科学技術賞 開発部門

直感的操作が可能なヒューマンマシン
インターフェイスの開発

システム理工学部 田實 佳郎教授

システム理工学部

田實 佳郎教授

YOSHIRO TAJITSU

高分子圧電体としてL型ポリ乳酸(PLLA)に着目し、直感的操作が可能な次世代のヒューマンマシンインターフェイス(HMI)を実用化。今後、様々な電子機器デバイスにおける次世代HMIとして期待されています。

※株式会社村田製作所 安藤正道氏・河村秀樹氏、三井化学株式会社 吉田光伸氏と共同受賞

INTERVIEW

フィルム

魔法のように電圧を発生させる透明フィルム

軽くて、透明で、丸めたり伸ばしたりできる透明なフィルムがあります。一見しただけでは、ポリ袋に使われているような何の変哲もないフィルムが、全く新しいタイプのHMIになる。普通に考えればあり得ないことを実現できる理由は、このフィルムが「圧電性(※)ポリマー」で作られているからです。
炭素、水素、酸素からなる圧電性ポリマー、L型ポリ乳酸(PLLA)は、汎用高分子の中では珍しく、DNA分子と同じような螺旋状の構造となっています。この螺旋構造に圧力を加えると、その中の炭素、水素、酸素からなる分子が変位し電気が起きます。つまりPLLAのフィルムを曲げたりねじったりすると電圧が起きるので、その直観的な動きを反映するHMIとして利用が可能となります。田實教授が三井化学と共同で開発した、世界で唯一となる工業的に利用可能な圧電PLLAポリマーフィルムを活用して、村田製作所が「リーフグリップリモコン」を開発しました。

(※)圧電性:誘電体に応力や歪を与えると、電荷や電圧が発生する現象

田實佳郎教授

時代の進化とともに脚光を浴びる

圧力を加えると電圧を発生する物質(圧電素子)としては従来、セラミックスが使われてきました。圧電性ポリマーの存在も早くから知られていたものの、発生する電圧が、セラミックスの30分の1以下と低すぎて実用にならなかったのです。
ところがiPhone等に始まったスマートフォン関連の技術が飛躍的に進化し、微小電圧でも電子機器が作動するようになりました。これにより、圧電性ポリマーの持つ柔軟性、軽量性、透明性がクローズアップされるようになります。一方、セラミックスをタッチパネルなどに使う試みは長く続けられていましたが、人の体温による温度変化で誤作動を起こすおそれがあり、実用化が進みませんでした。これはセラミックスには焦電性(※)があるためです。しかし、圧電性PLLAは非焦電性なので、そうしたトラブルが起こる心配はありません。圧電性PLLAの性能を高める研究に、田實教授はこれまで20数年取り組み続けてきました。その成果が、時代の進化とともに遂に花開いたのです。

(※)焦電性:誘電体に温度変化を加えると、分極が変化する現象
(温度が変化すると電流が流れる現象)

リーフグリップリモコン
村田製作所が発表したリーフグリップリモコン。圧電性PLLAを使用することで、曲げたりねじったりすることでテレビやパソコンの操作が可能。(CEATEC JAPAN 2011)

電子材料としての無限の可能性

圧電性PLLAには、他にも優れた特長があります。センシング感度に優れていること、フィルムの透明度の高さ、さらに石油由来でなく植物由来の低環境負荷素材で作られることから環境にも優しいのです。しかしながら、電子材料として実用的な圧電性能を持ち、フィルムの透明度を保つ。こういった様々な条件を満たす圧電性PLLAを量産するのは決して簡単なことではありません。理想的な生産条件にたどり着くため、田實教授と三井化学は長い年月をかけ、実験と研究を重ねてきました。その成果が実り、ハンカチのように折りたためるスマートフォンや壁に貼れるスピーカーをはじめとして、ロボット、IoT関連のデバイス、医療機器など様々な用途での活用が期待されています。

フィルムから繊維、
さらには3Dプリントまで

田實教授は他にも、帝人と圧電性PLLAを繊維素材として活用する共同研究を進めています。これにより開発されたのが、圧電ファブリックです。この素材を使って仕立てた洋服を着ると、その人の動きをそのままロボットに伝えて動かすことができます。この研究が実用化されれば、例えば名医の手術技術をロボットに教え込むことや、スポーツにおけるコーチング分野など、多彩なところで人類の発展に大いなる可能性をもたらすでしょう。
また圧電性PLLAは、3Dプリンターの素材としても活用できます。つまり、自由な造形物の中の一部に圧電性を発現させることで、これまで想像もつかなかったHMIを開発することができるのです。田實教授の頭の中に常にあるのは、産業化への架け橋となることを視野におき、人々の幸せを実現する研究を社会に還元することです。

システム理工学部 田實 佳郎教授
システム理工学部
田實 佳郎教授
研究分野
計測物性工学
  • flexible smart sensor and actuator(モバイル機器)
  • 分解性高分子、環境対応型高分子、産業廃棄物、脱石油
  • 光情報材料(光fiber、スイッチ)、エネルギー伝送材料
    (イオン移動、薄膜電池)

計測物性工学研究室