私が研究しているのは、文学作品を専門的に翻訳する「文芸翻訳者」についてです。
翻訳というと、外国語を日本語へ置き換える仕事というイメージがあるかもしれません。しかし、実際には出版社との調整や広報にも携わるなど、作品を読者へ届けるためのさまざまな役割を担っています。



















































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世界を巡り、アカデミアへ 「文芸翻訳者」に光を当てる明石教授の研究と人生の歩み
外国語学部
海外文学を日本語で読むうえで欠かせない翻訳。しかし、その担い手である翻訳者の役割が一般に語られる機会は決して多くありません。明石元子教授は、翻訳研究の中でも「文芸翻訳者」に焦点を当て、その仕事や社会的役割を研究しています。
一方で、その歩みもまたユニークです。ファッションデザインやアパレルブランド経営、カフェ経営など、さまざまな仕事に携わりながら世界を渡り歩き、たどり着いた研究者の道。海外で暮らし、多くの人との出会いを重ねた経験は、異なる文化や価値観への深い理解につながっています。
本インタビューでは、明石教授の彩り豊かな人生について、じっくりうかがいました。
私が研究しているのは、文学作品を専門的に翻訳する「文芸翻訳者」についてです。
翻訳というと、外国語を日本語へ置き換える仕事というイメージがあるかもしれません。しかし、実際には出版社との調整や広報にも携わるなど、作品を読者へ届けるためのさまざまな役割を担っています。
それにもかかわらず、翻訳者の仕事そのものが語られる機会は多くありません。社会的にも意義あるこの仕事に、もっと光を当てたいと思っています。
授業ではまず、英語の文学作品を題材に、作品の背景や芸術性を読み解きながら、ふさわしい日本語表現を考えます。その後、翻訳者にも焦点を当てて学んでいきます。
文芸翻訳研究は、日本ではまだ珍しい分野ですが、文学や海外文化を新たな視点から捉えることがのできる興味深い学問です。
私は、作家・村上春樹さんの翻訳者としての仕事に着目して研究してきました。村上春樹さんほど著名な翻訳者になると、翻訳する作品を自ら選び、自身の名前を冠したシリーズを持つこともあります。「村上春樹訳だから読んでみたい」と感じる読者も少なくありません。
翻訳者は言語を訳すだけでなく、どんな海外文学を日本へ紹介するのかにも深く関わっているのです。
もともとは研究者ではなく、翻訳者になりたいと思っていました。イギリス人のパートナーとともにイギリスで暮らし続ける道を探していたとき、実務翻訳の仕事に出会いました。
翻訳を学ぶために修士課程へ入学したのですが、しだいに文芸翻訳、特に翻訳者そのものへの関心が高まっていきました。
修士を取得したのは、40代半ばを過ぎてからです。それから博士課程へ進学し、本格的にアカデミアの道を歩むことになりました。
高校卒業後、ファッションの専門学校へ進学しましたが、これは両親の強い勧めによるものでした。子どもの頃から外の世界への関心が強く、本当は高卒ですぐに社会へ出たいと思っていました。
人生の転機は、1987年に参加したヨーロッパへのファッションツアーです。初めての海外旅行でしたが、全くハードルを感じませんでした。不思議と海外で暮らすイメージが湧き、すぐにイギリスへの留学を決めました。数十年にわたる海外生活の始まりです。
ロンドンのカレッジでファッションデザインを学び直し、卒業後に自身のブランドを立ち上げました。
当時は、世界的なブリティッシュ・ファッションブームの真っただ中。若手デザイナーがロンドンで作った服を日本へ届けるという、国境を越えたものづくりを後押ししてくれる環境でした。
生産拠点に選んだのはインドです。人件費が安かったからだと思われるかもしれませんが、そうではありません。私はインドが大好きで、仕事を理由にすれば頻繁に行き来できると考えたのです。
普通は仕事に合わせて行く場所を決めるのかもしれませんが、私は逆で、「行きたい場所があるなら、そこでできる仕事をつくればいい」という発想なのです。
ブリティッシュ・ファッションの流行の収束とともにブランドを閉めました。こうしたキャリアチェンジの転機は予想外にやって来ますが、私は新しいことを始めるチャンスの船が来たと捉えています。
ちょうど「服を身にまとうこと」から「身体そのものを整えること」へ関心が移っていった時期でもあり、タイでマッサージを学んだ後、カンボジアでパートナーと一軒家を借りて、マッサージスタジオとカフェを始めました。
40代で初めての飲食店経営。しかも私はオーナー兼シェフだったので、朝5時から仕込みをはじめ、労働時間は毎日14時間近くに及びました。体力的には大変でしたが、振り返ると充実した日々でした。
5年ほど経った頃、パートナーがイギリスへ戻ることになり、これを機に私も翻訳研究という新しい人生を選ぶことになったのです。
もちろん、海外生活は楽しいことばかりではありません。最初はなかなか英語が上達せず、歯がゆい経験をしました。
その一方、異国で「外国人」として暮らしたことで、さまざまな立場の人への理解が深まりました。自分と違う文化や価値観を受け入れる姿勢が育まれたのだと思います。
私はいつも、「行ってみたら、なんとかなる」という気持ちで新しい環境に向かい、挑戦してきました。失敗しても、それは学ぶためのチャンスということ。恐れすぎなくても良いのではないでしょうか。
学生の皆さんには、目の前に敷かれたレールがすべてではない、もっと広い世界があるということを知ってほしいと思っています。
大切にしてほしいのは、人との出会いです。私の人生は、多くの人とのご縁によって形づくられてきました。翻訳の世界へ踏み出すきっかけになったのも、インド旅行中に知り合ったイギリスの友人が海外文学の面白さを教えてくれたことでした。
人生はどこで誰と出会い、どんな機会が巡ってくるかわかりません。目の前に流れてきたチャンスの船にいつでも飛び込めるように、目と心をいっぱいに開いて生きてほしいです。
近年はアイルランド文学に強く惹かれています。なかでもセバスチャン・バリーの『Days without End(終わりのない日々)』は、とても印象深い作品です。朴訥な言葉のやりとりのなかで、なぜあれほど胸を打つ表現ができるのかと感動しました。ぜひ、皆さんにも手に取っていただきたいです。
夫婦そろって、おいしいピッツェリアを探すのが最近の楽しみです。
イタリアに住んでいたこともありますが、「これはおいしい!」と思えるお店には、なかなか巡り合えませんでした。関西へ来てからは、大阪を中心にお気に入りのお店を開拓しています。
