KANDAI HEADLINES ~ 関西大学の「今」

ともに生き、ともに輝く 未来へ向けて

グローバル

アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を超えて誰もが生き生きと活躍する社会へ

/カルティエ ジャパン プレジデント & CEO 宮地 純 × 関西大学 学長 前田 裕



 SDGsが定着しつつある現在でも、ジェンダー平等への道のりはまだまだの日本社会。今号では前田裕学長が、女性活躍推進活動に力を入れている「カルティエ ジャパン」の宮地純 CEOを訪ね、大学とラグジュアリーブランドという枠を超え、多文化共生やマーケティング戦略、2025年の大阪・関西万博など多岐にわたるテーマで語り合った。



社会規範にとらわれず、俯瞰して物事を考える

前田
 宮地さんは「カルティエ ジャパン」で日本人女性初のCEOだと伺っています。そのポジションに立つまでの道のりを聞かせてください。

宮地

 日本で生まれ、父の仕事の関係で2歳の時にフランスへ、2年後にイギリスに移りました。7歳で帰国して小学校に通い、中学校はドイツ、スウェーデン、高校はイギリス、大学でまた日本に戻りました。

前田

 感受性の強い幼少期に異なる文化圏で育たれたわけですね。ヨーロッパは多様性に富んだ社会だという印象ですが、日本文化とのギャップを感じることはありましたか。

宮地

 日本には「○○はこういう風にあるべきだ」という社会規範が強いのかなと、幼いながらに感じましたし、違和感も持ちました。日本人は公の場において発言しないことが多いですが、それでは何を考えているか分からないという感覚が欧米の人にはあるようだというのは、今も日々実感しています。

前田

 私は海外留学をしようという学生には「海外の大学では発言しないと何も考えていないと思われる。的を射ているかどうかは別として、自分の意見なり感想なりを発信することが必要だよ」と口を酸っぱくして言っています。日本の「なんとなく皆と一緒」という社会で育った学生を、どう世界に送り込んでいけばいいのか、頭を悩ませるところです。
 フランスでMBAを取られていますが、ヨーロッパで過ごした経験は、進路選択には影響していますか。


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宮地
 大学卒業後は、モノづくりに憧れて、メーカー企業で働くことを目指していました。そこでインターンシップをさせていただく中で「モノを作るためにお金が必要で、お金の流れが数字で分からなければ、ビジネスが成り立たないしモノづくりはできない」と教わりました。私は数字があまり得意ではなかったので、今後ビジネスの世界でやっていく上で最初に克服しておかなければと、就職活動を180度転換して、外資系の証券会社に入社しました。3年勤めた後、フランスのビジネススクール「INSEAD(インシアード)」に留学したのですが、その頃はまだ数字の勉強の延長線のような感覚もあったので、自分が何をしたいか分からない時期でした。

前田

 それでも非常に高いパフォーマンスを出していらっしゃるのは素晴らしい。モノづくりが好きだからメーカーへ行こう、でもその前にお金の流れを学ぶ必要があるから証券会社へ、さらに学びを深めようとビジネススクールへと、その都度目標を定め、モチベーションを上げていますね。

宮地

 局面ごとに、俯瞰して物事を見ている部分があるのだと思います。証券会社で働くのは3年と自分で決めて、3年でどれだけできるかを考えたり、ビジネススクールも1年なので、ここまで頑張ろうと目標を立てたり。思えば学生時代のアルバイトも、家庭教師やバーテンダー、旅館の仲居さんなど、学生時代にしかできないことを選びました。常に今できるベストは何か、今しかできないことは何かを考えている気がします。

前田

 MBAを取られてからはどうされたのですか。

宮地

 INSEADで勉強している中で、ラグジュアリーブランドビジネスを知りました。モノに感性や世界観など、さらに付加価値を持たせるビジネスを面白いと思ったのが、この世界に入るきっかけです。ご縁があり、LVMHグループの、「モエ ヘネシー ディアジオ」の香港オフィスで新規事業開発などを担当しました。その後、日本支社でマーケティングを経験し、ラグジュアリーブランドの「ロエベ」でリテールの経験を積み、2017年にカルティエに入社しました。

