事故防止と安全向上のための
安全知の体系化と理解増進

社会安全学部 安部 誠治 教授

環境都市工学部 楠見 晴重 教授

ABOUT

鉄道などの運輸産業を中心に幅広い事故調査に携わり、事故調査システムを研究。
学際融合の事故調査の方法を確立し、多くの公的な事故調査機関の活動に貢献しました。

INTERVIEW

再発防止、安全向上のための
事故調査の重要性を提言

厚生労働省の統計によると、わが国では毎年、「不慮の事故」で3~4万もの人が亡くなっています。事故はその影響が個人レベルで収まるものと、その影響が組織全体に及ぶものに大別されます。前者を個人事故、後者を組織事故といいます。めったに起きませんが、ひとたび発生すると甚大な被害をもたらすことが多いのが組織事故です。

安部教授は、運輸産業を中心とする公益事業の組織事故分析と防止対策の立案が専門です。実際に起きた事故の原因を究明し、再発防止に役立つ知見や教訓を得る「事故調査」は、社会の安全の向上を図る上で非常に重要な役割を果たします。19世紀以降の工業化の進展とともに、人間がつくりだした人工物に関わる事故が多発するようになりました。特に20世紀の後半に鉄道や航空機、プラントなどが大型化・システム化したことで事故による被害が大規模化。事故調査へのニーズも高まりました。

日本で初めて設置された事故調査機関は1974年の航空事故調査委員会ですが、それから2001年までわが国には常設の組織は同委員会しかありませんでした。そのため、1991年に信楽高原鉄道(滋賀県)で列車の正面衝突事故が起こった際、運輸省(当時)は臨時の委員会を設置してこの事故の調査を行いました。発表された事故調査報告書は、ヒューマンファクターについての言及がなされていないなど、再発防止に活用できない不十分なものでした。この事故を契機に、安部教授は、調査の方法と分野を明確化。以来30年にわたり、数々の事故調査を最前線で主導しながら、第三者機関が行う事故調査システムについての研究を深化させ、理論と実際の両面で再発防止につながる事故調査制度の構築に努力を傾注してきました。

再発防止、安全向上のための事故調査の重要性を提言

学際的な知見が融合した事故調査で、
真の原因解明へ導く

かつて鉄道や航空機の事故はハード面の故障や欠陥によるものが多く、事故調査も工学的な分析やデータ解析が中心でしたが、新しい安全技術の導入などによってハード面の問題の改善が進みました。その結果、代わってクローズアップされるようになったのが操作エラーなど人間に起因する問題です。

2005年、JR福知山線の脱線事故において、安部教授は運転士の心理的側面に着目。事故の根本原因として、運転士のヒューマンエラーを誘発したストレスフルな乗務員管理や組織のガバナンスの問題を指摘しました。さらに、リスク評価が甘く、使用時の注意情報が共有されなかったことで被害を拡大させたガス湯沸器連続事故や、政府事故調のメンバーとして福島第一原子力発電所の事故調査にも携わった経験から、複雑化、多様化する安全を取り巻く課題に対処し、有効な事故調査を実施するためには、安全工学的な観点だけでは不十分であると痛感。監督官庁の規制は適正であったのか、組織におけるトップマネジメントの考え方や安全への投資、労働環境は適切だったのかといった、法律や心理学、経営学、組織論など学際的な知見が真の原因究明に不可欠であることを提言し、研究の対象を拡大してきました。

2019年JR西日本新幹線重大インシデントに係る有識者会議会合
2019年JR西日本新幹線重大インシデントに係る有識者会議会合

常設の事故調査機関の
設立と発展に貢献

前述のとおり、信楽高原鉄道事故が起こった当時、日本には鉄道事故の常設調査組織はありませんでした。安部教授は、事故遺族らとともに常設機関の設置を政府に働きかけ、2001年に航空・鉄道事故調査委員会が設置されたことで現実のものとなりました。2011年からは、同委員会の後継組織である運輸安全委員会において、業務改善有識者会議の座長として機構改革の推進に貢献、また、2012年には臨時委員として消費者安全調査委員会の立ち上げに関わり、2014年には事業用自動車事故調査委員会の委員として発足に関与し、現在もその運営に大きな役割を果たしています。

事故原因に関わる真実を明らかにするためには、責任追及のための調査ではなく、原因究明を最優先すべきというのが、安部教授の立場です。同時に安部教授は、再発防止を目的とする事故調査が十分な成果を挙げるための要件として、 ①公平中立を期するための独立性 ②的確な調査を行うための高度な専門性 ③事故調査の客観性や透明性を確保するための情報公開 ④調査結果を事故再発防止に役立てるための知見の提供と教訓化の4項目を提示しました。事故の対象は変わっても、調査の方法や原則は共有できるとする安部教授。ある分野の事故調査において得られた知見が別の分野の調査に役立つ場合があることから、将来的には各種の事故調査委員会を統合し、オランダにある「国民安全委員会」のような組織に発展させることが望ましいと考えています。

常設の事故調査機関の設立と発展に貢献
常設の事故調査機関の設立と発展に貢献

社会安全を学問として
学べる環境をつくる

事業者や政府などの継続した努力により、わが国では組織事故の発生は1980年代頃から大きく減少しました。しかし現在、その発生件数は横ばいとなっています。例えば、鉄道の場合、踏切の改良や線路の高架化が進み、踏切事故は劇的に減少しました。しかし、踏切横断者が遮断機が下りかけているのに無理に踏切に進入してしまうケースが後を絶たず、この10年ほどは事故発生件数は横ばいです。かつては事業者まかせであった安全対策ですが、さらに発生件数を減少させるには踏切の直前横断をしないなど市民一人ひとりの安全意識の向上も欠かせません。

安部教授は、長きにわたり多数のメディアや講演などで積極的に発言し、安全意識の普及啓発に取り組んできました。関西大学社会安全学部・大学院社会安全研究科(修士課程)の立ち上げのときには、担当副学長として教学側責任者を務め、自然災害から社会災害、感染症、情報リスクまで、事故防止と減災、安全・安心に関する問題を広く研究対象とする日本初の社会安全学部の創設に尽力。さらに、これまでの知見を安全知として体系化したテキストブック『社会安全学入門』の刊行(2018年)を編集委員会委員長として牽引しました。学部のある高槻ミューズキャンパスでは、自身が長年提唱してきた法学、経営学、心理学、社会学、工学、情報学、医学などの専門分野を融合させた社会安全学の研究教育が実践されています。安部教授はそうした環境の中で、分野横断的な視点で安全問題の全体像を見渡せる後進の指導に力を注いでいます。

社会安全を学問として学べる環境をつくる
社会安全を学問として学べる環境をつくる

PROFILE

社会安全学部 安部 誠治 教授

[研究分野]

公益事業と事故防止
・事故調査論
・社会安全論

環境都市工学部 楠見晴重教授
topへ