ、それらを個人の経験のみに頼るのではなく、調整可能な変数としてとらえながら次の世代へ受け継いでいくことが重要です。手加工の技術や知見を持続的に活かせる仕組みをつくることが、日本のモノづくりの未来につながると思っています。
工場で両親が働く姿を見て育ったこともあり、小学生のころから「いつか樋口電子を継ぎたい」という夢を持っていました。ただ、家業を継ぐのは兄だと思っていたため、自分の夢は半ば胸にしまっていました。
関西大学システム理工学部で電気電子情報工学を学び、卒業後は京都の村田機械で技術営業として勤務しました。しかし、2020年にコロナ禍による半導体不足の影響で、樋口電子の経営も厳しい状況に陥りました。 そのとき、「会社を立て直すために帰ってこないか」と声をかけてくれたのが、系列会社で社長を務める兄でした。父は、せっかく入った会社を辞めることに最後まで反対していましたが、「今しかない」と考え、28歳で家業を継ぐ決意をしました。
製造の現場ははじめてでしたが、前職の経験を生かして営業で会社の即戦力になれると思っていました。しかし、現実は想像以上に厳しく、営業先では話すら聞いてもらえない日々が続きました。それまで仕事がうまく進んでいたのは自分の力ではなく、大企業の看板があったからなのだと痛感しました。それでも諦めることなく地道に営業を続け、少しずつ信頼を積み重ねてきました。現場に深く関わる中で、樋口電子だけでなく、多くの町工場が共通の課題を抱えていることも見えてきました。
最初に課題だと感じたのは、仕事のノウハウが属人化していたことです。プリント基板の組み立ては図面をもとに進めますが、どこに図面があるのか、どの部品を使うのかといった情報が、ベテラン社員の頭の中にしかありませんでした。同じ製品を毎月製造するわけではなく、数年ぶりに注文が入ることもあります。そのたびに誰かへ確認しなければ仕事が進まない状態では、生産性は上がりません。
そこで、図面や製造情報を整理し、誰でも作業を進められるようマニュアルを整備しました。ただ、多品種少量の現場では、マニュアルだけですべてを伝えることはできません。品質を左右する判断や工夫といった現場ならではの知見を、どのように共有し次の世代へ受け継いでいくかが大切だと考えています。
私が入社した当時、従業員は父を含めて6人ほどでしたが、現在は20人まで増え、平均年齢も60代から40代へと若返りました。
人口減少が進む中で、これまでと同じ働き方を前提にしていては、製造業は成り立たなくなると感じています。そこで、子育てや介護など、さまざまな事情を抱える人でも働き続けられる環境づくりを進めてきました。地域には、働く意欲や技術を持ちながらも、勤務条件の制約によって活躍の機会が限られている人が少なくありません。そうした人たちが安心して力を発揮できる職場をつくることは、会社だけでなく地域にとっても大きな価値があると考えています。
プリント基板の実装は、コンマ数ミリのずれが品質に影響する非常に繊細な仕事です。もちろん個人の意識や技術は重要ですが、それだけでは不十分だと考えています。安心して働ける環境があるからこそ、目の前の仕事に集中できます。だから私は、働きやすさは福利厚生ではなく、モノづくりの品質を支える土台だと考えています。そうした取り組みの積み重ねが高い品質を生み出し、地域産業や日本のモノづくりを支える力になると信じています。
日本の町工場では高齢化が進んでいます。私たちの周りでも廃業する町工場は増えており、ある試算によると2040年には働き手が1,100万人不足するともいわれています。しかし、日本の製造業は、人口が増え続けていた時代の仕組みを引きずったままです。このままでは町工場は減り続け、仕事はあっても受けられる会社がないという状況が各地で起こりかねません。「MADE IN JAPAN」といわれる、日本ならではの高品質なモノづくりを維持・発展させるためには、製造業を構造から変える転換点に立っているのではないでしょうか。
私は、手加工業者が専門集団として洗練されていくことで、未来の産業インフラとなり得るのではないかと考えています。例えば、手加工に関するデータやノウハウ、教育、効率化の仕組みを集約することで、これまで4人で行っていた仕事を2人でこなせるようになるかもしれません。そうすることで、人口減少の中でも日本のモノづくりが価値を生み出し続けられるはずです。
将来的には、こうした拠点を全国に展開し、「コンビニエンス加工屋」のような存在を目指したいと思っています。地域ごとに手加工の拠点があれば、その地域の製造業を支える受け皿となり、日本全体の製造インフラを維持することにもつながるはずです。
さらに先を見据えると、フィジカルAIやヒューマノイドロボットの進化も、この業界を支える大きな力になると期待しています。私たちの現場は、こうしたAI技術の進化を支える可能性も秘めていますし、先行して導入・検証を行う場にもなり得ると考えています。人口減少は避けられません。しかし、人とテクノロジーがそれぞれの得意分野を生かしながら協働することで、日本のモノづくりにはまだまだ大きな可能性があると信じています。
1日の中で最も集中できるのが、従業員が出社する朝6時まで。この時間帯に欠かせないのが、設定した時間まで中のものを取り出せない「タイムロッキングコンテナ」です。スマートフォンを入れて通知や連絡から距離を置き、業務効率化ツールの開発など、中長期的な業務に集中しています。
もうひとつの必須アイテムはワイヤレスイヤホンです。製造現場での作業中や移動中にも電話対応ができるよう、常に身に着けています。
3:00 起床
4:30 出社
6:00 製造、営業、採用、広報など幅広い業務を担当
19:00 帰宅
21:00 就寝
3人の子どもたちと過ごす時間が、何よりのリフレッシュです。仕事と子育てを両立できているのは、育児をサポートしてくれる義理の両親をはじめ、多くの人の支えがあるからこそ。家族や周囲への感謝を忘れず、仕事にも全力で向き合いたいと思っています。