核を守りながら社会の変化に対応するブランディングを

前田
 マーケティングというと、ブランディングを考えるというイメージですが、宮地さんの中ではモノづくりの延長線上という認識なのでしょうか。違いはありますか。

宮地

 モノという核があって、その周りにどういう空気感を作るかというのが、ブランドビジネスです。私たちで言えばカルティエの「トリニティ」リングというモノが核としてあり、素材が金属でというモノ自体の機能があります。そのモノを身に着けることによって想起させるイメージを作っていくことがブランディングの一部だと思っています。

前田

 私たち大学も絶えずブランディングを気にしています。モノの場合は、まず機能性が高いか低いかという指標があり、その上でデザインを含め他が追随できないものがあれば、それはモノの良さというブランディングの核になり得るでしょう。大学の場合、その核の部分は何か。教育や研究、地域連携などがそれに当たります。しかし、それはどこの大学もやっていることで、正直、差別化するのは難しい部分もあります。

宮地

 コアバリューはとても大事です。その上で私たちが意識しているのは、ストーリーテリングであり哲学です。どういう価値観、精神を持っているのか、そこから得られるものは何か。それを繰り返し語っていく。

前田

 「トリニティ」コレクションは今年100周年だそうですが、関西大学にも100年以上にわたり掲げている「学の実化」という理念があります。私はそれを「社会と大学の相互作用」と理解しているのですが、この核を大事に守っていくことも、ブランディングの一つなんですね。

宮地

 おっしゃる通りですね。さらに社会やライフスタイルが変わっていく中で、状況に応じてストーリーをどう再解釈するかということも大事になってくると思います。


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大阪・関西万博が多様な視点、価値観に気が付く機会に

前田
 カルティエは2025年の大阪・関西万博に、女性のエンパワーメント(応援)などをテーマにした「ウーマンズ パビリオン」を出展されます。スローガンの「ともに生き、ともに輝く未来へ」は、英語では「When women thrive, humanity thrives」となっています。

宮地

 カルティエには既に女性の活躍を積極的に応援する文化がありますが、私たちが強調したいのは「ともに」です。女性、男性という二つの軸で語る時代ではありませんし、男女平等の社会というのは、どちらか一方の努力だけでは成り立たない。その思いを込めて、日本語では「ともに生き、ともに輝く未来へ」としています。


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大阪・関西万博「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」© Cartier

前田
 大学でも人権の一部としてジェンダー問題に取り組んでいますが、その枠組はもはや男女ではなく、「LGBTQ+」の時代です。早くその認識が当たり前の社会になってほしいと思う一方、相変わらず男女の枠の中で、女性が厳しい環境に置かれている国や文化があるので、その環境からまず解放しなければという思いもあります。

宮地

 私は幸いにも、自分が女性だということを意識せずにやってこられました。ジェンダー平等といっても何が問題なの? と思っている方も多いと思いますが、何が問題なのか知らないことが問題の一部であり、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)と言えるかもしれません。2023年に世界経済フォーラム(WEF)が発表した「ジェンダーギャップ指数」で、日本は146カ国中125位という結果でした。この事実を知って、やはり何かがおかしいのではないかと思わなければいけない。違う国と比較して、違う視点を持つことで、なるほどと思うこともあると思います。そういう意味では、アカデミアの役割はとても大事です。アンコンシャスをコンシャスにする。カルティエの「ウーマンズ パビリオン」もその一助になればと思っています。

前田

 関西大学もぜひご一緒にできる企画を提案したいと思います。最後に大学に期待することを教えてください。

宮地

 大学は社会に出る前に、いろいろな価値観を醸成する場所であると思います。日本は特に社会的規範意識が強く、もちろんそれに順応していかなければいけない部分もある。でも、どこかで離れていくプロセスもあっていいと思います。その源泉となる自信や独自の規範が必要です。学生が社会に飛び立つための翼を授けてあげてほしいですね。

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出典:関西大学ニューズレター『Reed』77号(6月28日発行)

宮地 純─みやち じゅん
カルティエ ジャパン プレジデント&CEO。京都大学法学部卒業後、外資系証券会社に入社。INSEADにてMBAを取得後、ラグジュアリー業界でのキャリアをスタート。2017年リシュモン ジャパン株式会社に入社し、カルティエ ジャパンマーケティング&コミュニケーション本部長に就任。2020年8月より現職。