京極高厚(きょうごく・たかあつ 1829-1905)

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J18-0001.jpg豊岡藩主京極高厚による東畡招聘の記録「藤澤先生御招手続」翻刻
(吾妻重二『泊園書院歴史資料集』、関西大学出版部,2010年)

但馬豊岡藩(兵庫県)の最後の藩主。江戸で生まれ、のち父高行の死去により家督を継いで藩主となる。嘉永4年(1851)、大坂城代の補佐である大坂加番になった際、東畡を大坂城内までじきじきに招き、同年10月から翌年7月まで、毎月2回『論語』の講義を熱心に聞いた。『泊園書院歴史資料集』の「豊岡藩主による東畡招聘」を参照。維新後、藩知事となり、藩校の稽古堂を女学校に改めて子女の教育につとめた。廃藩置県後は県知事となる。のち貴族院議員。