新人アナウンサーが初めて番組で原稿を読むことを放送業界では「初鳴き」といいます。僕が上司から「今度、番組で天気予報を読んでもらうよ」とメールで連絡を受けたのは放送の2週間前でした。4月に入社してから新入社員研修で同期のみんなと社内のいろいろな部署を回っており、当時はアナウンサーとしての研修はまだ始まっていませんでした。すぐ先輩たちがどんなふうに天気予報を読んでいるかを調べ、本番までに何度も何度も練習しました。



















































働く関大人
アメフト魂で挑む 熱いスポーツアナを目指して
放送業/アナウンサー
関西テレビ(カンテレ)の新人アナウンサー、西中蓮さんは大学時代、体育会アメリカンフットボール部でレギュラーとして活躍していました。しかし、試合中の大けがで部活動を断念。学生生活の目標を「アナウンサーになること」に切り替え、見事夢をかなえました。今は「選手時代の経験を生かし、スポーツを熱く語れるアナになりたい」と意欲を燃やしています。
新人アナウンサーが初めて番組で原稿を読むことを放送業界では「初鳴き」といいます。僕が上司から「今度、番組で天気予報を読んでもらうよ」とメールで連絡を受けたのは放送の2週間前でした。4月に入社してから新入社員研修で同期のみんなと社内のいろいろな部署を回っており、当時はアナウンサーとしての研修はまだ始まっていませんでした。すぐ先輩たちがどんなふうに天気予報を読んでいるかを調べ、本番までに何度も何度も練習しました。
めちゃくちゃ緊張しました。でも、笑顔になることはできました。普段からニコニコしているタイプなので、顔はそれほど強張(こわば)っていなかったと思います。原稿を最後まで噛まずに読むこともできました。ただ、締めの言葉を言ったと思うのですが、緊張で頭の中が真っ白になっていたので何を話したのかは覚えていません。
MCの円広志さんから「声がよく通っている」と褒めていただきました。ミルクボーイの内海崇さんには「貫禄があるな」と冷やかされました。僕は身長が181cm、体重は87kgあり、ヘアスタイルはずっと七・三分け。昔から年齢より上に見られることが多いのです。スマートなアナウンサーが多いカンテレでは珍しいタイプだと思います。
幼稚園の年中から中学時代まではキックボクシングをしていました。幼いころから体格に恵まれましたが、泣き虫だったので両親がジムに通わせてくれたそうです。キックボクシングは10年間続け、関西大会などで何度か優勝しました。アメフトを始めたのは関西大学第一高等学校に入学してからです。2015年のラグビーワールドカップで日本が強豪の南アフリカを破った試合を見て、「今度はコンタクトスポーツをしたいな」と思うようになったのがきっかけでした。しかし、「大学では遊びたい」と考え、関大に進学してすぐにはアメフト部に入りませんでした。でも、学生生活に物足りなさを感じ、1年次の2月に入部しました。遅れを取り戻すため、人一倍練習し、2年次の春にはオフェンスラインのスターティングメンバ―に選ばれました。
ところが、その年の秋、関西学生1部リーグの優勝がかかった試合で右ひじの靭帯(じんたい)を断裂する大けがをしました。一日も早くチームに復帰したかったので手術後は懸命にリハビリに通いましたが、完治まで1年かかることが分かり、次第に「新しい目標に挑戦したい」という思いが強くなりました。それがアナウンサーになることでした。実は2年次の夏からアメフト部の練習と並行してアナウンサースクールに通っており、3年次の途中で退部してからは放送業界を目指す準備を本格的に始めました。
当時のアメフト部監督・磯和雅敏先生に相談したところ、部活動をしっかり続けることを条件にスクールに週1回通うことを認めていただきました。磯和監督は関大一高時代の先生で高校アメフト部の監督でもあったため、理解していただけたのだと思います。同じポジションの先輩たちに応援していただけたのもありがたかったですね。
きっかけは18年に韓国・平昌(ピョンチャン)で開かれた冬季オリンピックのニュース番組をテレビで見たことです。特に「報道ステーション」(テレビ朝日系)でスポーツキャスターを務めていた寺川俊平アナウンサーの身ぶり手ぶりを交えた情熱的な話しぶりに惹き込まれました。僕はスポーツが大好きなので「スポーツ選手に取材できるアナウンサーっていいな」と考えるようになりました。中学時代はまだ漠然とした憧れでしたが、高校に入ったころには「将来は絶対にアナウンサーになる」と決めていました。
