VIVA!学び場 セミの翅(はね)が導く未来素材「ナノスパイク」。自然のしくみを科学の力で社会に還元する伊藤健ゼミの挑戦 システム理工学部 機械工学科
伊藤 健 教授 

 セミの翅(はね)に秘められた抗菌・殺菌の仕組みを知っていますか? システム理工学部機械工学科・伊藤健教授のゼミでは、生物の構造や機能を製品づくりに活かす「バイオミメティクス」を研究しています。大阪・関西万博にも出展されたその成果は未来の医療や環境を支える可能性を秘めた注目の分野です。

セミの翅(はね)が導く未来素材

バイオミメティクスとは

 生物には、目に見えない "未来を変えるヒント" が隠されています。伊藤教授は、セミの翅の表面構造を模倣した新素材「ナノスパイク」の研究開発に取り組んでいます。
 実はセミやトンボの翅にはナノサイズの突起が無数に並んでおり、撥水性・低摩擦性・反射防止、さらに抗菌・殺菌といった多様な機能を発揮します。

251201_ito01.s.jpg

 こうした生物の優れた仕組みを手本として、新しい技術や素材を生み出す学問が「バイオミメティクス(生物模倣)」です。ハチの巣の構造を応用したハニカム構造の建築や、サメの皮膚を模倣して水の抵抗を減らす競泳用水着なども、その代表例といえます。

次世代の抗菌・殺菌シート「ナノスパイク」

 セミの翅の微細な突起は、菌が付着すると物理的な刺激を与え、自滅(アポトーシス)を引き起こすことが確認されています。この仕組みを応用した制菌シート「ナノスパイク」は、化学薬品を使わずに感染リスクを抑える次世代の抗菌・殺菌素材として期待されています。
 「薬剤耐性菌の拡大は世界的な課題です。化学物質を使わずに感染を防ぐ技術が確立できれば、人体や環境に負担を抑えながら、医療現場や公衆衛生の向上に大きく貢献できます」と伊藤教授は語ります。

251201_ito02.s.jpg
ピンセットでナノスパイクを持ち上げる伊藤教授

大阪・関西万博でも注目された新技術

 伊藤ゼミが研究開発を進めるこの「ナノスパイク」は、大阪・関西万博の大阪ヘルスケアパビリオンで行われた展示・体験企画「リボーンチャレンジ」に出展。
 感染症対策や環境負荷の軽減といった社会的課題の解決に寄与する、これまでにない発想の "未来の素材" として大きな注目を集めました。

64bd1c6cfabf0b535cd13d600a1bb33c15b7b7cc.jpg
大阪・関西万博にて来場者に説明する伊藤教授

3年生から院生まで、学年横断で学ぶ伊藤ゼミ

 伊藤ゼミでは、3年生から博士課程までの学生が一つの研究テーマのもとに集まり、学年や専門の枠を超えて協働しています。テーマは「セミの翅」を起点に複数の分野を横断。それぞれが得意分野を磨きながら、互いの知識や技術を補い合って研究を深めています。
 週1回のゼミでは全員が研究の進捗を発表し、課題や次のステップを共有。教員と学生、そして先輩と後輩が自由に意見を交わすその雰囲気は、まるで企業の研究開発チームのよう。
 卒業生の多くはメーカーや研究開発職など、ものづくりの現場で活躍しており、中には海外の研究機関でキャリアを築く人もいます。
 「機械工学科は就職にも強く、研究で培った分析力や探究心はどの業界でも生きます」と伊藤教授。

251201_ito04.s.jpg

遠回りが研究の奥行きを広げた

 伊藤教授のキャリアは、決して一本道ではありません。もともと大学では気象の研究を志していましたが、やがて生物物理や地震研究の分野へ関心を広げていきます。大学院卒業後は地方自治体の研究所で約18年間、微細加工技術の研究に従事。電子デバイスの製造技術を磨きながら、企業と連携して数多くのプロジェクトに携わりました。

251201_ito05.s.jpg

 2015年に関西大学へ着任後、ある海外論文との出会いをきっかけに、セミの翅の研究を開始。自然界の緻密な構造と工学技術の融合という新たな挑戦が始まりました。日本でこの分野に取り組む研究者はごくわずかで、伊藤教授はその第一人者です。
 「遠回りに見える経験も、すべてが今につながっています。セミの翅の微細構造を再現する今の研究も、当時身につけた微細加工技術が生きています」と、教授は試行錯誤が研究を支える武器になっていることを振り返ります。

251201_ito06.s.jpg

未解明に挑むおもしろさを社会に生かす

 伊藤ゼミが挑むのは、世界でもまだ解明されていないテーマです。就職のためではなく「研究そのものの面白さ」に惹かれて入ゼミする学生が多く、皆、粘り強く実験と向き合っています。
 理工学部には化学や生物の知識が少ない学生も多いため、ゼミの準備として「ナノバイオ化学 入門」を設け、基礎から学べる環境を整えています。

251201_ito07.s.jpg ナノバイオ化学入門の授業風景

 「研究に必要なのは、情熱と体力、そして強い好奇心」と伊藤教授。「ゼミではセミの翅の研究をしていますが、好きな昆虫や自然現象を題材に、"こんな研究をしてみたい" と提案してくれる学生は大歓迎です。自分の興味を出発点として、新しい発見を社会につなげてほしい」と期待を寄せます。

022af1d661a00066097d5819005fef65b6cb81c3.jpg

学生の視点で語る、学びと成長の実感

「機械に化学の視点を重ねて、新しいものづくりを探る」
川島悠椰さん(理工学研究科 修士課程1年次生)

 高校の頃から化学が好きで、機械の中でも化学の知識を生かせる研究がしたいと思い、このゼミに入りました。現在はセミの翅をヒントにした抗菌素材の「耐久性」をテーマに、摩耗や劣化による性能変化を調べています。
 伊藤先生は丁寧で親身になってくださり、先輩方とのつながりも強いゼミなので、質問や相談がしやすい環境です。機械と化学、どちらにも興味がある人にはとても刺激的な研究室だと思います。
 将来は、化学の視点を活かせる仕事に就きたいです。

0b75631e9ed54f08a32f6d53c5c77a62ce3c9da0.jpg

「微細構造の世界に魅せられて。機械×バイオの可能性を追う」
井上学人さん(理工学研究科 修士課程2年次生)

 伊藤先生の授業で知った「機械とバイオを組み合わせた研究」に惹かれ、このゼミを選びました。現在はセミの翅の微細構造を模倣し、どの条件が最も高い殺菌性能を持つのかを研究しています。
 一見関係がなさそうな機械工学とバイオをつなぐ研究に出会ったことで、視野が大きく広がり知識にも奥行きが生まれたと感じています。特殊顕微鏡で自分が作った構造を観察できたときは、大きな感動がありました。研究で得た経験を、将来は半導体の微細配線づくりに活かしたいと考えています。

1451ad52005058f74ac6a9e62b7a4c033df52d15.jpg

251201_ito11.s.jpg

システム理工学部 機械工学科
伊藤 健 教授

● プロフィール
大阪大学理学部宇宙・地球科学科を卒業。在学中、卒業を目の前にして兵庫県南部地震に遭遇したことを契機に地震学への関心を深め、東京大学地震研究所にて地震学を学ぶ。東京大学大学院理学系研究科地球惑星物理学専攻を修了。
修了後は、地元である神奈川県庁に入庁し、県の産業技術総合研究所にて18年間、公務員として勤務。その間、マイクロ加工技術を用いたバイオセンサーの研究に注力し、2007年には慶應義塾大学より工学博士の学位を授与された。
2015年4月に関西大学准教授として着任し、2018年4月より現職。