アナウンサーを目指す大学生を対象にした「学生アナウンス大賞」というコンテストが毎年開かれます。この大賞に目標をしぼって、アナウンサーの勉強を頑張りました。その結果、2年次の3月に行われた大賞でファイナリストに選ばれ、「アナトレ賞」を受賞しました。声の大きさと体育会で培ったガッツをアピールできたのが評価されたのではないでしょうか。その後の就職活動はそれほど苦労しなかったと思います。カンテレを志望したのは、生まれも育ちも大阪で「地元の放送局で働きたい」と考えたからです。
「学生アナウンス大賞」は、全国の大学生にアナウンサーを目指すきっかけにしてもらおうと2021年に創設されたコンテスト。フジテレビが運営するアナウンサースクール「アナトレ」の全面協力で行われ、実際のアナウンサー採用試験に近い審査を経験できる。西中さんが「アナトレ賞」を受賞した第3回の大賞では、関西大学社会学部の西田杏優さんがグランプリを獲得した。西田さんは現在、テレビ新広島でアナウンサーとして活躍中。
毎週末、泊まり勤務をしてニュースを読んでいます。ニュースの時間は午後9時前、午前0時、午前6時か7時の3回。午前0時のニュースを読んだ後、午前1時過ぎから仮眠を取りますが、3時間ほどで起きなければなりません。朝のニュースの原稿に目を通したり、身だしなみを整えたりするのに時間がかかるからです。慣れれば、もう少し工夫できると思うのですが...。このほか、番組や宣伝のナレーションを読んだり、現場中継に出たりしています。
初めての中継は「神戸須磨シーワールド」(神戸市須磨区)のシャチショーで水をかぶるというものでした。お盆の最終日で、2700人収容の観客席は満員。中継時間に合わせてシャチが水をかけてくれるかどうか分からないので心配でしたが、お客さんたちが掛け合いで盛り上げてくださったおかげで、すごくやりやすかったです。中継では全身びしょ濡れになりましたが、今ではいい思い出です。10月からは情報番組「ニュースランナー」で木曜日のお天気コーナーをレギュラーで担当することも決まっています(※)。
※このインタビューは2025年9月に行われました。
やはりスポーツ番組のキャスターや実況をすることです。自分の言葉でスポーツの面白さを視聴者に伝えられるのがスポーツアナの魅力。僕は幼い時からスポーツを続け、競技中に大けがも経験していますから、他の人よりスポーツ選手の気持ちや苦しさが分かると思います。それを生かして、寺川アナのように情熱的なスポーツ中継をしたいですね。大リーグ・ドジャースの山本由伸投手のファンなので、山本選手が帰国した時にインタビューするのが夢です。競馬の実況にもいずれ挑戦したいと考えています。
今はアナウンサーとしての基礎固めの時期だと考えています。スポーツ中継に台本はなく、試合の展開を即座に描写しなければなりません。そのためには、さまざまな競技のルールを理解し、選手名を覚えておく必要もあります。仕事の空き時間には、スポーツ中継の番組録画を見ながら模擬中継をする練習をしています。このほかにも、やらなければならないことはたくさんあります。いつ実況を任されても、すぐに対応できるようにしたいと考えています。
ストップウオッチと日本語発音アクセント辞典です。ニュースはディレクターから「1分で読め」と指示されたら、時間内に原稿を読み終えなければなりません。このため、ストップウオッチを使って時間通りに原稿を読む練習を普段からしています。アクセント辞典は標準語のアクセントを調べるための辞典。ずっと関西弁をしゃべってきたので、先輩からは「自分のアクセントは基本的に疑え」と言われています。この2つはいつも持ち歩いています。
10:00 出社。時事問題を頭に入れるため、新聞各紙に目を通す。「いつも声に出して読みます」
11:00 番宣などのナレーション収録。「空いた時間に発声や実況の自主トレをします」
12:00 昼食
13:00 午後もナレ撮り。夕方にスタジオ入りし、天気予報のコーナーを2枠担当。その後、反省会
19:30 退社
おいしいものを食べるのが一番の楽しみです。特にラーメンが大好きで、学生時代は関大前駅周辺のラーメン店を食べ歩いていました。先日、「二郎系ラーメン」のお店を1日に4軒回る番組ロケがあったのですが、4軒ともスープも残さずラーメンを完食し、スタッフに驚かれました。